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コメディ臭がまったくなしです。
…………き、きっとそのうち
その日は、リーシェの暮らす村にしては珍しく日が陰っていて涼しい一日だった。
「おいっ、リーシェ!!!!」
自宅の裏の庭で洗濯物を取り入れていたリーシェは自分を呼ぶ声に振り向いた。同時に頭に軽い衝撃が走る。振り向いた先では赤毛の少年がにっこりと笑っていた。そしてその右手は所謂デコピンの形をしている。
「…………カイン」
リーシェはあきれ顔で少年、カインの右手首を掴んだ。そのままドアノブと同じ要領で捻る。
「痛たたたた!?」
その反応をみてリーシェは満足気に鼻を鳴らす。穏やかな昼下がりのいつもの光景だった。
カインはリーシェの幼なじみで親のいない彼女の数少ない味方をしてくれる村人の一人だ。彼自身明るくざっくばらんな性格で村中が彼のことを知っていた。そして彼はハープシコードの名人としては国でも名が通っていた。
「神の御手になにすんだよっ!!」
「自分でいうんじゃねーよ」
リーシェはぱっと手を離した。もとからそれほど強くしていた訳ではないのだ。それからどちらともなくくすくすと笑いあう。心地の良い風が二人の髪を揺らした。
これからもずっと続いていく日々はきっと────…………。
──────────そう、思っていたのに。
「で?」
「え?」
「いや、今日は何の用だよ?」
そのあと立ち話もなんだからとリーシェはカインを家へと招き入れた。簡素な造りの木造の家は風が通り抜けるように設計されていて涼しい。
リーシェは気分よさげに軽い調子でそう返した。なぜかは分からないけど、今なら、なんでも出来るような気分だった。自分がまるで、無敵にでもなったような。
「ああ…………えっと、ナルタが、さ」
そんなリーシェとは裏腹に、カインは歯切れの悪い調子でいった。ナルタという言葉を聞いてリーシェの表情もぴくりと固くなる。
ナルタ、それはこの村の村長の息子の名前だ。リーシェにしてみれば宿敵というやつだろうか。我儘かつ暴力的かつ独善的。リーシェが彼の性格をいうとしたらこうだろう。昔……そう、まだリーシェが両親と暮らしていた頃からずっと二人の折り合いは悪かった。そして十年前のとある事件以来は圧倒的になった立場と家柄の差が…………それを利用したナルタの酷い嫌がらせ。
簡単に言ってしまえばリーシェはナルタという男が大嫌いだった。
「…………今日はなんだよ」
呆れ顔で呟く。きっとナルタも自分の事が気に入らないのだろう。それなら放っておいてくれればいいのに、とリーシェは思った。
いつか、見返してやりたい、とも。