蜘蛛の巣
気持ちの良い草のカーペットで目を覚ましたレン。
「……なんかまだ頭がボーっとする」
半開きの瞼を幾度か上下させて、空を見上げた。
「ホント情けない。これから先が心配になってきたわ……」
「仕方ないですよ、フェリシアさん。まだこの世界に来て間もないんですから」
無様なルーキーを優しくフォローするクローディアにレンは感激する。
「なんてお優しい……! これだよ、これ! こういうのがお前には足りないんだよ」
呆れて馬鹿にしたような顔で首を横に振った。
「助けてもらったくせになんて物言いなの! あんたのそういうとこ嫌いだわ!」
「じゃあ好きなとこもあるんだな!」
「なっ……!」
不意の発言に耳を真っ赤にするフェリシアは、レンから目をそらして吐き捨てる。
「もう知らない!」
「……脈あり?」
当人には聞こえないよう、小声でそうつぶやいた。
レンは座ったまま大きく後ろに仰け反り、温かい日差しの下、寝転がってアホみたいに口を開ける。そして、ゆっくりと深く空気を吸い込み、また、ゆっくり吐き出した。
「なーんかのどかだなぁ……このまま寝ちゃいそう」
「一応敵に囲まれていて四面楚歌なんですけどね……。でも、確かに今日はとてもいい天気です。ぽかぽかしていて気持ちいい……」
クローディアもレンに倣い、草の上に寝転がる。
近くにいるモンスターは比較的温厚な種が多く、こちらが危害を加えなければ襲ってきたりはしない。
心地よい風が吹く中、二人は目を閉じた。
「ちょっとあんた達、休憩早過ぎ。レンも起きたんだから、さっさと行くわよ」
「は、はい! すみません!」
「へいへーい……」
レンは不満そうな表情を浮かべ起き上がり、調子を確かめるように体を色々と動かす。
「まだちょっと体痛いなー。こんな時にリュートさんがいれば……」
「そうね。でも、きっとリュートはあの場所を離れないわ」
「ふーん……」
生返事をして、顔を自分の手でパンパンと叩いた。
「……よし!」
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい!」
三人とも気合を入れなおして、再び目的地へと向かって歩き始める。
「道合ってんの?」
延々と続く草原。行けども行けども同じ景色。何時間も歩き続けて、レンは心身ともに参っていた。
「大丈夫。間違いないわ。ちゃんと確認しながら歩いてるし」
そう言うフェリシアは、片手に持っている水晶のようなものを凝視している。
「さっきから思ってたけど、それなんなん?」
「地図よ。見れば分かるじゃない」
「ちずぅ? それがぁ?」
レンはそれを嘲笑いコケにした。
「甘いわね……」
いつもなら怒るところで、フェリシアは不敵な笑みを浮かべる。
「ま……まさか……!」
「そのまさかよ! この地図は最新鋭! なんと、自分が今いる位置も分かってしまうという優れもの! どう? 驚いたでしょ!」
ドヤ顔のフェリシアは水晶をレンに勢いよく見せつけた。
冷ややかな表情をして、レンは勝ち誇っているフェリシアを憐憫の目で見つめる。
「……あれ?」
予想外の反応に顔を引きつらせるフェリシア。
「いや……最近の携帯の地図とか全部そういう機能付いてるぜ?」
「ケータイ……?」
「これだよ、これ」
久しぶりに、ポケットからその機械を取り出す。
「……あ……ああああああああああああああ!」
いきなりの大声にクローディアは体を硬直させた。
「な、何よ!」
「お……俺のスマホ……」
この世の終わりみたいな顔で、レンは手に持つそれをフェリシアに差し出す。
スマートフォンの画面は見事にひび割れして粉々になっていた。
「あぁ、ケータイってこの機械か。ってか面白いくらい粉砕してるわね、これ」
「全然面白くねぇよぉ!」
おそらく、前の戦闘の時に損壊したのだろう。
泣きべそ掻いているレンを無視して、フェリシアは遠くを見据えて目を赤く染める。極鍛術だ。
「ほら、合ってるじゃない。あそこにワワッグの巣があるもの」
「本当ですか!」
クローディアは食い気味で喜びの声を上げる。
「え……えぇ……。クローディア、ワワッグの素材欲しいの?」
「はい! とても! 巣に落ちている物でもいいので、是非手に入れたいです!」
「分かったわ。でも、今日はやめておきましょう。もう暗くなってきたし」
「はいです!」
ゴラモ峡谷に入る手前で、三人は休息を取ることに決め、夜の作戦会議を始めた。




