御伽噺の結末
昔話をしてあげよう、『勇者と愚かな若者』という話。
むかしむかし、ある所にずる賢い若者がおりました。
ある日、若者の住む村に勇者がやってきました。
勇者は、真の愛を持つものにしか読めない、神々の知恵が記された『王の書物』があれば、人々を支配する魔王を倒せるというのです。
若者は勇者に言いました。
「ぜひ私を貴方の仲間に入れてください。どうか一緒に悪しき魔王を打ち倒しましょう」
若者は、勇者が『王の書物』を手に入れたところで裏切り、それを横取りしようと考えていたのです。
そして予定通り、若者は勇者を裏切って彼を殺し、『王の書物』を手に入れました。
しかしどうしたことでしょう。書物の字が全く読めません。
自己愛者の若者は真の愛を持っていなかったので、『王の書物』を読めなかったのです。
それに気がついた時には魔王を倒せる者は既にいなく、その国は魔王に支配されました。
若者は勇者を裏切ったことを後悔しながら、末代まで魔王にこき使われました。
***
今日はパーティの夜だ。
貴族の幼い娘息子は、最初こそ親にくっ付いて挨拶をして回っていたが、時間が経つにつれ飽きてきたらしい。城の掃除をしているお婆さんを捕まえて、みんなで昔話をせがんでいた。
「えー?それでそのわかものはどうなったのー?」
「今も魔王様の下で働いているんですよ。魔王様の臣下の中には、若者の末裔がいるのです」
「わかものってカッコわるいからやだなー」
「ねー、ゆうしゃころしたんだからばつをうけてあたりまえだよね!」
「…あ!ねえみて、エルさんよ!」
「ほんとだ、アリスティアのエルヴィスだー!」
子供達は俺を見つけると、キャッキャと喜びながらこちらに駆け寄ってきた。
正直言って、ガキは嫌いだ。
だが、ガキはガキでもこいつらは貴族の子だ。魔王様の覚えが良いアリスティア一族の息子である俺とはいえ、きちんとした態度で受け答えをしないと色々まずい。
俺は完璧な仮面の笑顔を作り上げて、子供達と視線を合わせるように膝を曲げた。
「こんばんは、小さな坊ちゃん、お嬢さん。今夜は楽しんでいらっしゃいますか?」
丁寧な物腰で挨拶すれば、小さな女の子達は顔を赤く染める。全く以てちょろい。
「え、エルさんはパーティにいなかったわよね。どうしてなの?」
「僕は一階の家来ですから、あなた方と共にパーティに出席する資格はないのです。しかし、父は魔王様の護身役を務めています。僕も将来は魔王様のために尽くせるのかと思うと、身に余る光栄です」
嘘八百。本心を言うと、将来のことを思うと頭が痛い。父にはあと十年程現役でいて頂きたい。そうすれば俺も、『アリスティアの業』とやらを受け継がずに気楽に生きていける。
しかしガキというのは単純で、その言葉だけで目を輝かせた。
「うわー!やっぱりアリスティア一族ってカッコイイー!」
「あのわかものとはおおちがいよね!」
「オレたちもりっぱなおとなになれるように、しゃこーかいってやつをまなんでこよーぜ!」
そう言うがいなや、彼等はパーティがまだ続いているホールの中へと戻って行った。
俺も仕事があるので、掃除のお婆さんに挨拶をして持ち場に戻る。
まだ十六歳の俺だが、仕事はある。魔王の懐刀のアリスティア一族に生まれるということは、幼いながらに厳しい修行をするということだ。
俺ことエルヴィス=アリスティアも、小さい頃から剣術やら何やらを叩き込まれてきたため、その辺の大人よりは仕事もできる。
「…アリスティア、魔王の懐刀、ね」
笑ってしまう。一体誰が呼び出したのやら。
その懐刀、アリスティア一族の先祖は__
『勇者と愚かな若者』の登場人物、勇者を殺し最後には魔王に服従した、ずる賢い若者なのだから。
そんな罪深い業を代々密かに受け継ぎながら、俺達アリスティア一族は、今までの五百年間、魔王に仕えてきたのだった。