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自己愛者と勇者の報復劇。  作者: 回めぐる
悠久の時を越えて
2/6

月夜の戯言


「おい、エル」


王城の煌びやかな装飾が施された廊下を歩いていると、バルコニーの方から俺を呼ぶ声が聞こえた。

そちらを見ると、バルコニーに設置されたテーブル席に頬杖をつきながら座っている青年が見える。


カノア=クロディアス、十八歳。

魔王が治めるこの国、クロディアス王国の次期魔王候補の皇太子様である。年が近いということもあり、最近の俺の仕事は専らこいつの護衛や話し相手だ。


…だがしかし、今はパーティの真っ最中である。本当ならこいつは今、貴族連中に擦り寄られている筈なのだが。


「…一応聞くけどあんた、何でここにいるんだよ?」


カノアに駆け寄りながら、声を潜めて尋ねる。こいつには俺の化けの皮が既に見透かされてしまっているため、猫を被ったりはしない。…が、誰かに聞かれたりすれば俺は不敬罪で処罰されるので注意は欠けない。


カノアは眠そうに欠伸をしながら、その艶やかな黒髪をくしゃり、と乱した。その動作さえ様になる程、次期魔王候補サマは美形である。


「ブタ共の相手をするのに疲れたんだ。僕はもう知らん。エル、話し相手になれ」

「相変わらずの横暴っぷりだな…。残念ながら俺はこれからワイン貯蔵庫に行って補充をしなきゃいけないんだよ」


そう言うとカノアは、俺を見てはっと鼻で笑った。


「何だ、使用人共にパシられてるのか。アリスティア一族のお前が?」

「アリスティアと言っても、魔王様の護衛は親父の仕事だからな。俺はただの使用人だよ」

「まあそれは良いから、取り敢えず座れ」


カノアは向かいの席に座るよう、俺に促した。


「いやダメだろ。カノアサマと使用人の俺が同じテーブルに着いてるって知られたら俺の首飛ぶから」

「ちっ、面倒だな…。ならせめて、ワインの補充はサボれ。僕が証言してやるから。『エルは僕の夜伽の相手をしていたからできなかった、許してやれ』と」

「はあっ!?っざけんな!余計イヤだわ!」


思わずカノアを怒鳴りつける。


冗談でもそんなことを言えば、明日には使用人達に「あ、あらエルヴィスさん……お、オハヨウ」みたいな微妙な態度を取られるに決まっている。


咎めるような目でカノアを睨みつけると、彼は楽しそうに目を細めた。性格の悪い奴である。


「冗談じゃない。エル、お前は有能で、それでいて目を離すとフラフラと城を出て行ってしまいそうな危うさがある」

「フラフラって…人を夢遊病みたいに言うなよ」

「僕としては、できることなら囲い込んで後宮に押し込んでやりたいところだな」

「…あんた、冗談キツイ」


マジな目で言わないで欲しい。ついでにその色気たっぷりの流し目もやめていただきたい。


直視すると目に毒なので、視線を逸らして外を眺めた。


今日は満月だ。闇の中に浮かぶ月は中々の見ものである。少なくとも、パーティ会場のジャラジャラキラキラした輝きもりも、静謐な夜の月光の方が好きだ。


「…月が、綺麗だな」

「それは、僕への愛の告白、ととって良いのか?」

「それは遠い東の国の作家がつくった例えだろうが。んな訳ないだろ」

「へえ?」

「っ!……」


今日のカノアはとことん扱いづらい。墓穴を掘らないうちに早めに退散した方が良さそうだ。


そう察知して月に背を向け歩き出すと、カノアが「そういえば、」と声を上げた。


「今、大切な客人が来てるんだ」

「客人?」


仕事の話しらしいので、振り返って訊き返すと、カノアは頷く。


「隣国ファーガシア。知っての通りまだ歴史の浅い新興国だ。そこの若き王が、今回のパーティに出席している」

「それで?」

「命令だ、エル。国王をもてなしてくれ」

「……はあ!?何で俺が!?」

「彼の要望なんだ」


意味が分からない。俺だったらこんな使用人ではなく、可愛い女の子を指名している。


というかそもそも、俺、エルヴィス=アリスティアという人間は、いずれ主君になるであろう魔王候補に向かってタメ口を利くような奴である。賓客をもてなすのに適切な人材とは思えないし、俺自身、堅苦しい場所なんてものは大嫌いだ。


断ろうと口を開きかけると、カノアは輝かんばかりの眩しい笑顔を浮かべた。


「もてなしてくれ、とは言ったがエル、これは命令だ。お前に拒否権はないからな」

「……マジかよ…」


最悪だ。厄日だ。国王サマは若いメイドとキャッキャうふふしてれば良いだろ…。


心中で悪態をつきながら頭を抱えると、カノアは立ち上がり、俺の隣に来て頭を撫でて来た。


「本当は僕も、エルを接待させるのは反対だ。でも、ファーガシア王国は新興国とはいえ侮れない。国王の指名を跳ね除けることはできないんだ。悪いな」


さっきとは態度が一転、労わるように俺の髪を弄るカノアに少し同様する。

距離が近いんだよこの魔性が!


ガバリとカノアを引き剥がし、数歩下がった所で俺は頷いた。


「おっ、俺だって分かってるっ。国王の面倒見てやれば良いんだろ!?」


こうなったらヤケクソである。


「悪いな、こんなことをやらせて。…でも、もしエルが僕の後宮に入っていれば、こんなことには…「しつけえな!入んないっての!」


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