輝き狂う
イッキの目の前に現れたのは、白い毛で全身を覆われた巨大猿ゴエンムーア。ルインを総括しているギルドでは、この個体をB級と指定している。モンスターのランクはE・D・C・B・A・Sとなっており、上にいけばいくほど、危険度も報酬も上がっていくのだ。ルインの仕事はモンスターの殲滅であるので、手加減をする必要はない。また、モンスターを完全に殺さなくても、十分に弱っていればギルドへの転送が許可される場合もある。だが、瀕死の状態まで追い込まなくてはならないので、結局どちらも大差ないだろう。
イッキは死にもの狂いでモンスターから距離をとった。情けないと思いながらも女性ルイン二人の後方に身を潜める。
「ビビ姉、これ倒した方が百点獲得ね」
「何、そのベタなクイズ番組みたいなシステム」
「じゃあ、先にやっちゃうね!」
女は左脚のホルスターに手を伸ばし、拳銃を二丁構えた。彼女はそのまま突進して、暴れ猿の丸太のように太い腕を華麗に躱しながら、銃弾をその巨体にぶち込む。正確に、間違いなく全ての弾を体に当てた。しかし、ゴエンムーアは怯みはしたものの、あまりダメージを受けていないようである。撃ち放たれた鉛弾は雪の中に落ちて沈んだ。
女は一度モンスターから距離を置く。
「何で?」
「何でって、ティーネ馬鹿でしょ」
「はいはい、アタシは馬鹿ですよ」
口を尖らせて拗ねるティーネという女は、マガジンを地面に捨てた後、慣れた手つきで素早く弾を補充した。
「こいつはゴエンムーアって言って、胸部・腹部の強固さは尋常じゃないの。だから、なるべく他の部位を狙って」
説明しながら矢を射るビビ。その矢じりはゴエンムーアの右肩部分に突き刺さった。猿は苦痛の叫びを上げる。
「よし! いい感じ!」
「ビビ姉、そんなちんたらやってたらダメだよ。まぁ、アタシも最初から狙っとけば良かったんだけどね」
ドラミングして雄叫びを上げる巨大猿にティーネはもう一度向かっていく。今度はハンドガン一丁のみ。
「ヘッドショット!」
しっかりと頭に狙いを定めてトリガーを引いた。
「あれ?」
だが、銃弾は発射されない。
「……スライド忘れた!」
「何年その銃使ってんのさ!」
「ごめんなさい!」
正面で無防備に立っている彼女を見て、ゴエンムーアはすかさず殴りかかる。
「タイム! タイム!」
ティーネは焦りから身を反らすことはせず、ただ腕でだけ防御しようとする姿勢をとった。
「こんの毛むくじゃらがぁッ!」
「!?」
瞬間、その巨大猿はティーネの頭上を越え、ビビを通り過ぎ、さらにイッキの後ろまで吹き飛んだ。
「いってぇッ! 俺の手、破裂すんじゃね!?」
金色の光に包まれた拳を冷やすように息を吹きかける。
「……」
「フー、フー……よし! ほら、大丈夫か?」
レンは腰を抜かすティーネに手を差し伸べた。しかし、彼女は茫然と彼を見ているだけである。
「ん? どうした? もう気合入れてないから、手は潰れねーよ?」
「……決めた!」
「え?」
「結婚しましょう!」
「はー!?」
あまりの驚きに大声を上げるレンにイッキとビビが駆け寄る。
「蓮! 助かった! サンキュー! お前、どんだけ強いんだよ!」
「だから言ったろ? 強いって」
「うん! すごく強い!」
ビビが二人の会話に割って入る。
「あたしもあなたに惚れた! 結婚しましょう!」
「「はー!?」」
「ちょっと! ビビ姉! アタシが先に申し込んだんだけど!」
「恋愛は別に早い者勝ちじゃないでしょ」
「ちょっと待って、ちょっと待って、お姉さん!」
「イッキ、それはなんかダメな気がする。あと、つまら……うぶっ!?」
イッキはレンの口を塞いだ。レンはすぐにその手を振りほどく。
「何? そんな今の発言ダメだった?」
「違う! あれ!」
さっきレンが殴り飛ばしたゴエンムーアが立ち直っていた。目は充血しているのか赤く染まっていて、興奮状態で息が荒い。
「あの野郎、しぶてーなぁ!」
レンは拳に力を込めて、また先のような光を放つ。対して、ゴエンムーアは大きく息を吸い込んだ。
「おっと、このモーションは!」
「ブレスか! って、分かっててもどうすれば!」
「みんな! 逃げろ!」
四方へ散ろうとするが、少し遅かった。凍える猛吹雪のようなブレス攻撃が広範囲に拡散する。
「うおおおっ!?」
レンだけは上へと跳躍し避けることができたが、他の三人はまともにそれを浴びてしまった。凍り付いて体の自由が奪われ、その場から一歩も動けない。ゴエンムーアは再び息を吸い始め、レンはブレスを止めようと走った。
「くっそ! 間に合わねぇ!」
猿は予備動作で首を後ろに少し下げる。そして、その首が取れた。
「あ!?」
頭部が綺麗に寸断され、虚しく転げ落ちる。血を噴き出しながら倒れる巨体の後ろに、見覚えのある姿があった。
「不意打ちってのはやっぱり楽ね」




