麗しき皇太子
勇者の一族の、生き残り。
俺の祖先が殺した勇者。
「っ…うそだ、」
「嘘じゃねえよ」
「だって、勇者は若者に殺されたんだろ!?」
「俺はその勇者の弟の子孫だ」
「は?おと、うと……」
弟がいたなんて、昔話にはなかった。そんなの知らされていない。
でも『アリスティアの業』を、かつての過ちを知っているということは、勇者の子孫であることの証拠だと言えなくもない。
そして、今こいつがアリスティアの一族である俺の前に現れたということは、
「俺はファーガシアの人間として、アリスティアに報復を果たすためにこの国に来た」
…やっぱりそうなのか。
アルメールは感情の読めない顔で、懐から取り出したナイフを俺に突きつけた。
___最初に裏切ったのはアリスティアの方だ。彼は、俺に敵討ちを果たす権利を持って……
るわけねえだろ!!
「ふざけんなよ!!」
「っ!?」
俺は向けられたナイフの刃を左手で握って押し退けた。突然の展開にアルメールは少したじろぐ。俺の手の傷口からはおびただしい量の鮮血が噴き出した。
「なんで俺がご先祖様なんぞの尻拭いをしなきゃならないんだよ、意味わかんねえよ!俺は自己愛者のアリスティア一族だ、いつだって自分のことが一番可愛い!てめえらの報復劇なんかに付き合ってる暇はないんだよ!」
言いたいことを全て並べて怒鳴り散らすと、胸の痞えがすっと取れた気がした。
しかし、相手はそれで納得する筈がない。アルメールはナイフを離すと、今度は俺の首に手を掛ける。俺の左手は力が入らず、ナイフは手から滑り落ちて絨毯の敷かれた床に落ちた。
ぎり、ぎり、と徐々に力を込め、俺から酸素を奪っていく。
「俺だって本当は付き合いたくもねえよ、こんなことは早く終わらせたい。だからお前は俺のために早く死んでくれ」
「かはッ、あゔッ___」
ダメだ、意識を手離すな。諦めたら殺される。
アルメールの手をつかみ抵抗するが、この状況を覆せるような打開策は今だ思いつかない。
何かないのか。何か、何か何か何か___
「しっつれいしまあ〜す、ご要望のホットミルクをご用意いたしましたあ〜」
酸欠の頭が、ノックもしないで部屋に入るなんて失礼な、と場違いなことを考える。
しかし、この無礼なメイドの乱入で、俺は窮地を脱したのであった。
「……って、こらあ!エル君ったら、アルメール様のお部屋のソファに寝転がるなんて、失礼ですよ!アルメール様、申し訳ございませえん!ほら、エル君はわたしと一緒に行きますよ!」
無礼なあんたに言われたくねえよ。
アルメールは部外者である彼女が乱入してきたことで危害を加える気が失せたらしい。煌びやかでいかにも人当たりの良さそうな笑みを俺に向けた。
「___いや、俺がぶつかったせいで倒れただけだ。悪かったね、エル。今日はもう下がって良いから」
ぶつかって倒れて、どうやってあの体勢になるんだと思ったが、アルメールの目は反論は許さないと言っているようだった。
これ以上こいつを刺激してはいけない気がする。取り敢えず、今はこのメイドに着いて出て行った方が___
「っ!?」
そこにいたのは、ホットミルクが用意されたワゴンを押すメイド(♂)。
ヒラッヒラのレースがあしらわれた、明らかに指定のものではない超ミニのメイド服に身を包んでいるのは、長くて艶やかな黒髪の美少女。つか、ヅラ被ったカノア。
…なぜゆえ、次期魔王有力候補が女装しているんだ?
そう言いたげな俺に気付いたのか、カノアが悪戯っぽく笑い、「しーっ」と囁いたので、俺は再び言葉を飲み込んだ。
カノアは手早くホットミルクをテーブルに並べると、俺の手を引いて部屋を飛び出した。
「それでは、失礼しましたあ〜」
間の抜けたカノアの裏声と共に、ばたん、と扉が閉じる。
…と、急に気が抜けてきて俺はその場に座り込んでしまった。
「…はあ〜……」
助かった。本当に殺されるかと思った。しかし、何故か俺を救ったのは目の前の女装男である。
「…というかあんた、そんなカッコで何してるんだよ」
「ふえ?なんのことですか?」
「とぼけんなよカノア」
「何言ってるんですかあ?わたしはクロディアス王国の誇る美少女メイド、カノンちゃんですよ?」
「…………」
ノリノリで女装する次期魔王。魔王様、親父、俺はこの国の行く末が心配だよ。
俺の冷たい視線に気が付いたのか、カノアは甘ったるい演技をやめ、いつもの仕草で肩をすくめた。
「冗談だ。でも、お陰で助かっただろう?」
「それは、」
カノアの言う通りだ。もし、あの時カノアが入ってきてくれなかったら…考えただけでも寒気がした。
「…そう、だよな。ありがとな、カノア」
「何を言っているんだエル」
「は?」
「お礼は僕ではなくカノンちゃんに言え」
「……はあ!?」
「ほら、早く。ちなみにカノンちゃんは頭を撫で撫でして頬に軽くキスしてやると喜ぶぞ」
「誰がするか!」