謎謎
十三時五十分。現在、リュート経営『癒しの場』にて休憩中。ここは常連客以外あまり客が入ってこない。一見したところ、どう考えても怪しい店にしか見えないからだ。ただ、リュートの魔法はたいしたもので、そこらの治療施設よりも治療時間が断然短く、適格だ。そして何より料金が安い。何度も店名を変えた方が良いとフェリシアは提案したのだが、リュートは頑なに名前の変更を拒む。彼なりに思うところがあるらしい。
そんな穴場治療スポットにレンとフェリシアは一泊し、フェリシアとリュートはレンの正体を暴くべく、レンとある人物を引き合わせようとしていた。
「もう少しで来るなー! どんな子なんだ?」
レンは可愛い子が待ちきれないようである。
「うーん、そうね、小心者でふわふわした感じの子かしら」
「へー、小心者なのに積極的に会いに来るんだなー」
変なところだけ勘の良いレンに、フェリシアはやってしまったという顔をした。
「……あ、ええ」
「ちょっとあんた、もっと気をつけなさいよ……」
「だって……」
こそこそ話をする二人をよそ目に、レンは浮かれた様子。
「そこまで俺は魅力的なのか。いやぁ参ったね!」
どこまでも真っ直ぐなバカで良かった良かった。
ふと、ドアをノックする音が聞こえる。どうやらその人物が到着したらしい。
「あのー……」
ゆっくりと開く扉とゆったりした声。
「あらぁ、待ってたわよ。クローディアちゃん。いらっしゃい」
「し、失礼しまーす……」
おどおどした態度の小柄な女の子。その小さな体を包むような長い黒髪が印象的だ。
「しょ、小学生!?」
予想外だったのか驚いて声を荒げる。
「ひっ……」
「ちょっと! いきなり大きな声出さないでよ! びびってるじゃない!」
「あんたもずいぶん大きい声よ。大丈夫? クローディアちゃん」
「は、はい。大丈夫です」
小動物のように愛くるしい姿で弱々しく返事をした。
「まさか、幼女だったとは」
「幼女? ま、確かに誤解しても仕方ないわね。でも、私と同い年よ、その子」
「合法!?」
「うっさい!」
二人の大声に怯えて小さくなるクローディア。
「あんたらちょっと落ち着きなさいよ。で、クローディアちゃん。そこの男の子がレンちゃんよ」
うるうるした瞳でレンの方を見つめる。
「レン……さん?」
「ぐぁっ!?」
「何!?」
あまりの可愛らしさにハートを打ち抜かれたようだ。
「上目遣いは反則だ……」
「はぁ……ホントバカ。クローディア、久しぶりね。どう? 最近、素材集めは捗ってる?」
「お久しぶりです。フェリシアさん。うーん、そうですね、あまり芳しくないです。やはり旅にでも出ないと、珍しい素材は集まりにくいですね」
「ふぅん……じゃあ旅に出ればいいじゃない」
「私だけじゃすぐに死んでしまいます。だ、誰か強い方が一緒にいてくれればいいのですが」
打ち合わせ通りの会話を広げる二人に割って入るレン。
「ほう! それで俺に会いに来たってわけか!」
簡単に釣れた。ちょろい。ちょろすぎる。
美少女二人は互いに目を合わせ、次の段階へと事を運ぶ。
「そ、そうなんです! 是非一緒に旅をしてもらえませんか?」
レンはちらっとフェリシアの方を見た。心につっかえるものがあるようだ。
「うーん、でもなぁ。フェリシア」
「行けば? そもそも、私はこの世界の案内役みたいなもんだったし、それがクローディアになっても大差ないでしょ?」
その言葉を受けて少し悲しい表情をする。
「そっか、俺は楽しかったんだけどな……。よし、分かった。お供するよ」
「ありがとうございます! それじゃあ、その代わりと言ってはなんですが、この世界の情報をレンさんに埋め込みます」
「埋め込む!?」
クローディアはたまに言葉のチョイスがよろしくない時がある。容姿も相まってか、言葉のえぐさが倍増してしまうのだ。
リュートがそれをフォローする。
「クローディアちゃんは能力者なの。他人の脳にデータを入れることができるのよ。埋め込むってのはそういうこと」
少し考えてみれば分かることだが、データを入力することができるなら、その抽出、消去、変更、コピーもできるということだ。
「へ、へぇ……」
「じゃあ、さっそく作業に移りましょう」
「さ、作業……ね」
ピシッとした姿勢で椅子に座るレンの後ろには、その座高にすら及ばない身長のクローディアが立っている。
「では、始めます」
「お、おう。なんか緊張するな……」
クローディアはレンの頭に手をかざして、目をつぶった。すると、手が青く光り出す。
数十秒経つと、彼女は少し顔をしかめた。やはり何かあったのかと、フェリシアとリュートは顔を見合わせる。さらに数秒経った後、諦めたようにして手をだらっと下ろし一つ息を吐いた。
「お、お疲れ様です」
「え、何かした? 何も変わってない気がするけど……」
「何もしてません。いえ、何もできませんでした」
「どういうこと!? まさか……」
先程まで冷静でいたリュートが慌てた様子で尋ねる。
「いえ、レンさんは間違いなくこの世界の人ではありません。異世界から来たという話は本当です」
「なんだ、びっくりしたわ」
安心して大きなため息をついた。
「ただ、安全を確認したのでこの世界の情報を埋め込もうとしたのですが、それができませんでした。というより、レンさんの脳内データは閲覧可能なだけで、外部からの編集は受け付けないみたいです」
「謎を解明したのに、さらに難度な謎が出てきたってわけね。ミステリアスな男の子だわ」
「なんなのよ、あんた」
三人の会話を聞いていたレンは混乱している。一人だけ仲間外れで真実を知らないので無理もない。
「え、え? 何? どういうこと? ん? 説明求む!」
本当に何も分かっていないバカは勢いよく挙手した。




