途方もない迷い
乾いた空気が喉をつんざく。一定の速度で落ちる砂は、さながら時を刻む計りのようであった。
「いってぇ……」
体の節々に痛みが走る。思わずレンは顔をしかめた。目を開くと、そこには見慣れない空間が広がっている。とりあえず、近くに倒れているクローディアを心配して、声をかけた。
「おい! クローディア! 大丈夫か!」
「……レン……さん?」
彼女もまたレンと同様に全身を痛めている様子で、立ち上がる際に苦笑を禁じえなかった。
「ここ……どこでしょう?」
二人は周囲を見渡す。だだっ広い正方形の空間で、天井のあちこちから砂が落ちていた。また、その部屋には幾つもの出入り口が存在し、ざっと確認しただけでも十の道に分かれている。印象としては、まさしく迷宮、俗っぽい言い方をすれば、ダンジョンであった。
「他のみなさんは一体どこへ行ってしまったんでしょう……」
「ん~、別の所にいるのかな~? 探しに行くか!」
「え! あ、はい!」
こうして、二人は他の仲間を探しに出る。
「下手に動くと危険だし、合流できる可能性も……」
「それはここにいたって同じでしょ? みんながここまで来れるっていう保証もないんだし」
「……それは……そうだけど」
フェリシアは一向にフロアから移動しようとしない。それに対して、ビビは責めることはなく、彼女が納得して出す答えを待っていた。
「それにしても助かったのは奇跡だね! あたし竜巻に飲み込まれた瞬間、あ……これ無理だ……、って思ったもん」
部屋の隅に出来ている砂丘を見て、その後、そのまま視線を上にずらす。
「ここから地上に出られないかな? たぶん、あそこから落ちてきたんでしょ?」
「そうね。けど、無理よ。砂の勢いが強すぎる」
「そっか~……。だよね~……弓何本か折れちゃったし……」
「というか、あそこから落ちたんだとして、何で私達は生き埋めにならなかったのかしら」
「それは……日頃の行い?」
「日頃の行い、ねぇ?」
フェリシアは冷たい目でビビを見つめる。彼女は苦笑いをして話題を元の方向へ戻した。
「で、決まった? どうする? ずっとここにいて、みんなのこと待ってる? それとも自分達から探しに行く?」
「移動しましょうか」
「おっけー!」
「起きてー! 朝だよぉ! 起きてー! 起きてー!」
「うるっさーいっ!」
ティーネは憤怒して上体を起こした。と同時に、体に痛みを感じる。
顔を歪ませながら、彼女は辺りを確認した。
「……何ここ……ってか、何があったんだっけ……」
レンやフェリシアと相違なく、彼女らも、やけに広くて四角い部屋に放り出されている。
「気味悪い……」
「そぉ? アルムはわくわくするけどなー!」
「アルム、他のみんなはどこ? ハニーもいないし、ビビ姉も……。はぐれちゃったのかな?」
「たぶんね~。みんなバラバラに散らばっちゃったと思うなぁ」
全く緊張感のないアルムのおかげで絶望にかられることはなかったが、異様なまでの不安感がティーネの胸に襲い掛かった。
「アタシどれくらい倒れてた?」
「ん~っとねぇ、一時間くらいだと思う!」
「そう……」
彼女は武器に毀損がないことを確かめて、ゆっくりと立ち上がる。どこかへと続く暗い穴を数えて、それが分かると、また腰を下ろした。
「ここで待ってよう。あてもなく彷徨っても、いいことないだろうし」
「う~ん……でも、探検してみたくないー?」
「探検?」
「さっきちょっと見てきたんだけど、迷路みたいになってて楽しいよー! 宝石みたいにキラキラした石もたくさんあったしー!」
「宝石……」
ティーネは少し、本当に少しだけ悩んで、意を決して立ち上がった。
「行こう!」
「やったぁ! しゅっぱつしんこー!」
鼻に入って来る空気が微かに熱い。それに違和感を覚えて、目を開けた。視界は霞んでいてよく見えないし、体も言うことをきかない。どうやら全身を強打したみたいだ。耳だけはしっかり機能していて、周りの音を捉まえる。それによると、二人の人物(そうであって欲しい)が自分に近付いてくるのが分かった。
結論から言えば、その期待は裏切られなかった。会話……と呼べるだろうか? とにかく、話し声が耳に伝わってくる。
「ん? あそこに見えんのは……」
「……」
「おお! 絶対そうじゃねぇかぁ?」
一つの足音が急に接近してきた。そして、その人物は俺の体を揺さぶる。
「おい! 大丈夫かぁ? 死んじゃいねぇだろうなぁ?」
「……いてぇ」
「お、良かった。ちゃんと生きてんな! おーい! カンナ! お前の友達だろぉ? こっち来いって!」
期待は裏切られなかったにしろ、希望は打ち砕かれた。
イッキは己の体を酷使して、無理に立ち上がり、その二人から距離を置く。
「おいおい、びびりすぎだって。何もしねぇから、安心しろ。むしろ俺らはお前の味方だぜ? なぁ、カンナ?」
「……」
「すまん、聞く相手が悪かったわ」
三人は広い部屋のど真ん中で、少しの間、膠着していた。




