通りすがりの剣士
突然少年の目の前に現れた少女、突然少女の目の前に現れた少年。少女は特にその事自体に驚きがない一方で、少年は困惑した様子であった。
「ここどこ?」
「見れば分かるでしょ。ヒューレコックの街よ」
「ヒュ……何だって?」
「だ・か・ら ヒューレコックよ、ヒューレコック! 知らないの? 無知にもほどがあるわ。あんたどこの田舎もんよ。まったく……」
事態を把握できない蓮はさらに問う。
「公園は!? 公園!」
蓮は即座に辺りを見回した。しかし、それらしきものはどこにも見当たらない。眼前に広がるのは、中世ヨーロッパ風の建物。落ち着いた雰囲気の街並みが実に素晴らしい。人通りも多く賑わっていて、街が活気づいているのがよく分かる。
「え? 公園?」
突拍子もない質問に少女は少し面食らったのか、戸惑いの表情。
「公園なんてここにはないわよ。御覧の通り店ばかり。もう少し行けば広場が見えてくると思うけど……果たしてそれが公園と呼べるかしら」
「そうかありがと!」
それを聞いた蓮は一目散に走り出した。
「ちょっと! ……そっち逆方向なんだけど」
「あれ……全然見つからねぇぞ……。おかしいなー……」
数十秒後、闇雲に走ったので薄暗い路地に迷い込む。
「……ちょっと待て、『おかしいなー』ってバカか、俺は!道も聞いてないし、行けるわけねぇじゃん!」
一人寂しく自身にツッコミを入れて立ち止まり、少し物事を冷静に考える蓮。
「いや、それ以前にホントここどこ? 着地したのは公園の砂場じゃなかったな。そうだよ! なんでそこで疑問に思わなかった、俺! んで? 目を開けると見たことない街……。こ……これって……まさか……」
最高のテンションで拳を高く空に突き出す。
「やったああああああ! 本当に異世界これたあああああ! って帰り方分かんなくね!?」
一瞬でテンションが最低まで落ちた。
「うわぁ……やっちまった……。どうしよ……」
軽く塞ぎ込む少年に近づく二つの影。
「おうおう、どうした兄ちゃん」
「こんなところで何してんのかな?」
見た目の悪いゴロツキが二人。少しばかり面倒なことになったと蓮の表情が曇る。
「え、いやぁ……ちょっと冒険を……」
「へぇ、あんさん旅人かい。この街に来たってことはそれなりに金持ってんだろ? それよこしな!」
「ちょいちょいちょいちょい!」
大男は同時に殴りかかる。するとそれを止めるようにどこからか声がした。
「待った!」
「あ?」
男二人は振り向く。その目線の先に立つのは赤い髪の女。長い髪は後頭部の高い位置で一つに結ばれており、凛々しく整った顔立ちがしっかりと見える。何やら防具のようなものを身に着けていて背中には剣を背負っていた。その姿は剣士そのもの。
「あ! さっきの!」
「なんか嫌な予感したからつけてきたのよ。そしたらこんな状況。私の勘やっぱり当たるわ」
「なんだてめぇは。邪魔すんなら一緒に消えてもらうぞ!」
男の一人が少女に向かって走っていく。
「あんたなら剣を抜く必要もないわ。素手で十分」
「んだとごらぁ!」
向かってくる拳を赤髪剣士はひらりと避け、返しに顎にアッパーをぶち込む。『蝶のように舞い、蜂のように刺す』という言葉を体現したかのような見事な攻撃。
「……!」
もろに入ったのか大男はその場に倒れこみ、それを見ていた一人は後ずさりする。
「お、おい! くっそ……今回は見逃してやる。今度会ったら覚えておけよ!」
気絶した相方を担いでゴロツキはどこかへ逃げて行った。
「覚えてるわけないでしょー」
呆れた顔でその逃げ姿を見つめる。
「助けてくれてありがとう」
「ホントよ。私が来なかったらどうなってたか」
「でもなんで追ってきたんだ?」
「さっきも言ったでしょ、嫌な予感がしたの。理由としてはそれだけで十分だと思うけど?」
真顔でそんなことを口にする少女に向かって蓮は言う。
「お前優しいな。それに可愛い」
「なによそれ。ナンパ? 今までの流れも全部ナンパするための計算だったわけ? あー……助けて損した」
「違う違う! ホントに思ったからそう言ったんだって! 素直に受け取れよ、捻くれてんなぁ」
「はぁ? 何よ、もう。うざいったらありゃしない。あとは自分でどうにかしなさいよ」
「待った、待った! 今、俺ガチで困ってる。へるぷみー」
そんな蓮に呆れたのか女性剣士は溜息ひとつ。少し考えたのち、致し方ないといったように頭を掻いて口を開いた。
「分かった。話くらい聞いてあげる。あんた名前は?」
「神成蓮」
「カンナリレン? おかしな名前ね」
「蓮でいいよ」
「分かったわ、レン。私はフェリシア。よろしく」
「こちらこそよろしく。フェリシア」
これが異世界で踏み出した第一歩である。