歩んできた道
イッキは霞んだ雪景色の中を一人歩く。通った場所には彼の足跡が残っていて、それを辿ればレン達の所に戻れるだろう。幸いなことに雪も小降りになってきた。
「あー……あーあー……ああああ」
自分の言動を顧みて苛立ち、頭を掻きむしる。指に髪の毛が引っ掛かった。こちらの世界に来て約一か月、そろそろ髪を切りたくなってくる頃だ。
目にかかる前髪を横に払って、少し辺りをよく見る。と言っても、ぼやけた視界にあまり変化はない。
「ホワイトアウト……かね」
一度立ち止まり空を見上げた。
こんな大自然に囲まれた土地を踏んだことなんてない。
雑踏の中、騒音を掻き消すために騒音を騒音で上書きした。耳を塞ぐ。日なんてさほど照っていないのに、目を合わせないように目を隠した。夜になっても目も心も休まらない。どこへ行っても汚く騒々しかった。
瞬きした時、まつげの上に雪が乗った。それを溶けるまで放置する。
「分かんねぇな」
彼は振り返って足跡を確認した。
「そうですか……」
クローディアは申し訳なさそうにレンの話に相槌を打つ。手と手を合わせるようにして膝の上に置いていて、元々小さな体がいつもより小さく見えた。
「イッキは悪いやつじゃねーんだ。ただ、さっきはちょっと」
「分かってる。……私も悪かったわ。そうよね、レン達の目的は元の世界に帰ることだもの。必死になるのは当たり前。私はそれを邪魔したんだから、怒るのが普通よね」
「まー、そう落ち込むなって!」
「まるで他人事ね。レンも帰りたいんでしょ?」
「んだなー」
全く落ち込んだ様子も見せずケラケラと笑う彼は一体何を考えているのだろうとたまに思う。おそらく、何も考えていないんだろうけれど。
「でもさぁ」
アルムが珍しく真面目な話に入ってくる。
「おかしいよね~。自分からこっちに来たんでしょ~? 自業自得ジャーン!」
「言われてみれば……そうか。 んまぁ、人生色々あんの!」
暖炉の火が部屋の一部を暖かい色で照らす。会話の間に生まれるちょっとした沈黙。木の燃える音がそれを埋めた。
「ん?」
レンは何か引っかかって気持ちが悪いというな顔をして顎に手を当てる。隣のフェリシアがはっとした表情をしてレンに尋ねた。
「イッキは?」
「え? あー、外。一人にしてくれって言うからさー。散歩じゃねーかな?」
「外って……モンスターに襲われたら!」
フェリシアは即座に腰を上げ外に向かった。
遠くから発砲音が聞こえる。
「……銃声」
思ったより長い距離を歩いていた。ハウスへと引き返して五分、最初の方に作った足跡はもう消えているかもしれない。
なぜ一番戦闘力の低い人間が単独行動しているのか。今あんなのに襲われたら為す術もなくあの世逝きだ。冷静さを欠いていたにも程がある。
イッキは自分の足跡を走って辿る。
銃声がやむことはない。しかも、その音は徐々に近付いていた。
不安になって彼は後ろを見る。
「ランプ?」
少し離れた所に二つの明かりが見えた。それは獣のような速さでこちらに迫ってくる。
「じゃねぇーな! 死んでたまるかよっ!」
必死になって地を蹴った。が、地面を覆っている雪はその力を吸収してしまう。
「くっそ! ……っ!?」
体勢を崩し地面に手をついた。振り返れば奴はすぐそこ。狼に似た姿をした獣は目を爛々とさせている。
目の前の死神はゆっくりと近付いてきて、そして――倒れた。
「な……」
白い床が赤に染まる。
何が起こったのか分からなかった。極限状態で見た幻覚。いや、確かに現実だ。
奥の方に人影二つが見える。
「これであたしの方が一匹多いね。あたしの勝ち!」
「おっかしいなー。絶対銃の方が速いと思うんだけど」
「普通はね。あたしが別格なだけさ」
誇らしげな顔をしながら女は獣に刺さった矢を抜く。
「ん?」
地面に這いつくばるイッキを見て彼女は目を見開いた。
「ありゃ、人いたんだ」
「当たらなくて良かったね」
優しく微笑むもう一人の女がイッキに手を差し伸べたが、彼はその手を借りず一人で立ち上がる。
「ありがとう。大丈夫」
「そう」
一人は黒いコートを羽織った女。片手にハンドガンを持っていて、両脚にレッグホルスターをつけている。右脚の方は空で、左脚にはもう一丁拳銃が確認できた。腰にもなにやら色々物騒な物をつけていて、危険な匂いがする。だから手を借りることを拒んだのかもしれない。
弓を背負った女はフェリシアと似たような鎧を身に着けていた。異なるのは腰部分の鎧で、スカート状になっている。
銃の女は金髪ツインテールで、弓の女は金髪ロング。それ以外、顔も体つきも同じに見えた。
「ゲームかよ……」
苦笑して出た台詞がそれ。
「こんなところで何してるの? ルイン、なわけないか」
イッキの体を一瞥した後、銃に弾を込める。
「ルイン?」
銃の状態を点検しながら女は答えた。
「賞金稼ぎのこと。モンスター倒して、それを送り金を稼ぐ。単純でいいでしょ? ってか、何にもしらないんだね。もしかして、ここら辺の人?」
「ないない。それはない。だって、インレリ連れてないじゃん」
「あ、そっか」
よく分からないが解決したようだ。
「その……」
礼を言うか迷う。助けてもらったのだから、感謝の意を表するのは至極当然と言えるだろう。しかし、思うに、先の状況に陥ったのはこの二人のせいではなかろうか。会話から推測すると、どうやらモンスター狩猟の競争をしていたようだし、その取り逃がしがこちらに来たと考えても不自然ではない。
「助かった。ありがとう」
結局、言う。
きちんと礼をして、レン達の所に戻ろうとした時イッキは呼び止められた。
「ちょっと待って! 危ない!」
彼の真横を何かが高速で通り過ぎる。気付けば頬から血が垂れていた。目の前の女はイッキに銃を向けている。
「いや、お前が危ねぇよ!」
「後ろ!」
言われて体を捻った。三メートルはあるであろう巨体。
「ゴリラ!? 雪男!? ビッグフット!?」




