洞が峠をきめこむ
「え、何? 何が起こったん?」
レンは今の出来事を把握しきれていない。
「話せるようになったんだよ」
その言葉を聞いてもなお、理解できていないようだ。
「だから、異世界の言葉を使えるようになったんだよ」
「……マジで!?」
「マジで。なあ、フェリシア」
フェリシアは突然レストラト語で話しかけられ驚く。
「え……ええ。イッキってそんな風に喋ってたのね。いや、たいしてレンの翻訳と変わりないんだけど、若干ニュアンスが異なるというか」
「そうだろうな。当たり前だ。ちなみに俺は吹き替えより字幕の方が好き」
フェリシアは何のことだろうと首を傾げた。
「でたよ、字幕厨。英語分からないのになんで無理して英語で聞くんだ? 日本語でいいじゃん」
「馬鹿だな。吹き替えと字幕は全然違うものなんだよ。別に吹き替えを批判するわけじゃないけど、字幕の方が俳優自身の演技が見られて……」
「はい、きました! 俳優自身の演技! それも英語が分からなかったら意味ないだろ!」
「それが英語分からなくても分かるんだよ。それに俺は英語が分かる」
「うっ……何も言い返せねぇ……」
「はいはい、二人とも。そこまで。何しに来たのよ」
レンとイッキの間に割って入るフェリシア。
「すまん。よし、じゃあ聞こう」
イッキは素早く切り替えて老婆グラディスの方を向く。
「この腕輪ありがとうございます。おかげで真面に会話をすることができるようになりました。それで、質問なのですが……俺達が元いた世界に戻る方法を教えてください」
グラディスはひとつ深呼吸をして顔を上げた。
「ないよ」
あまりにも残酷な宣告。レンとイッキは言葉を失う。
「いや、すまない。今のは正確な表現じゃなかったね。戻る方法は知らない。分からないというだけだ」
「なんだあああ、びっくりしたあああああ! よかったあああああああああ!」
レンは九死に一生を得たと言わんばかりに喜びの声を上げた。
「良くはないだろ」
冷静にテンションの上がったレンに言う。
「手詰まりではないにしろ、帰れる可能性が大幅に低くなった」
イッキは腕につけたリングを手でなぞって続けた。
「これだけの代物を作れる人が知らない、と言ったんだ。ほぼ振り出しだよ」
相変わらず分かっていないようでレンは口をゆがめる。
「で、でも全くのゼロではないですよね!」
クローディアから話かけられたことに少し驚いた様子で、イッキは少し目を見開いた。
「まあ、そうだな。有益な情報があるかもしれないし」
「そうですよね!」
極めて明るい口調で彼女は言う。イッキはもう一度老婆に質問をした。
「じゃあ、グラディスさん。漠然とした質問で申し訳ないのですが、異世界について知っていることを教えてくれませんかね。何でもいいので、知っていることを」
「イッキ、と言ったね。自分達の情報も開示せずに、必要な情報を引き出そうとしているのかい?」
「あなたには説明する必要がないと思ったのです。だって、もう僕達のことはほとんど分かっているんでしょう?」
「……お前さんはお前さんで恐ろしいね」
グラディスは丸まって筒状になっていた古臭い紙を机の上に広げる。
「……地図?」
そこに描かれていたのは五つの大陸。大部分は無地、おそらくそれは海である。また、地図の中心からは広がるように線が引かれていた。
四人は覗き込むようにその紙を見る。だが、フェリシアとクローディアは一瞥すると、さして興味なさそうに元に位置に戻った。
「これってこの世界の地図ですか?」
と、レンが尋ねる。
「ああ、そうだよ」
ふーん、と相槌を打つレンの隣でイッキは己の目を疑っていた。
「嘘だろ……」
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよ! よく見ろって!」
「え、何?」
レンはもう一度地図を観察したが、特に得られたものはなかったらしい。
「何だよ。イッキ、説明してくれよ」
「これは世界地図だよ!」
「うん、それは今ばあさんが言って……」
「違う! そうじゃない! 元の世界の――俺達がいた世界の地図だよ!」
「え?」




