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仮面

 何の当てもなく飛び出してきてしまったが、どうしたものか。無理にでも追いかけに行けば良かった。

 あの時その場に留まってしまったことを後悔する。

 この人混みの中、闇雲に走っていてもきっと見つからないだろう。苦肉の策として、自分の目を奪った一際目立つ桃色を探すことにした。

 フェリシア達との待ち合わせに使った時計台の下で一度立ち止まり目を凝らす。この時計台は街の中心に位置するので、ここらの人通りは多い。変にあちこち駆け巡るよりは効率が良いだろう。


「ピンク……ピンク……」


 さっきの時間より明らかに人の数が増えていた。肉眼で発見を試みるも、人と人とが重なり合っていてなかなかうまくいかない。なので、極鍛術を使用してさらに細部まで探る。

 瞼を閉じ、目の奥に意識を集中させて確かな感覚を得た後、ゆっくりと目を開いた。


「……っ!」


 目の前が歪む。頭がくらくらする。流れ行く多数の人影が頭の中に入ってきて意識を飲み込もうとする。

 危険だと感じたレンはすぐに目の強化をやめた。

 極鍛術は使えない。直感で理解したが、何故だめなのかは考えられなかった。いや、考えなかった。そこまで頭は働かない。

 目が使えないのならば耳。聞き込みをしようと思ったが、レンの瞳にはどの人の姿も悪魔のように映っていた。理由は分からない。自分の中の何かが人を恐れ怯え拒絶していた。

 今まで経験したことのない葛藤がレンの行動を妨げる。

 仕方なくまた自分の目を頼りにフェーレスを探すが、見つかりそうな気は一切しなかった。なんだか少し億劫になる。これだけ頑張っても成果が出なければ意味がない。骨折り損のくたびれ儲け。


 途方に暮れていると、頭上にある文字盤の上で長針が十二と重なり鐘の音が街に鳴り響いた。鼓膜を何度も叩くその音がレンを刺激する。

 ああ、そうだ。早く見つけなきゃいけない。

 レンは再び奮起し、フェーレスの姿を探す。

 ……ふと思いついた。上から探せば見つかるんじゃないか? この時計台の上から。

 時計台の扉を開き中に入る。上へと続く階段の手前に職員と思われる人物が立っていた。整った服装で礼儀正しい振る舞いをするその人は低い声で言う。


「展望でのご利用ですか?」

「あ……はい。そうです」

「では、こちらの階段をお使いください」


 どうやら展望目的での使用は誰でも制限なく可能らしい。


「あの、エレベーター……とかは」


 表情は変えず少しだけ首を傾けた。


「エレベーターとは何でしょうか?」

「あーっと……うーん、何でもないです。すいません」

「いえ。では、ごゆっくり」


 職員は軽く頭を下げる。それに対してレンも軽くお辞儀して、階段を駆け上がった。




「な……なぁがあぁあいいいい……」


 何段上っただろう。足がもうパンパンだ。

 息を切らしながら一段ずつしっかりと踏んでいく。

 職員が最後に言った『ごゆっくり』はペースのことだったのではないかとレンは思った。


「はあ……あとどんくらい?」


 下の方を覗いても階段。上を仰ぎ見ても階段。


「……俺よ、泣くな。ドンクライ」


 しょうもないギャグを放つ余裕はあるのか。空元気か。


「くっそおおおお!」


 レンはひたすら階段を上る。




「つ……ついたああああああああああぁぁぁぁ……」


 尻すぼみな声を上げ、ふらふらと前に進み石壁に手をかけた。


「……おお!」


 思わず某大佐のセリフを口にしてしまいそうだったが、さすがに自重する。

 巨大な街を一望して感動した後、ここに来た目的をはっと思いだして身を乗り出しながら目を凝らした。人がゴ……米粒のように小さくしか見えないが、ピンクの点を探せばよい。色々なところに目をやり、辛抱強く探し続ける。しかし、見つからない。高い所にきすぎたか。

 レンは少し考える。

 使うべきか、否か。……悩むのは俺の主義じゃない。迷ったら即行動。

 意を決して目を閉じた。眼球に力の流れを感じた後、恐る恐る目を開く。


「大丈夫だ」


 特に何も起きなかった。人々の顔がはっきり見えるだけ。不具合はない。

 もう一度街を見渡しフェーレスを探す。すると、広場にひとつ目立った桃色を発見した。


「あそこか! よし!」


 レンはすぐにその場を離れ、フェーレスの下へと向かう。だが、目の前にあるのは――


「これ今度は降りんのかよ!」




 肌寒くなってきた。広場の中央にある噴水は未だに綺麗なアーチを作っている。しかし、今日は陽が沈む時間が少し早い。もうじき、この水も止まるだろう。

 落ち込んだりした時はいつもここに来る。街はやたらと建物が多く落ち着かない。それに比べ、ここは緑が多い。木々に囲まれた空間は私の心を慰めてくれる。青臭い草の香り。目に映る美しい水の橋。聞こえてくる小鳥のささやき。どれもが私にとって大切なもの。この時間になってくると人もまばらになり、広場はより一層自然に近くなる。

 徐々に赤くなる空と陽の光を反射して青く輝く水にそれを囲む緑。なんて素敵な空間。

 フェーレスはベンチに一人腰かけながら、うつらうつらとしていた。

 そんな彼女の耳に誰かの声が入ってくる。


「おーい! フェーレス!」


 そう叫ぶ男はこちらに向かって走ってきた。


「……レン」

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