キャンパスの上に積もる雪
絶え間なく雪が降っていた。
辺り一面は白く染まり、その冷たい絨毯は音を優しく包み込む。空に広がる雪雲は黒い夜空を覆いつくし、地との境界を曖昧にした。
「ところで、ツクノ」
「悪いとは思ってないぞ。片割れに会うことをお前は頑なに嫌がっていたが、俺は興味がある。お前ともう一人のお前が対面するこの瞬間に。それだけで理由は十分だろ? それと殺すのは無しな。リスクが大きい。でも、もし……もしお前があいつを殺したらどうなるのか。……あああああああああ! 気になる! すんげぇ気になる! ……が、ダメだ。俺はお前を失いたくねぇ。今じゃお前は俺にとって唯一の家族だ。失うもんか」
彼は自身の掌を見つめて、それを強く握りしめる。そして、もう一度手を広げた。手の平には自分の爪が食い込んで、深い跡が残っている。
「けど……ああああああああ! やべぇ、考えねぇようにしてたのによぉ! 抑えろ、抑えろぉ……。よ、よし。オーケイ。どうだ、見たか。俺はまだまだ進化し続けるぞ。昔なら簡単にリミッターはずれてたからな。よぉし。で、そういうわけだから!」
ツクノはカンナに向かって親指を立てた。しかし、カンナは見向きもしない。彼は呆れ交じりの溜息をついた後、ラウムハウスの反対に鎮座するモンスターの方に振り向く。
「そうじゃなくてだな」
「なーに。ああ、そういうこと」
ツクノも後ろに振り向いて、足元に出来ている岩盤を何度か踏みつけた。
「生きる知恵ってのは素晴らしいねぇ。さすがはA級と言ったところか。手強い手強い」
「何とぼけたことを。どうせ知っていたんだろう。仕事だと言うから一撃だけでやめたんだ」
「A級を一撃で片付けられたら世話ねぇよ。そんぐれぇお前も承知だろうが。ま、お互い様だな。カーッ! こりゃすげぇぜ! んで、どうしよう。ってか、この状態だと額下がんのかぁ?」
「どうしよう、だと? まさか、何も策はないのか」
「そうだなぁ……。ん? うおぉ!?」
また地面が揺れる。
流れ出た溶岩は冷えて硬化していて、それがモンスターの体を覆っていた。
続く揺れ。モンスターも徐々に地中からその姿を露わにしていく。岩の山は傾き、大きな空洞がカンナとツクノの前に現れた。
「あらぁ……これはこれは大きなお口だこと……」
「前の町で服買っておいて良かったな! ……くっそぉ、俺のいっ……なんとかがクロコゲになっちまった」
涙ぐみながら革ジャンの袖に腕を通す。
「一張羅な。あれじゃ黒焦げどころか灰も残ってないだろうよ」
「ってか、結局イッキも着替えに来てんじゃんかよ~」
「っく……だって、俺一人あの場に残ってたって何もできやしないだろ」
「そうかな~? んじゃ、おっさきー!」
先に支度を終えたレンはリビングへと向かった。そこには同じく着替え終わった女子三人。フェリシアは今まで身に着けていた鎧を(入浴するため事前にはずしていた)、クローディアは黒いズボンを穿いていて、上半身をファーの付いたロングの白いダウンジャケットで覆っていた。アルムはといえば、重ね着したTシャツにショートパンツ、左右色違いボーダーの二―ハイを履いている。
「お、またイメチェンか。決まってんな! でも外さみぃぞ?」
「だいじょーぶい」
「ちょーっと古いかな」
ピースするアルムにレンは少し苦笑い。
「来たわね」
「うっす。そんじゃ、イッキが来たらおっちゃんに話を聞こうや」
「それなんだけど……」
「ん?」
フェリシアはレンとは目を合わせず床を見つめて言った。
「やめにしない? あの二人危険だわ。下手したら……」
「ヘタしたら?」
数秒の間。フェリシアは唇を噛んで下を向いたままだ。
そこにイッキが扉を開けてリビングに入ってくる。
「準備は終わった。早くあいつらの所に……って、どうかしたか?」
妙に重苦しい空気を感じ取ってイッキは速める足を止めた。
「その……あのお二方に会うのはやめましょうって……」
「はあ!?」
怒鳴るイッキにクローディアは身を縮める。今まで見せたことのような剣幕でイッキはフェリシアの方を睨みつけた。
「どういうことだよ」
「おい、イッキ。いきなりどうしたんだ? そんなこわい顔して。まーまー、少し落ち着いて」
「黙れ」
「あ……はい」
レンは額に汗を流し肩を落とす。無意識のうちにその場から一歩退いた。
「こんな提案するのフェリシアだろ? それなりの理由があるだろうから、まずは聞かせてくれよ」
フェリシアはゆっくりと視線をイッキにずらす。
「皆にも言ったけど、あの二人危険なのよ。だから」
「だから会うのはやめろ、と? 冗談じゃない。せっかく手掛かりに辿り着いたんだ。こんな所で見逃せるか。それに危険だって言うなら、モンスターだって変わりはしないじゃないか。いや、むしろモンスターの方が危険だ。それに比べれば――」
「殺されるわよ」
彼女は一瞬口を引きずらせてから続けた。
「あの二人はそういう類のにん……いや、化け物よ。そういう目をしていたわ」
「人殺しだと?」
「……ええ」
「そうか。そうかそうか……」
イッキは腕組みをしてフェリシアに背を向ける。彼の目の前には玄関へと続く一枚の扉。
「蓮。行くぞ」
「おお?」
「ちょっと! 今の話聞いてなかったの!?」
イッキは半身だけフェリシアの方に向けて、彼女の目をしっかりと見た。
「いいか。俺と蓮は元の世界に帰りたいんだ。それはずっと変わっていない」
深く息を吸って、吐く。
「だから、殺される危険があっても俺は情報を集める。それにこの世界じゃ死の危険とは常に隣り合わせみたいだしな。俺がここで黙っていようがいまいが、大差ない。……蓮」
「お、おう!」
「待ちなさいって!」
その時、足元がぐらついた。
「ま、またですか?」
「およよー?」
「くっそ! さっきより揺れが強い……!」
五人は倒れないようその場にしゃがみ込む。しばらく続く揺れが収まると、イッキはすぐに外へ出た。
彼は呆然とした。笑うしかなかった。こうなることは予想していたが、実際に目にしてみると辛い。
「ハ……ハハ……ハハハハハ」
渇いた笑いがだだっ広い雪原に吸い込まれていく。
「イッキ!」
レンは後ろから彼の肩を掴んだ。そして、外の景色を見る。
誰もいなかった。何もなかった。あの巨大な岩もどこにも見当たらない。あるのは大きな穴とそれを塞ぐように深々と降る雪。
「ああ……」
「だと思ったよ。そうだと思ったよ。こうなるってな」
イッキは肩にあるレンの手を振りほどくように身を翻す。
「どうすんだよ! せっかく帰れるチャンスだったのに! どうして!」
「……すまん。その何て言うか本当に……」
「他人事か!? お前は帰りたくないのか!? お前は、お前は……」
「そりゃ帰りたいよ」
「だったら!」
「ごめん。本当に……ごめん」
雪は降り続く。その白は全てをなかったことのように上から蓋をした。
 




