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押し寄せる波

 猫型獣人改め猫娘改めフェーレスを先頭に、二列目レンとイッキ、三列目フェリシアとクローディア、といった隊形で一同は進む。

 男二人は一見セクハラかのように、いや、セクハラにしか見えない行為をしながら前へと。フェーレスの腰部分に生えている尻尾を凝視し、ああでもないこうでもないと取り留めもない会話をいつものように繰り広げる。

 その後ろを歩く女二人は、一方が愚痴を連ね、一方がなだめるという状況。出所の分からない憤りを口から出しては、エネルギーを溜めこむかのように大きく息を吸う。また女かと。またナンパかと。しかし、結果が伴っていることに変わりはないので、そこは反省。なんとも面倒臭いやり取りである。

 先陣を切って進むフェーレスはただ黙々と足を運んでいた。




 ここの街では比較的多くの獣人の姿が見受けられる。ヒューレコックにもそれなりに獣人はいたのだが、あそこの街は母数が非常に大きいため、相対数で考えるとさほど多いようには感じられないのだ。

 対してこのナフィアは過半数が獣人であり、人の姿をした者の方が絶対数も少ない。よって、半人半猫のフェーレスは特に珍しいというわけでもない。

 そういうわけでもないのだが、フェーレスはやたらと人の目をひく。それは間違いなく毛色のせいだ。人々を魅惑する桃色。ピンクという色は決してありふれたものではなく、日本で例えるならハーフ、混血によって生まれた副産物である。

 文字通り半人半猫。人と猫とのハーフ。しかし、周囲の視線を集めるのはハーフだからではなく単純に色が目立つからであって、別に種的差別があるわけではない。そういうところがレンの元いた世界との違いだろう。


 ところで、獣人というのは『獣』に『人』と書くのだからそもそもハーフのような存在ではないのか、という意見もあるだろうが、それは何とも言い難い。獣人は独自の発達を遂げて、その姿に落ち着いたという。

 また、体内構造はおおよそ人間と同じだが、種によってどこかの器官が決定的に異なっていて、それが見た目にも影響を及ぼしているのだ。人間と獣人に関する真実は、原始の時まで遡らなければ明かすことができないだろう。




 ゆさゆさと右往左往する尻尾を眺めているうちに、いつの間にか五人は目的地に到着していた。


「着きました。ここです」


 胡散臭さが溢れ出ている小屋。良く言えば骨董的、悪く言えばボロっちい建物。魔女でも住んでいそうな雰囲気を漂わせ、なんとも近寄り難い空気を放出している。

 建付けが悪い扉をゆっくり開くと、キィ……とドアの軋む不気味な音が耳に入った。


「さぁ、みなさん。どうぞお上がり下さい。靴は履いたままで構いませんよ」

「お邪魔しまーす!」


 レンは物珍しそうに辺りを見回し、目を輝かせている。隣を歩くイッキは用心深い性格なので、要所要所に目を凝らし何かないかと疑ってかかっていた。猜疑心の強いフェリシアも同様に不審に思っている。一方、クローディアは元々小さい体をさらに小さくして怯えるように歩いていた。


「ここ……何かこわいですね……」


 今にも消えそうな声量で言う。


「確かに不気味だわ。埃っぽいし」


 顔をしかめて鼻をすすった。


「でも、期待できそうじゃない?」


 乱雑に床に放置された書物。その表表紙には異世界に関するような題がふられている。その他にも魔導書やら何やら色々な古書が積み上げられていた。


「何か分かるといいですね」


 そう言うクローディアの声は僅かに震えている。

 少し奥に進むとその先から声が聞こえてきた。


「帰ったのかい。ずいぶんと遅かったね」


 暗がりに響くしゃがれ声。


「ごめんね。ちょっと訳があって」

「訳?」


 猫のように背を丸くして座っている老婆は眉をひそめる。そして、フェーレスの後ろからやってきた四人に目を丸くした。


「お客さんだよ」

「珍しいね。こんなところに何の用だい。生憎だが魔術はもう教えていないよ」

「違うの、おばあちゃん。この人達、異世界について聞きたいことがあるんだって」

「……異世界?」


 黒いローブで身を包んでいる老婆は目を細めてイッキを見る。


「……この世界の住人じゃないね」

「すげぇ! 何で分かったの!? 俺も、俺もです!」


 自分の事を指さし主張するレンに対して婆さんは怪訝な顔をした。


「お前さんは……」


 レンはその続きを言い渋る老婆を急かす。


「何? 何? 一体絶対何なんだい! お前の心の叫びが聴きたいんだい!」


 レンの頭を叩くフェリシア。


「失礼よ」

「なんちってね」


 老婆は黙ってレンのことを見続けていた。


「……あ……す、すみません……。反省します……」

「嫌な魔力だね」

「へ?」


 調子はずれの声が出る。


「嫌な魔力だ。禍々しくて悍ましい」


 怯懦にして狐疑する老婆。


「強大な力だよ。恐ろしい。けど、お前さん自身に害はなさそうだね」


 静かに頷き一人何かに納得していた。


「というか、フェーレス」

「はい?」


 呼ばれて首を傾げる。


「お前、何にも気付かなかったのかい」

「?」


 老婆の問いにさらに首を傾げ、その角度はほぼ九十度近くなった。

 責めるような口調で老婆は言う。


「曲がりなりにも魔術師だろう。これだけ絶大な魔力に何故気付かない」

「でも、私まだ全然実践経験もないし……」

「言い訳するんじゃないよ」

「ごめんなさい……」

「ところでフェーレスさん。その方はあなたの祖母なのかしら?」


 重苦しい空気を嫌ったのかフェリシアは話を進めた。


「あ、はい。私のおばあちゃん、グラディスです。昔は魔術講師をやっていたんですけど、今は魔法の研究に没頭しています」

「なー、魔法と魔術と魔導の違いって何?」


 レンにしてはまともな質問をする。


「似ててよく分かんないんだけど、魔導>魔術>魔法って感じでいいの?」

「そんな感じで大丈夫じゃないでしょうか」

「違うよ」


 老婆は鋭い語気で放った。


「魔法は全ての根源だ。魔術や魔導はその派生に過ぎない。今の世の中この三つを混同して使っている輩がいるけど、そんな奴魔術師とも名乗る資格はないね。だいたい――」

「おばあちゃん、長くなるしその辺で……」

「お前もだよ、フェーレス。前言撤回する。魔術師失格だ。もう一度基礎からやり直しな」

「また!? こんなことじゃいつまでたっても……」

「こんなことも出来ないのはどこのどいつだい」

「……! おばあちゃんのバカ!」


 机を強く叩き、フェーレスは外へと駆けて行く。


「あ! おい!」

「待ちな」


 追いかけようとしたレンを制す。


「放って置いてやってくれ。いつもこうなんだ。それに異世界のことについて知りたいんだろ?」

「それは後からでも」

「命令だよ。話が聞きたいなら従いな」


 鋭い眼差しに圧倒されレンは身動きがとれなかった。


「それじゃあ、お前さん達は何から聞きたい」

「えっと……ちょっと待ってください」


 レンはイッキに助言を求める。


「どうしたらいい?」

「ちょっと待て。お前の通訳がなかったから何も分からん。何がどうなってる。説明してくれ」

「つまりだな……」


 レンは自分なりに一生懸命説明した。


「なるほど。聞くことなんて決まってるだろ。帰る方法だ」

「だよな」


 咳払いをして老婆の方に向き直る。すると、先に向こうから話しかけられた。


「今のが異世界の言語かい?」

「そういうことになるんですかね。おそらく、はい」

「そっちの異世界人はレストラト語使えないんだね。まあ、それが普通だから仕方ない。なんせ異世界から来たんだからね」


 少し浮ついた調子で言う。


「でも、それじゃあこの先不便だろう。ちょっと待ちな」


 老婆は机の引き出しをゴソゴソと漁って一つの腕輪を取り出した。


「そこのお前さん、これつけな」


 言葉は分からないが、動作でその意図を汲み取ったイッキはそれを受け取る。


「それつけろってさ」

「これを?」


 不思議に思いながらもその腕輪をはめた。


「何だ? 別に何も――いてええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 激痛に顔を歪ませながら、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。


「イッキ! おい、イッキ! どうした! 大丈夫か! おい、婆さん! 一体何て物を!」

「いいから少し黙ってな」

「そんなこと言ってもこいつこんなに苦しそうに!」

「いいから!」

「……っ」


 十数秒の間、イッキは叫び続けていた。

 フェリシアは言葉を失って、ただただそれを見守っている。クローディアはとても心配そうな顔をして怯えている。そして、レンの胸中には言いようのない憤懣と憎悪が渦巻く。

 例えようのない苦痛が続いた後、多少落ち着いたイッキは息を荒くして口を開く。


「し……死ぬかと思った……。クソババア、なんて物を俺に渡しやがるんだ……。もし、死んでたら一生呪ってたぜ。まぁ、もう寿命も短いだろうしあまり意味ないだろうがな」

「ふん、そんだけ生意気な口きけたら大丈夫だね」


 いつもなら即座に反応しただろうが、頭が少しクラクラしているためその言葉を聞いてから理解までに時間がかかった。


「……あれ……これってまさか……」


 イッキは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「それじゃあ、質問を聞こうか」


 老婆はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

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