私の話をしましょうか。
このお話は、作者が幼少時体験したことが含まれています。
私の話をしましょうか。
親の言葉は絶対です。
その言葉には従わなくてはいけません。
従おうとは思わずとも、心が勝手に従います。
私は末っ子で、とても愛されていたように思います。
当時は確かに、誰よりも兄よりも、愛されていたのでしょう。
祖父母や伯母が、可愛がってくれるのが、親類たちが可愛がってくれるのが、両親が可愛がってくれるのが、兄が可愛がってくれるのが、とても幸せでした。
長い間末っ子で、愛されることが当たり前であった私。
ある時、弟が生まれました。
当然ですが、母がこの世に産み落とした、新しい家族でした。
生まれたばかりの弟が、初めはとても愛おしく、可愛らしく。
何よりも大事に思えたものです。
ですが、いつしか、気付いたのです。
弟が生まれる以前まで私の立ち位置であった『末っ子』という立場が、弟に奪われていることに。
自然と、気付いたのです。
今最も愛されているのは、弟なのだと。
当時の私はまだ子供で、甘え盛りで。
それゆえに、無意識に弟に嫉妬したのです。
つい最近まで自分がいた場所を、いとも簡単に奪っていった弟に。
私は弟につらく当たるようになりました。
が、弟はまだ生まれたばかりの赤ん坊。
当然、誰もかしこも弟の味方をし、弟を大切にしました。
それがより一層、私の嫉妬を駆り立てたのは、いうまでもないでしょう。
どんどん弟が嫌いになっていくのが分かりました。
最近まで可愛がってくれていた両親が、自分のことを可愛がらなくなるのを感じました。(本人たちがどう思っていたのかは知りませんが。)
祖父母が、伯母が、親類たちが、弟にばかり構い、可愛がるのを感じました。
当然、兄も弟を可愛がります。
何より、兄は学校生活が忙しく、そのころあまり私のことを構ってはくれませんでした。
私はどんどん寂しさを募らせていきました。
私は自分が寂しいことを伝えられずにいました。
一度自分の中に思いを押し込んでしまうと、素直にそれを口に出せなかったからです。(口下手なせいもありますが。)
ある時、弟のことで、母と喧嘩になりました。
その際、私は嫉妬から、こう、口走りました。
「弟なんて、大嫌い」
と。
すると、母はこう返しました。
「そう、なら私もあなたが嫌い」
と。
私にとって、母はとても大好きな存在でした。
以前学校で些細ないじめを受けていた私を、助けてくれたのが母だったからです。
だからこそ、その言葉は鋭い刃となって、私の心を傷つけました。
おそらく、母に他意はないのです。
純粋に、私の言葉に対して、もっと弟と仲良くしてくれ、という思いを込めていったのだと思います。
母の言葉に傷つけられた私は、とにかく泣きました。
嫌われなくないのに、ただ、私を見てほしいだけなのに。
弟のことばかり感けてないで、時には私を見て、私に構って欲しいだけだったのに。
私は、とにかく悲しかったのです。
その悲しみから、ただただ泣いていました。
ひたすらに苦しくて、つらくて、とにかく涙が止まらなかったのです。
次第に私は、自分のことを家族に言わなくなっていきました。
それは、母の言葉が根付いているからのように思います。
母から言われた、「あなたが嫌い」という言葉。
当時の私は、間に受けていました。
そしておそらく、今も。
成長してもなお、自分は嫌われ続けているのだと、そう思っているのでしょう。
それゆえに、嫌われている自分のことを伝えても意味がない、と、皮肉めいた否定的な思考回路になっているのだと思います。
私は、以前から母の言葉によく傷つけられていたように思います。
それは、成長した今も同じ。
母の些細な言葉についつい反応して、そして、傷付いていました。
例えば、兄も私もお母さんの子、と母はよく言います。
ですが、私と兄は別人なのです。
まったく異なる、血の繋がった他人なのです。
「私と兄は違う。同じように扱わないで」
そう、兄と比較されるたびに私が言えば、母は、
「どこが違うの?二人ともお母さんのお腹から生まれた子供よ」
と答えます。
その言葉が、まるで私という個人を否定しているように聞こえて、とても辛かったのです。
学校で些細なトラブルを起こしてしまった時、迎えにきた母が、迷惑そうにしていたのを覚えています。
迷惑をかけている自分など消えてしまえばいい、と思いもしました。
「いい加減にして、何度学校から呼び出されれば気が済むの」
そう伝えられた際、私とて、好きで呼び出されているわけではない、と主張したい気分でした。
が、私はただ押し黙っていました。
母の言葉に、私への嫌悪を感じたような、そんな気がしたから。
それでも、私は親に嫌われて当然のようなことばかりしでかすようになっていきました。
どれだけ良いことを繰り返しても、あぁそうよかったね、程度の目しかむけられないような、そんな錯覚があったのです。
実際にはちゃんと、親は私と向き合ってくれていたのでしょう。
しかし、私は親に怒られるようなことばかりをするようになりました。(兄との些細な諍いが主でしたが。)
そして、怒られることで、自分の認識してもらうとしていました。
父に、お叱りの怒声を浴びせられながら、
「お前は怒られるのが好きなのか」
と言われたことがあります。
もちろん、怒られることが好きなわけではないのです。
ただ、怒られなければ、私は、両親の中から私が消えてしまうのではないか、という恐怖があったのです。
怒られるようなことをすれば、両親は嫌でも私のほうを見なければいけません。
そうすれば、嫌でも私を認識してくれると。
そう、本気で思っていたのです。
怒られてつらい思いをしても、それでも。
両親の中に、自分を残しておきたかったのです。
成長するにつれて、私はどんどん自分の殻にこもっていきました。
自分の部屋が、殻の象徴のように思えました。
どれだけ社会に出ても、仕事をしても、今だ、殻は消えません。
もともと苦手だった、人と対話するということがもっと苦手になりました。
どれだけ仲の良い友人でも、会話が続くことがめったになくなってしまいました。
どれも、おそらくは、すべてのきっかけは、大切な人に嫌われる、という恐怖からきているのだと思います。
殻にこもれば、人と接さずに済む。
人と接さなければ、嫌われることもありません。
口をきかなければ、嫌われることもありません。
そんな思いから、私は今の性格になったのでしょう。
今のような、捻くれ者で、否定的な性格に。
これで、私の話は終わりです。