望まれぬ再会
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"愛を知らない哀れな子
己しか愛せない哀れな子
私の愛で包んであげたい
それでも想いは届かない
最期に貴方に伝えたい
私は貴方を信じていたと"
……酷く哀しい唄が聴こえる。歌っているのは誰だろう?
俺は小説や唄に感情移入しない方だ。ましてや愛だの恋だの語る唄は理解不能である。
…だというのに、今俺は、この歌声に心を痛めている。
全く以て、不思議なこともあるものだ。
「………ん、」
「目が覚めたか」
「…えっと、」
頭がまだ覚醒しない。数度瞬きをして、辺りを見回した。
俺はどうやら、部屋のセッティングを終えた後机に突っ伏して眠ってしまったようだ。そして目の前で俺を見つめているのは、翡翠色の双眸。
つまり、アルメールが目の前にいる。
「…………!?」
ちょっと待て。つまり俺は客人の部屋で呑気に寝ていたということか。一国の国王様の部屋で。
「〜〜〜っ!?失礼しましたっ!アルメール様のお部屋でこんなことを…申し訳ございません!」
俺は立ち上がると、思いっきり頭を下げて謝罪した。本当は、これくらいで腹立てるんならよっぽど心の狭いクズだくらい思っているけれど。
しかし、こんな大失態は久し振りだ。どうして気を緩めてしまったのだろう。
この男の前では、いつもは完璧に作れる外向きの顔も外れかけてしまうし、今日は本当に調子が悪い。
そうして俺が深々と頭を下げ続けること数秒。
「エル」
「……はい」
「お前さ、反省してねえだろ」
「…………は?」
思わず、間の抜けた声と共に顔を上げた。
そこには、先程のいかにも女性に好かれそうな王子スマイル(正確には王様だけれど)を浮かべたアルメールはなく、かったるそうな目をした男が眉を顰めていた。
きっとこいつも、自分を偽る仮面を深く被るタイプだ。人の良さそうな顔は偽物で、こっちが素なのだろう。
…じゃなくて!何なんだこいつ!?
確かに心の中では反省などしていなかった。それは認めよう。
だが、俺はそんな素振りを微塵も出さずに謝ったのだ。顔を真っ青にして、可哀想な使用人を装って謝ったのだ。それなのにこの反応とは、どんだけ器ちっさいんだよこいつ。
それとも何だ?俺が猫を被っていることを見破ったとでも言うのか?
などと逡巡していると、アルメールは部屋に設置されたソファに腰掛け、「だから」と続けた。
「お前、目が生意気だから分かるだよ。仮にも使用人だろ?そんな反抗的な目してるといつか干されるぞ」
余計なお世話だよ。
…とは言わず。
「そ、そんな、反抗的だなんて。アルメール様、どうすればお許しいただけますか?」
「なに、許して欲しいわけ?」
「はい」
アルメールは少し考えた後、ニヤ、と笑った。いかにも意地の悪そうな笑い方だ。
「それじゃあ、俺の靴を舐めろ」
「!?」
アルメールは足を組み、靴の裏を俺に向けて来た。
いやいやいやいや、ちょっと待てよ。靴を舐めろとかこいつはどこの女王様ですか。生憎そういうキャラはカノアで間に合ってますから。
しかしそいつは本気のようで、固まる俺に追い打ちを掛けてきた。
「へえ?できねえの?反省なんかしてねえじゃん。それでも王城勤めの使用人なんだ?」
こいつ、人のことを馬鹿にしやがって…!
「あ、そうか。やっぱりアリスティアの一族の忠誠心っていうのは偽物なわけか」
アルメールは更に笑みを深めてそう言い放った。
…アリスティアノ一族ノ忠誠心ハ、偽物。
アリスティアは、裏切りの罪深き一族。
「……なんで、それを知っている」
喉から絞り出した声はいつもの媚びた声ではなく、自分でも驚く程低く冷たい声だった。
昔話の『勇者と愚かな若者』に登場する若者が、アリスティア一族の祖先であるということは、アリスティアの中で密かに受け継がれてきた秘め事だ。
どうして、遠い北の国からの客人がそれを知っている…?
「おい、答えろよ」
俺は衝動的にそいつが王族だということも忘れて、アルメールに詰め寄っていた。
「お前はアリスティアの何を知ってるんだよ!?」
「全部知ってる」
「ふざけんなッ!お前は一体何なんだよッ!?さっきから分かったような口ばっかっ、うわっ!?」
アルメールの襟元を掴み怒鳴り散らすと、突然腕を引っ張られ、気づけば目の前には天井とアルメールの顔が広がっていた。
後ろにはソファがあり…つまり、押し倒されている。
「一体何なんだって訊いたよな。教えてやるよ」
「っ…!」
翡翠色の目に射抜かれ、身が竦む。
「俺はアルメール=ファーガシア。かつてとある若者に裏切られ、嵌められ、挙句殺された勇者の一族の生き残りだ」