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勇者は、ひどく赤面した。

「むっふっふ……まさかこんな展開になろうとはな……」


 レンは目を爛々とさせながら口角を上げる。


「全くだぜ……だがな、友よ。人生そう甘くはないみたいだ」


 イッキは白い煙の中を全裸で堂々と進み、ある程度前まで行くと何かにぶつかって勢いよく倒れ、湯の中に沈んだ。


「イッキ!」


 ザバーッ! っと本当にそんな音を立てながら起き上がり、イッキは引き締まった肉体でミケランジェロも驚くような美しい線を描く。


「死ぬかと思った……マジで」

「大丈夫そうで良かった。ってか、前隠せよ」


 無視して続ける。


「想定していたより手前にバリアがあったもんでな。思い切り体制崩しちまったよ。……んー、俺らのゾーン狭くないか? 全体の五分の一と言ったところかね。分けるなら分けるで平等な分け方してくれよ」


 見えない壁をペタペタ触りながら不満そうな顔をした。


「バリアか……アルムだろうな、きっと。フェリシアもクローディアもこんなたいそうな事できないし。まあ、百歩譲ってこの結界的な何かは許そう。だがな……」


 レンは大きく息を吸い込み――


「この異常な量の湯気なんとかしろやあああああああああああああああああああああああああ!」


 そう叫んだ。




 アルムを頼りにレンのドッペルを探索し始めて、約二週間が経過している。そう簡単に見つかるとは思っていなかったが、かかっても五日程度だと予想していた連中は、その倍以上も時間を費やし心身ともに参っていた。

 本当に居場所を知っているのかと不安になったレン達は度々アルムに迫るが、その都度彼女は『だいじょーぶ、だいじょーぶ』という返答しかしてこない。根拠のない自信に一同は憂わしげな態度を示したが、他に頼る当てもないので結局アルムに従うことにしている。

 しかし、また一方で、そんな彼女に対する疑念は薄れていた。危険であるかもしれないという疑いのことである。不思議な子であることに変わりはなかったが、裏がありそうだとは微塵も感じなかったし、そんな行動も一切取らなかった。彼女の内面は外面に表れている。透き通って濁りのない色。そう思った。


 さて、現在。彼らが今どこにいるのかと言うと、ずばり、温泉である。移動の途中でたまたま天然の温泉を見つけ、疲れを癒そうということで入浴を決めた。旅中はクローディアが持っているラウムハウスを使っているので、別に衛生面等に困っているわけではないのだが、せっかくならということで満場一致。ワクワクドキドキの混浴タイム……を期待していたのだが……


「くっそおおおおおおおおおお! なんじゃこりゃあああああああああああああああ!」


 目を大きく見開いてレンは嘆く。極鍛術を使えば見えるのかも分からないが、彼はあの一件以来使用を控えていた。


「これもアルムちゃんか、いらんことに労力使いやがって! それにおそらく……」


 レンとは反対にイッキは目を閉じる。


「どうした?」

「ちょっと静かにしてろ」


 二人で耳を澄ます。耳をすませば――


「きこえてこねぇええええ!」

「うるっせーぞ、おい! いきなり叫ぶなよ!」

「お互い様だろ? それより、あー……やっぱりだよ」

「何が?」

「音まで遮断されてんだよ!」

「ってことは!」

「そうだ! 俺達は向こうのやり取りを聞くことが出来ず、その様子を想像することさえままならないのだ! なんて過酷! なんて残酷! なんて残忍な!」


 エロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の女王を覗かなければならぬと決意した。


「おい、蓮! 打開策はないのか! 何か変な力使えるんだろ? それでこう、ちょちょいとさ」

「無理だよ。魔法無効化能力は不幸な人じゃないと使えないって」

「幻想をぶち殺された! 不幸だー!」




「大きいですね……」


 クローディアは羨ましそうにフェリシアの豊満な胸を見つめる。


「ちょっと、あんま見ないでよ」

「ご、ごめんなさい」

「あ、いや、別に怒ってるってわけじゃ――ッ!」

「ほへー! これはこれは御立派ですねー! やわらかあい! ふにゅふにゅ」


 アルムはフェリシアの胸を小さな手で突いていた。


「ちょ……やめ……あんまり、そんな……アルムッ!」


 声を荒げる彼女からアルムは咄嗟に身を引く。


「あれえ? もう湯あたりしたのぉ? 顔がまっかっかー」

「うるさいっ!」

「まあ、フェリシアさん。せっかくの温泉なんですから、のんびり楽しみましょうよ。アルムもフェリシアさんに迷惑かけないの」

「はーい」


 この二週間でクローディアとアルムはすっかり仲良くなった。似た者同士、小さい者同士でどこか波長が合ったのだろう。子供っぽいアルムの面倒を見るクローディアはお姉さんのようで、世話を焼いているうちにアルムに対してだけいつの間にか敬語ではなくなっていた。それは距離が縮まったというよりも、やはり保護者的な目線での会話が理由になっているのかもしれない。


「それにしても変な所に温泉が湧いてますね。雪原のど真ん中ですよ。熱源は何なのでしょうか」

「そうなの? 私あんまりそういうことに詳しくないのよね。ま、どうでもいいじゃない。気持ちいいし!」


 程よく筋肉の付いた腕を前に出して伸びをした後、フェリシアは少し深く湯に浸かる。


「モクモクとおー、けむりぃ! たたせてこー!」

「助かるわ、アルム」

「ここまでする必要あるんでしょうか?」

「あるのよ。あいつら危険だから。特にレン。……前科あるし」

「前科ですか?」

「なんでもない! 忘れて!」


 慌てるように湯の中に潜って、瞼をきつく閉じた。




「さて、どうしようか」


 神妙な面持ちでレンとイッキは対峙する。


「触覚をはじめ、我々は視覚を、あまつさえ聴覚までも奪われた。残るは味覚、嗅覚。さあ、どうする!」

「視覚と聴覚は分かるけど、触覚?」

「バリアがあるんだ。触りに行けないだろ」

「イッキ、やべぇよ……そこまで変態だったのか……」

「ぬ!? 俺は変態じゃねぇ! 仮に変態だとしても、変態という名の紳士だぜ!」

「まじひくわー」


 高らかに拳を上げているイッキにレンは提案する。


「じゃあ、あれじゃね? 味覚だ、味覚を使おう。今、向こう側でフェリシア達お湯に入ってんじゃん? ってことは、そのお湯は」

「まて。まてまてまて。さすがにそれはヤバい。人として大事な何かを失う。ってか、お前発想クレイジーすぎだろ」

「冗談だって、冗談。本気で言うわけないじゃん」

「だよな」


 違和感。イッキはこのレンの言動に違和感を覚えた。はっきりとは言えない。いつものレンのようなバカ発言だが、何かがずれている。その違和感は小骨のように彼にひっかかっていた。


「実際、このバリアってどこまであるんだ? ある程度進んだら回り込めるんじゃね? ……これだ! これしかない!」

「それだあああ! って、やだよ! こんな雪の上歩きたくねぇよ!」

「マジそれなー。彷徨ってるうちに死んじまう。……お前、なんか変わったな。前だったらすぐに駆け出して確かめに行っただろうに」

「自殺行為だからな。死にたくねぇもん。成長、成長!」

「そうか」


 微妙な間が生まれる。今まで気にしただろうか、こんなことを。


「んー……何か方法は……」

「この湯気さえなければ見えるのにな。バリアは透明なんだし」


 レンの何気ない一言が脳を刺激する。


「それじゃああああああ!」

「うわぃ!? 何!? どうした!?」

「クックック……やはり俺は天才だな……。向こう側を覗く方法、思いついたぞ」

「師匠! マジですか! 是非、是非教えてください!」

「そう慌てるな、チェリーボーイ。まずは蓮君、問おう。今この場において邪魔なものはなんだね」

「見えない壁と大量の湯気です!」

「そぉおう! 邪魔なのはこの見えない壁と不自然なまでの大量の湯気だ! だがしかぁあし! それゆえに弱点が存在する!」

「弱点? あ! 分かった!」


 レンは自信満々な顔をして答えた。


「この湯気を全て吸い込むんですね! 師匠!」

「ばっかもおおおおん! 違うわ! 第一、こっちの湯気を全部吸い込めたとしても、向こうの湯気は残ったままだろうが! だろうがよ!」

「じゃあどうすれば……」

「いいか、見えない壁は見えないけど見えるんだ。つまり、お前の言った通りこの湯気さえなければ全てがうまくいく。そこで、注目したいのがこの湯気という規制物質だ。湯気は湯から出た水蒸気冷えて作られる。ということは?」

「ここの空気をすげえ熱くする?」

「ちゃうわ! お前の発想斜め上すぎんだろ! 潜るんだよ、お湯の中に!」

「潜る?」

「そう! 湯の中では湯気なんて関係ない。発生しないからな。だから、潜って目を開けば楽園は目の前……!」

「おやかたさばぁあああ! 一生ついていきます!」

「いくぞ!」

「うっす!」




 思ってみれば、誰かと入浴するのは久しぶりかもしれない。ここ何か月かは一人で行動することが多かったし、こんな大勢でまた旅をすることになるとは考えてもみなかった。

 あの時、私は何故あんな行動を取ったのだろう。二度と手にしてはいけないと思っていたのに。

 レンと出会ってからというもの想定外の事ばかり起こる。良い意味でも、悪い意味でも。壁を壊してくれた彼には、少しくらい感謝してもいいのかもしれない。

 フェリシアはそんなことを思いつつ、湯の中で目を開ける。そこには見えない壁。見えないから見えるその壁の奥には――

 目が合った。レンとイッキ。

 レンは熱い湯の中、青ざめた表情を浮かべている。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 大声で叫びながらフェリシアは勢いよく温泉から飛び出た。


「ひっ……! ど、どうしました?」

「あ、あいつらが……! 殺す殺す殺す殺す!」




「や、やっべえ! 見つかった!」

「良い体してたな……これで死ぬなら本望だぜ……」

「マジで殺されるって! イッキ、今すぐこの場から――って、うお!? なんだ!? 地震!? まさか、フェリシアの怒りがこの大地を!」

「そんなわけないだろ! いや、もしかしたら……って、ないない! うわっ!? 揺れがどんどんひどく! はやく外に――」


 その時、地面が隆起して大地が割れ、その下から巨大な岩が現れる。


「うぐおおおおおおおおおお!?」

「むりいいいいいいいいいい!」


 レンとイッキは地形変化で出来上がった坂を転げ落ちた。雪が体中につく。


「つめってええええ! って、あつううううううううううう!」


 足元にあったはずの雪が見る見るうちに蒸発していく。どうやら突然現れた岩が相当な熱を放っているらしい。よく見れば、その岩の所々からマグマのような物質が流れ落ちている。


「なんだあれ!」

「なによあれ!」

「「え?」」


 またもや目が合うレンとフェリシア。


「あ、あんたらねぇ!」

「待った! 一時休戦! それよりこれ! これなんとかしないと!」


 同じように坂を転がってきたらしく、女の子三人も岩の前で立ち尽くしていた。全裸で。


「うっひょー! たまんねぇぜ! 俺もうマジで死んでもいい」

「あとで絶対殺す!」


 大きな岩は動いて地面を揺らす。


「何? あの岩生きてるの!? 冗談じゃないわ! こんな状態で戦闘だなんて、こっちは丸腰よ!」

「丸腰どころか丸裸だぜ」

「もうイッキは黙ってなさいよ!」

「仕方ない。こうなったら今まで隠していた伝家の宝刀をぬくしかない! 唸れ! 俺の――」

「ど下ネタじゃねぇか! 色々ひどいよ!」


 イッキはこの世界に来てからモンスターというものに接してこなかったので、かなり錯乱している。しかも、いきなりこんな大型モンスターだ。無理もない。


「ここは逃げるのが得策じゃないでしょうか! はやくしないと溶けてしまいま

す!」

「そうね! みんな逃げるわよ!」

「どこまで?」

「とりあえずこいつの影響を受けないところくらいまで走る! 戦うかはそのあと決めるわ!」

「おっけ!」


 モンスターに背を向け走ろうとした時、爆音と共に暴風が吹いた。


「今度は何!?」


 振り向くと岩の上に人影。ローブに身を包んだ人物が、岩のモンスターの背中に剣を刺している。


「おい、お前いま絶対それ壊しただろ。変な音したぞ」


 岩の下にいるもう一人のローブがそう言った。


「そういうものだろ」

「違うね。それとは別に破損した音が聞こえた。あーあ、それ高いんだぞ……」

「文句を言うな」

「まあ、いいよ。そいつの売値で全然カバーできるさ」


 へらへらと笑う岩の下にいる男とそれを見下すように佇む岩の上にいる男。

 剣を突き刺す黒いローブ。その男は――


「……俺?」

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