R:セピア
カンナとツクノは光から身を隠すよう、しかし、それでいて、光に溶け込むよう、雑多に重なる足音を自らの足音とした。忌まわしいと感じてしまうほど明るい街路を抜けて奥に入っていくと、どこか懐かしく、慈愛を喚起させる重々しくも恋しい匂いが鼻孔をくすぐる。
全ての人間が陽を好む訳ではない。だが、そうは言っても、一生を暗闇の中で過ごすというのは無理な話である。これが逆の立場にも当てはまり得るというのは、さして突飛な発想でもあるまい。結局のところ、人にはそういう面が存在する。何とも面倒くさく、不便で、愛らしい限りではないか。
「さて、と」
彼らは不規則な間隔で建てられているプレハブ小屋の、その一つの前で立ち止まった。外観はどうにも頼りないが、防犯に関しては完璧で、これに見合わない高度な魔法陣が幾重にも敷かれている。それゆえ、自身で解除するのにも相当な手間を要するのが欠点であるが、窃盗やら何やらを考えてみれば仕方のないことだ。
ここには色々な道具が集められている。普段ツクノ達が暮らしている家にも倉庫はあるが、利便性を考慮して、この街にも一つ倉庫を持った。彼が魔法で隆盛を誇る街、つまり、このナフィアという街を目的として訪れる機会はそう多くないにしろ、中継地点として利用する頻度は結構なものである。
「今回は……これとこれと、これと……これかねぇ。まぁ、いらねぇとは思うけどな。一応、一応。備えあれば憂いなし」
今度の仕事に必要な道具を悩みながら選んでいく。
「カンナ、お前は……そうだな、これ持っとけ」
ツクノは一見何の変哲もなさそうな長刀をカンナに手渡した。
「こりゃ大層な品物でさぁ、切っ先が爆発すんのよ! ……あぁ、ちっとばかし言い方が悪かったな。切っ先が爆発するんじゃなくて、切っ先で爆発が起こんだよ。あくまで先端だからな、他の部分で切ったところで何も起きやしねぇから注意しろ」
カンナは彼の話を聞きながら、小屋の隅に置かれている壺を見る。そして、無言でそれに刃先を当てた。
「おいおいおいおいおいおいおい!」
ツクノが言った通り、剣先に触れている壺は数秒経って爆発。粉々に砕けて、その破片を四方へ撒き散らした。
「いってええええぇぇぇ! めっちゃ飛んできたぞ、おい! なんてことすんだよ! それ貴重品なんだって! うおぉぉ……エスパスの壺がぁぁ……」
カンナは特に悪びれる様子もなく、泣きながら膝を崩すツクノを見下ろすようにして平然と立っている。
「お前ってやつは……本当に……。何なんだよ……一体……」
「……すまない」
この謝罪は形式的なものであった。彼が心の底から詫びをする場面は、滅多にお目にかかれないだろう。
「いいよ……もう慣れたから……」
ツクノはそう言いながら、床に落ちている破片を一つ掴む。しばらくの間、そのまま彼は一点を見続けていた。
「おかしいな」
異変に気付いて頬を緩める。
「ちょっと貸せ」
そう言うと、ツクノはカンナから例の長刀を強引に引き剥がし、それと同時に、手に持っていた壺の欠片を地面に落とした。それから、刃先を落とした破片に当てる。すると、また数秒経ってから、それは破裂し、さらに細かく分かれて分散した。
「壊れたのかぁ? ったく、ついてねぇぜ」
元々、この刀は一瞬の時差もなく爆発を起こすものであった。それが何故か数秒のラグを起こして爆発するようになっている。魔術回路の劣化であろうか。
うんざりした顔で刀をしまおうとするが、急にその手を止めて、彼は楽しそうにカンナの方に振り向いた。
「思いついちまったぜ。最高に良い作戦をよぉ」
騒々しい広場に足を運ぶ。そこで彼ら、いや、彼は面白いものを見つけた。
「お、あれは! へぇ、つい最近こっちに来たと思ったら! はぁ、こんなことって……楽しいねぇ!」
「……」
その目が捉えたのは、二人の男女である。カンナによく似た男とピンクの猫。
それを見て、すぐにカンナはその場から立ち去ろうとする。
「似てきたな」
「……」
さっきまで、ツクノは片目に不気味なレンズを当てて何かを確認していた。
「まあ、あっちが似てきても、お前が似るってことはまずない」
「……」
「光から闇は生まれても、闇から光は生まれないさ」
「……」
ツクノはため息交じりに小さくぼやいた。
「とは言っても、会話くらいしてほしいね」
「面倒だ」
「……五点」
温かい光に照らされていた地面も、いつの間にか冷たい黒に変わっている。光を跳ねる衣を纏った二人は、暗い路地へと消えて行った。
「いや……」
ツクノは暗がりの中で誰に向けるでもなく、先にある光を見つめて、ただ息をするように言葉を出す。
「そうでもねぇか」




