オセロ
夕食が迫ったこの時間帯は家に向かう人々が増えてくる。昼間の人通りの多さとはまた違った雰囲気だ。
「この街は本当に人が多いなー。最初にいた所より多いんじゃね?」
「レンの出身ってどこですか?」
「日本だよ」
「ニホン?」
レンの言葉を繰り返して首を捻る。
「あ、そっか。フェーレスには話してないんだっけか」
「そういえば、おばあちゃんがレン達はこの世界の人達じゃないって言ってましたもんね」
「そうそう」
ざっくりと、本当にざっくりとその内容を語ったので多々分かりづらい部分もあったが、フェーレスはおおまかに話を理解することができた。
「こんなファンタジー世界あると思ってなかったよ」
「無事に帰れるといいですね」
「ホント、それな」
表面上なんとも軽い感じだが、少しだけ不安な気持ちもある。いや、しかし、この前まで一抹の不安も抱いていなかったのは事実であった。忘れていたものを思い出したかのような、妙な感覚に駆られている。懐かしいような、怖ろしいような。
「それにしてもこの街は獣人多いよな」
「この街に住んでいる過半数が獣人ですから」
「そんなに多いの!? ほへー……。あ、俺さ。昔、獣人見たことあるんだよ」
「元の世界で?」
「うん。誰も信じちゃくれなかったけどな。そのあとドッペルゲンガーも見たんだぜ! あの時は死ぬかと思ったわ」
笑いながら言うレンにフェーレスも笑みを返す。すると突然、何かを見つけて彼女は目を丸くした。
「レン! レンにすごく似た人がいますよ!」
「嘘!? どこ!? 噂をすればなんとやら!?」
フェーレスが指をさす前に、レンはその人物を発見する。
繋がっている紐を手繰り寄せられたかのように、目はその男に吸い寄せられた。まるで鏡を見ているよう。背丈、手足の長さ、そして顔。パーツは気味が悪いほど、どこを取っても同じ。全くの同一人物。
あの時と同じ。あの時見た人物と同じ。元いた世界で出会った彼と。しかし、何かが異なる。それは何か。場所? 時間? ……そういうことじゃない。変わったのは外じゃない。内だ。
たった数秒。その数秒がひどく長いように感じた。気付けば向こうにいた自分はもういない。
「いるんですね。自分にそっくりな人。あれだけ似た人は初めて見ましたけど。……レン?」
「あ、いやー。ホントな。ホント……」
「何かありました?」
「なんもなんも! 全然大丈夫! 元気すぎて困っちゃう! そうだ、ダッシュするぞ!」
いきなり全力疾走。
「ま、待ってくださいよ!」
「似てきたな」
「……」
ローブに身を包んだ男が二人。
「まあ、あっちが似てきても、お前が似るってことはまずない」
「……」
雑踏の中、彼らを怪しむ者など誰もいない。似た格好の輩なんて腐るほどいる。
「光から闇は生まれても、闇から光は生まれないさ」
「……」
男はため息交じりに小さくぼやいた。
「とは言っても、会話くらいしてほしいね」
「面倒だ」
「……五点」
温かい光に照らされていた地面も、いつの間にか冷たい黒に変わっている。光を跳ねる衣を纏った二人は、暗い路地へと消えて行った。




