R:愛には常に幾分かの狂気があるが、狂気の中には常に幾分かの理性がある。
ツクノはひどく好奇心の強い男である。目の前のことに没頭すると周りが見えなくなる類の人間で、後先のことは考えず、さらには善悪の区別もままならなくなってしまう厄介な性格だ。基本彼は善人よりであるが、その圧倒的に利己的な個性はそれを軽く凌駕してしまう。もちろん、ある日突然彼の前に奇妙な剣が降ってきた時も例外ではなかった。また向こう側が捨てたゴミであろうが、なかなかどうしてこちら側の種にとっては逸品が多い。ツクノは試しに近くの岩めがけて剣を振る。無論、その剣の性能を確かめるためであった。ただのなまくらであるなら持ち帰っても意味がない。――軽く一振り。すると、どうだろう。なんてことだ。斜め上の結果が彼を魅了した。その刃は岩をまるで豆腐を切るかのように、いや、感覚的には空を切るような形で両断する。一刀両断。違う、厳密に言えばそうではなかった。その剣は岩を両断したわけではなかった。二つに断ち切ったのではない。一つを二つに分けたのではなく、一つを二つにしたのだ。
彼はこの前手に入れた拾い物を使ってもう一つの世界に渡る。これも向こう側から来たもので、性能はその中で群を抜いて面白い。彼はたびたび別世界に訪れているが、それはその世界を気に入ったからではなく、好奇心を満たすためである。むしろ、その世界、住人を嫌っていると言ってもいいだろう。だからというわけではないが、本当にたまたまなのだろうが、いや……彼の中で無意識のうち天秤にかけたのかもしれない。
彼は試してみたかった。岩は切った。水も切った。空気は……良く分からない。次は、生物。そこらにいるモンスターを手当たり次第切った。もちろん結果は今まで通り。であるなら――
ツクノはたまたま見かけた少年に何の躊躇もなく剣を振りかざす。少年は無垢な目で彼を見ていた。彼も純粋な心でそれに応えた。
結果はつまらないものだった。他と何ら変わりはない。二つになった。……二人になった。ここで彼は過ちに気付く。ああ、やってしまったと。生命を絶ったわけでない。しかし、これはそれ以上にいけない行為だったのではないか。なぜ人とその他の生物を分けて考えたのかはその時分からなかったし、今も分からない。だが、基本善人である彼の良識的判断がそう告げたと解しておこう。
彼は二人いる少年の片方を連れて元の世界へと戻った。あのまま置いておくのはまずいと思ったからだ。さすがに同じ人間が二人というのは問題がある。別々の世界で別々の人生を歩ませた方がいいだろうと考えたのだ。まあ、この発想も少し常人とずれているが、彼なりの最善手である。こうして、ツクノと別世界の少年が共に暮らすことになったのだ。
「そろそろお前も狩りしてみるか? 小さい頃からやっておくに越したこたぁねぇ」
「……めんどくさい」
「いつもいつも面倒だ面倒だって、そのうち生きることまで面倒になっちまうぞ」
半笑いでからかうようにツクノは言ったが、少年が口角を上げることはなかった。
「……ま、いいや。とりあえずやってみよう。とりあえずな。チャレンジ精神は大事だぜ」
「こりゃ驚いた……まさか……」
あまりにも衝撃的な出来事に対してツクノは思わず額に手を当てた。
「まさかこんな雑魚に負けるなんてよぉ」
ニムというスライムより弱いモンスター、確認されている種の中で最弱と言われたモンスターに敗北した少年にツクノは駆け寄る。
「おい、大丈夫か。カンナ」
「……無理……死ぬ」
「あー、そりゃ重症だわ!」
バカにするように笑って彼はカンナを背負って家に帰った。
「ちっとばかし腹打たれただけだ。すぐに良くなる」
「……」
「俺の見込み違いだったかな? 素質あると思ったんだが」
ツクノはベッドの中で不貞腐れるようにうずくまるカンナを一瞥する。
「いいや、お前には素質がある! 俺の目に狂いはない! やる気だ、お前にはやる気が足りねぇ」
「……」
「……そうだな。無理にやらせても意味ないな。ま、お前がやりたいこと見つけたら言えよ。できる範囲で俺が協力してやるから。だからさ……せめて生きて行こうな」
「……」
「んじゃ飯作って来るわ。腹減ったろ。さ、今日は何にしようかなーっと」
ツクノが出ていく扉をカンナは布団の隙間から気付かれぬようずっと見ていた。




