R:そうであるもの そうでないもの
雪原に鎮座する巨大な岩石。
岩の山は傾き、大きな空洞がカンナとツクノの前に現れた。
「あらぁ……これはこれは大きなお口だこと……」
絶えず響く唸り声から徐々に勝利の兆候が見えてくる。しかし、それが伝わることはない。体内に、厳密に言えば、口内に取り込まれた二人は、絶命の扉の一歩手前で、その時を待っていた。
「おい」
「分かってる。まぁ、待て。焦っても得しねぇぞ」
二人はツクノが偶然持っていた『隠者の箱』という道具の中で息を潜めている。これは使い切りの道具であるが、有能なものであって、一度その中に入れば外部からは一切干渉されないという絶対要塞。箱はラウムであるので、魔力を送れば段ボールくらいのサイズまで膨れる。また、その際に触れていた者は強制的に『隠者の箱』の空間へと転移させられる仕組みであり、箱の中は外の世界とは別の空間で成り立っているので、どんな大きさの者でも自由に入ることが可能だ。
「いくらなんでも呑気すぎだ。さすがに長い」
「こいつを確実に仕留める、いや、俺らが仕留められる前に、こいつを仕留めるには待つしかねぇんだ。長くても遅すぎるってことはない」
ツクノはテーブルの上に置いてある時計に目をやる。
「ここでの時間は三日……。向こうとリンクしてんのかぁ? ……そうだな、確か時間は並行しているはずだ。間違いねぇ。ってことは、そろそろぉ?」
グラスに入っていたアルコールを一気に流し込む。空になった杯を机に叩き付け、勢いよく彼は立ち上がった。
「もう十分回ってんだろ!」
呂律が怪しい。
無論、ツクノは自身の酔いに対して、その言葉を向けた訳ではなかった。
カンナが剣をモンスターの背中に突き刺したのには理由がある。それはもちろん、モンスターを討伐するためなのであるが、なぜ刺したのか、ということだ。彼が用いたのはナフィアの街でツクノから渡された長刀。不良品に成り下がってしまった物を逆手に取り、欠点を利点として活用した。切っ先を当ててから多少の時差をもって爆発を起こすそれに、ツクノは毒物を塗り込んだ。当然、対人間ではなく、対モンスター用の毒である。
それを件の剣の特性を活かし、対象の体内で爆発、拡散させるという目論見であった。しかし、カンナがその企てを知るのは、モンスターに飲み込まれてからになる。
押して駄目なら、引いてみろ。外部が駄目なら、内部から。虎穴に入らずんば虎子を得ず。とにかく、守りが堅い相手に対して、彼は正攻法で挑もうとはしなかったのだ。
「果報は寝て待て。まぁ、家宝は寝てても手に入らんがなぁ」
「……ツクノ」
「あぁ?」
「これは待機が前提の作戦だったんだろう? 俺達が飲み込まれず、こいつだけ別の所に逃げて行ったら、どうする気でいたんだ」
ツクノは戸口にカンナを呼び寄せて、自信に満ちた表情を浮かべ笑った。
「変わらねぇよ。何も変わらねぇ」
嫌な臭いがする。死体が放つ独特の悪臭は、いつになっても慣れやしない。何だかんだ言って、所詮そういう所は変わらないし、だからこそ、他と交わり、他を拒絶するのだろう。全くの恐れなく、それを受け入れられる人間がいるならば、そいつはもう別物なのだ。
息絶えたモンスターは、大口を開けて、光への道を作っている。二人はそれを辿って外に出た。
「……」
「はぁ……こりゃすげぇや……」
足元には崩れた土砂。等間隔で浮く灯、それに照らされている壁の紋様は見覚えがない。
「何かの遺跡かねぇ?」
長く続く石の廊下の一点に彼らは放り出された。
ツクノは振り返って亡骸を見る。石の壁を突き破って、大きな口を広げるモンスター。彼の目には、それが元々この場にあった物のように映っていた。
「こいつはここに放置しとっか」
「何を言ってる。それじゃあ、何のために狩ったか分からないぞ。さっさと奴らに送れ」
「いや、なんか芸術的だろぉ? このままだ!」
呆れることもせず、黙々と、カンナは前を行くツクノの後に続いた。
「ん? あそこに見えんのは……」
「……」
「おお! 絶対そうじゃねぇかぁ?」
嬉々としてツクノはそれに近付く。カンナは一歩離れた所で、それを見守っていた。




