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先生、お金返してください。


 10歳の夏、僕は家族と旅行で父方の田舎に来ていた。

 近くの川原で遊んだ帰りに、僕は空から隕石が降って来るのを見かける。

 赤く光る小さな隕石は家の裏の林へと落ちていった。

 そのことをハルカと共に両親に報告したが、まるで信じてもらえなかった。

 僕たち二人は腹を立て、「嘘じゃないことを証明してやる」と夜の林へと入った。

 懐中電灯の光を頼りに進んで行くと、木々がなぎ倒され視界の広がった場所があった。

 その空間の真ん中で赤く光る石のようなモノを僕たちは見つける。

 そして僕たちは、それに近づき手を伸ばした――



 ――それから数年後。

 僕たちは何事もなく、普通に生活している。

「ハルキ、死んでくれない?」

「……いやだよ、なんだよいきなり」

「だって、仕事休みたいんだもん」

「お前が死ね……」

「だってだって! 今日はなめくじ駆除なんだよ!? あんなの、無理だってー……」

「……マイモイの担当お前だったんだ」

 なんと運の悪いやつだろうか。確かにそれなら仕事に行きたくなくなる気持ちも分かる。

 マイモイとは、なめくじの少し巨大版と言えば分かりやすいだろうか。大きさは犬や猫くらいで、とても弱い新生物だ。しかし、集団で行動しゴキブリのように素早いために駆除が非常にやっかいなのだ。近づくとぬるぬるした触手で攻撃してくるのだが、これがまたひどく不快感を催すもので、そのためみんなこのマイモイ駆除を毛嫌いする。しかし、駆除をしないとあっという間に増殖するため放っておくわけにもいかず、こうして定期的に担当が選出されるのだが――。

「……今日は帰ってくるなよ。マイモイの体液なんか被ったやつ家に入れたくないからな」

「ひどいっ! いや、手伝ってよ! ハルキ今日非番でしょ!? 暇なんでしょ!?」

「その非番にマイモイ駆除をしたがるやつがいると思うか……?」

「いる! ここにいます! 妹のピンチを放っておけない頼りになるお兄ちゃんがここにいます!」

「昨日まで僕は弟だったはずだけど……?」

「いや、あれは勘違いだったの! こんな頼りになるハルキが私のお兄ちゃんでない訳がないよ!」

「なら今まで弟だってことで押し付けられてきた家事の分担を逆転しても良いんだな?」

「それは断じてNO!」

馬鹿な元姉は力いっぱい否定した。

「なんでだよ……?」

「私に家事なんか出来ると思うか!?」

「いや、出来るよ。僕より卒なくこなすだろうが……」

「違うの! メンタル的な問題なの! 面倒くさいの!」

「……んじゃ、僕、今日人と会う予定があるから行ってきます」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 可愛い妹を置いていくの!? 私より大事な人って誰!?」

 必死で食らいつく元姉。普段なら手伝うのも吝かではないのだがしかし、いくら頼まれてもこの約束を反故にする訳にはいかないのだ。だって相手は――

「―――先生だよ」

「…………ああ、頑張ってね」

 現妹のどこか哀れみの篭った言葉が、僕の気持ちをずしっと重くした。

「ああ、お前もな……」

 そう言って僕は重い足取りで家を出た。


「遅いぞクズ」

 着いてそうそう僕は罵倒された。

「……すみません。妹が朝から騒がしかったもんで」

「……頭でも打ったのか? おぬしにはバカな姉しかおらんじゃろうが」

「ええ、ですからバカな姉が今日からバカな妹になったそうで……」

「……バカな兄弟じゃのう」

 そう言いながらやれやれと首を振る先生。このチビ、朝から人のことをバカバカと……。

「(……チッ)」

「おぬし、今舌打ちしたじゃろ。……こりゃ減給かの?」

「い、いや、まさかっそんなことしていませんよ!」 

(くそっ……なんて地獄耳だっ! 誤魔化さねばっ)

「僕が先生様に向かってそんなことするはずありません! もしそんなことする奴がいたら、僕が率先してそいつをぶん殴ってやりますよ!」

「そうかそうか……。よし、やれ」

「へ……?」

「やれ」

(……墓穴を掘った)

「……いつかやります」

「やれ」

先生が拳をチラつかせる。

「……く、くっそおおおおぉぉぉ!」

 その恐怖に屈した僕は、ぐしゃっと自分を殴る羽目になった。痛い。痛いが先生に直接手を下されるよりは大分マシだった。

「くっくくく――」

 先生は楽しそうに笑いながら近づいてきた。

「ワシは、ワシに舌打ちをした者を殴れと言ったのじゃぞ? なのに自分を殴るとは、やはりおぬしはバカなのかのう?」

(くそっ! わかってるくせに……更に僕を貶めるつもりなのかこのサド野朗!)

「……はい、僕はバカでクズな生き物です」

 顔で傅き、心で吼える。これが賢い人間なんだ。

(断じて、先生が怖いわけじゃない。 断じてっ!)

「くっくく、良い良い。ワシは素直なバカには寛大じゃ」

上機嫌にそう言うと先生はズンズンと進んで建物の中に入っていく。僕も急いで追いかける。

「それにしても、なんでまたこんなとこに来たんですか?」

 僕たちの訪れた場所は、寂れた村の古い小学校。「昔はこの辺にも多くの子供がいたんだなあ」と思えるほど大きな学校だった。来るときにもう一つ、新しい学校があったがそちらは新しいわりにとても小さなもので子供の減少が目に見えるようだった。

(そうして若い労働力を失った村は、次第に衰弱し、死に至るのであった――)

 そんなどうでもいいことを考えてる僕を振り返ることなく先生は答える

「また新種の情報が入ったのじゃ」

 言いながら「くっくくく」と、嬉しそうに笑う先生。

「しかもなんと! 今回のモノは特A級じゃ! それを聞いてワシが来ない訳にはいかんじゃろう? 今度こそ当たりを引いてやるわい!」

 やる気に満ち溢れた先生を僕は呆れ顔で見つめる。

「……どうせまた金目当てに研究所に売り払うんでしょ……ひででっ!」

「なんじゃ、それのどこがいかんのじゃ?」

 いつの間にか先生が僕の肩に飛び乗り、頬を抓り上げていた。

「ひえ、はんへもはいへふっ! ひたひ!」

「ふんっ」

 先生は不機嫌そうに肩から飛び降り言った。

「向こうは研究材料が手に入り、ワシは金が手に入る。どちらも得しとるんじゃから問題ないじゃろう」

 そのまま、またずんずんと先に行ってしまう。

「いたた……はあ、まあそうですけど」

(研究材料にされる生物の事を考えると、そうでもない気がするんだよな)

 先生は突然立ち止まって僕を振り返った。

「……おぬし、また変なこと考えておるんじゃないじゃろうな?」

 僕の考えは容易く先生に見抜かれてしまった。

(……先生が鋭いのか、それとも僕がわかりやすいだけだろうか? 後者だとしたらへこむなあ)

「…………いえ、ただ」

 誤魔化そうかとも思ったが、すぐにばれそうな嘘しか浮かばなかった。

「僕も運が悪ければその研究材料になってたのかなって……」

 仕方なく、本当のことを言った。

 先生とこういう仕事に関わるたび、僕はそんな思いを抱かずには入られなかった。僕は、先生に捕まり研究材料にされるモノ達と、なにも変わらないんじゃないかって。

「……今からでもおぬしを研究材料にすることはできるぞ」

 先生は冷たい目をして言った。

「なっ、それは……」

 僕は情けない声で、縋る様に先生を見つめるしかできなかった。そんな僕を見て、先生は罰の悪そうな顔をして、そっぽを向いた。

「……それが嫌なら、くだらんことを言うんじゃない」

「は、はい。すみませんでした……」

 その会話を最後に僕たちはしばらく無言で歩いた。廊下から教室を覗き込むとボロボロの机やイスが転がっていたりする。中にはお菓子の空き袋やおもちゃ、マンガなどもあった。

 どうやら近所の子供たちが秘密基地として、この場所を使ってるようだった。

(………………)

 僕の中に嫌な予感が渦巻いた。先ほどから嗅覚を刺激する独特の臭い。

「ここじゃ」

 すこし先を行く先生が足を止めた。

「ここ……ですか」

 僕は顔を顰めながら先生の後ろに立つ。今すぐにでもここを立ち去りたい。酷い、臭いがする。濃い血の臭い。人が沢山死んだ、しんだシンダ――

「これ、落ち着け」

「あいたっ……すみません」

 血の臭いで混乱しかけたが、先生のおかげで僕は少し落ち着くことが出来た。

(やっぱり、何度嗅いでも慣れることがないな……慣れたくもないけど)

「ふむ……?」

「先生? どうかしたんですか」

中の気配を探っていた先生が首をかしげている。なにかあったのだろうか。そもそも気配を探るってマンガやアニメじゃあるまいし。

(なにをどう探ってるんだろう。 オーラ? それとも現実的に息づかいとかかな……)

「なにかイレギュラーがあったみたいじゃの。どれ、失礼」

「え、イレギュって、ちょっ、まっ――!?」

 止めるまもなく、先生は扉を開けた。


(これだから自称最強はいけない! あなたみたいなのと違って雑魚な僕は色々と準備が――)


 開いたドアの隙間から部屋の中の様子が目に入った。

 ――それを見た僕の心は一気に冷え込んだ。

 部屋の中には、子供たちの無残に潰れた死体と

 その死体の前に佇む一人の女。


「あ、これ――待て――」

 先生が止める間もなく僕は飛び出した。

(先生には悪いけど、こいつは殺す―――)

 瞬く間に女の懐に入り込み、腰に溜めた拳を叩きつけようとしたが――

 突如、横から巨大な何かが高速で飛んできた。

(―――っ!?)

 完全に女に気を取られていた。僕が気づいた時にはすでに飛来物は眼前で―

(駄目だ。避けられないっ――)

ゴシャアァァァアア

 床が爆ぜる。飛んできたのは巨大な鉄球だった。そいつは床を破壊しつくすと、パラパラと崩れ落ち消滅した。

「――えっ!?」

 気づくと僕は、直撃するはずだったそれを少し離れたところで見ていた。

「大丈夫?」

 後ろから声がして僕は呆然と振り返る。そこには女がいた。僕はその女に抱えられているようで、この女に助けられたようだった。

「なんで……いてっ」

「ばかもの」

「あ……先生」

 女の隣に先生が現われ、僕の頭を叩いた。

「いい加減、殺気の出所ぐらい分かるようにならんか」

「来ます」

 女が呟く。僕たちに向かって再び高速で鉄球が飛んできた。二人は危な気なくこれを回避する。

(……この人、速い――)

 僕は女の動きに驚嘆した。僕を抱えており動きづらいはずなのに、それを感じさせないくらい自然な動きで鉄球を回避している。

(――僕なんかより全然すごい人だ……だけど――)

「あの」

「ん?」

 僕の声に反応して女はこっちを向く。その間もいくつも飛んでくる鉄球を避け続けている。やはり凄い。凄い人なのだが――

「あの、手が……」

「……手がなに?」

 僕が指摘すると女は目を逸らした。そして、先ほどから行われていた痴漢行為も止んだ。

「…………」

 僕は無言で女を見つめる。

「…………」

 女は知らん振りをして、僕と目を合わせようとしない。

 どういうつもりかは知らないけど、止めてくれるのなら良いか。それより――

「あの、そろそろ下ろしてもらえませんか?」

 いつまでも女の人に抱えられてちゃ格好悪かった。

「ん、わかった」

 女は呟くと女は後方に大きく跳び、そのまま建物から飛び出した。グラウンドに降り立ち、そこで僕を下ろす。

「ありがとうございました」

「えっ……なにがですか?」

 本来なら僕が言うべき台詞を先に言われてしまい、僕は戸惑った。

「あ、いえ、なんでもないです」

 女は一瞬しまったという顔をしたがすぐに冷静な顔でそう言い直した。

「…………」

 僕はまた無言で女を見つめる。やはり目を合わせてくれない。この人、凄く強そうなんだけどやっぱどこか変だ。

(……先生もそうだけど、凄い人ってどこか性格歪んでるよな)

「おい、おぬし今、ワシを馬鹿にしなかったか?」

 噂をすればどこからか先生が僕の横に着地する。

「まさかっ! 僕は先生はやっぱり凄い人なんだってことを改めて認識してたところですよっ!」

「むう……怪しい。じゃが――」

 そう言葉を切って先生は飛来した鉄球を回し蹴りで粉砕する。

「すげー……」

(僕なんか目で追うのだけでも大変なのに、それをピンポイントで正確に蹴り飛ばすなんて……)

 改めて実力の差を思い知らされる。

「それどころでもないの。飛んでくる数が増えた。避け切れんわい」

 言いながらも、先生は飛来する無数の鉄球を拳で弾き飛ばしていく。丁寧に僕に向かってくる物まで処理してくれている。

(普段は嫌なやつだけど、こういう優しさがあるから――)

「ぐはっ!?」

 小さい鉄球が一つ僕の身体にめり込んだ。

「すまん、わざとじゃ」

「い、いや、わざとって……」

「――さて、そろそろ地道に相手にするのが面倒になってきたの」

 そう言って先生は僕を見る。


 ――僕はその視線の意味を正しく理解する。いつもの合図。それを受けて僕は――


「えー……またですか」

 いつものように悪態をついた。

「また、じゃ。なんのためにおぬしを連れてきたと思っておる」

「そうですけど……あんまりしたくないです。女性もいますし」

「減給かの……」

「あっ、いや、嘘です! だから、減給だけは勘弁を! ごはんが食べられなくなる!」

「なら、はやくするのじゃ。業を煮やした向こうさんは馬鹿でかいのを作り始めたぞ」

 言われて先生の視線の先を見てみると――

「な――っなんじゃありゃああ」

 細かい鉄球が飛んでくる向こうに、4階立ての学校ほどの大きさの鉄球があった。それはまだ大きくなっていく。

(あれが飛んでくるってか!? やばやばっ死ぬ!)

「あれはまずいですね」

 僕らの隣に女が近づいてきた。

「あなた、あれどうにかできないんですか!?」

 もしかして働かなくても良いんじゃないか、と期待を込めて女に尋ねる。

「ちょっと難しいです」

「そんなぁ……って痛あっ」

 ガスっと殴られた。

「良いからはやくせんかっ! 減給どころか無給にして欲しいかっ!?」

 先生は少し焦ったように僕を怒鳴る。

 見れば先ほどまで牽制のように飛んで来ていた小さな鉄球さえ飛んで来なくなっていた。どうやら向こうはあの巨大鉄球の一撃に全てを込めているようだった。

 もう駄々を捏ねてる暇はなさそうだった。

「――くそっ、わかりました! わかりましたよっ、やれば良いんでしょ!」

 やけくそ気味な声を出し、僕は覚悟を決めた。

「あと、あなたはあっち向いててくださいっ!」

 最後に女にそう言って――


 僕は――服を脱ぎ始める。


「おぅ……」

「こっち見んなっていったでしょ!?」

「……失礼」

そうは言って女は後ろを向くと、ポケットから手鏡を取り出した。

「何に、使う気だっ!!」

「いえ、ちょっと身だしなみのチェックを……」

「今やることじゃねえ! ってかお前――」

「はやくせい!」

 先生に怒鳴られる。

(僕は悪くないのにっ!)

 だが、確かに急がなければいけない。

「ああああああああ、もう!」

 ついに僕は女が鏡越しに観察する前でパンツすら脱ぎ捨て、そして――



 ――想像する。

 今の自分。                           ひとつ

 人だった頃の自分。                      ふたつ

 その先、さらに奥。                      みっつ

 自分が自分じゃなかった頃の自分。――――視えた。      よっつ

 僕はそこに―――触れる                  いつつ


 その瞬間、僕の身体は作り変えられた。


 身体を火で焼かれ何度も、打たれ、打たれ、打たれ―

 そうして、僕は出来上がった。


  

 僕は―――一振りの刀だった。               むっつ


 ――刀へと戻った。                      ななつ



 僕を手に取る者があった。先生だ。

「ぐうぅううぅぅ」

『大丈夫ですかー』

 僕はしゃべるように先生に思いを伝える。人ではないが、何故か僕は意識があり、こうして会話をすることも出来る。

「大丈夫じゃないわい……相変わらず重いのう」

『あ、軽くしましょうか?』

「できるのかっ!?」

『はい、これはただの嫌がら――っ嘘。嘘ですから、そんな雑に扱わないで! 刃こぼれする!」

「次くだらんこと抜かしたら真っ二つじゃ」

『うう……わかりましたよ……』

(真っ二つって、本当なら僕の台詞だよ……)

「あ……ああ、」

 女は僕の変化を目の当たりにして、酷く驚いていた。わかりやすく驚愕って顔をしている。

「嬢ちゃん下がっておれ。こやつはアホじゃから力の加減を知らんのじゃ」

『アホってなんじゃぼけー!』

「来たぞ――」

「あ、あの――」

 女がなにか言ったが、僕らは既に動いた後だった。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ

 

 動く鉄球。それは今や学校の三倍の大きさはあった。それが徐々に僕らの上に昇っていく。

「ふむ、圧巻じゃのう」

『そんなこと言ってる場合ですか。いったいどうするんです?』

「なに、することはいつもどおりシンプルじゃ」

 くっくくくと先生は楽しそうに言った。逆に僕はそのいつもどおりを思い返して青くなった。

『え、まさか……嘘ですよね。あれを斬ろうとか言い出しませんよね?』

「ほう、馬鹿のくせに頭が働くじゃないか」

『馬鹿はお前だっ! あんなもん切れるかっ!』

「くっくくく、馬鹿はいいことじゃ! それだけで人生が楽しくなるからのう!」


ドォン


 先生が鉄球に向かって飛び上がった。みるみる鉄球に近づく僕たち。

『やだっ折れる! 折れるってええええええええぇぇぇぇええぇぇ』

「さあ、見せ場じゃ。 気張れよハルキっ!」

『いいいいいいいいいいいいやあああああぁぁぁぁぁぁああぁぁあっ!!!』

 僕の叫びも空しく

 先生は鉄球に向かって一気に僕を振りぬいた。


 シイン


 静かな音がして、一時の間を置いて――

 

 巨大な鉄の玉が真っ二つになった。


『う、嘘……?』

「……斬れたのう」

 ゴゴゴゴゴと音を立て端から形を失っていく鉄球。その光景に僕は――

『う……うおおおおおおおぉぉぉおおおおおおお斬ったあああああああ』

 歓喜に満ちた雄たけびを上げた。

「かーっかっかっか! 気持ち良いのう! 最高じゃのう!」

『ドおおおおおんなもんじゃあああああああああぃっ!』

 興奮した僕は少し、我を忘れて騒いでしまう。

「くっくく、さてさて、では本体を始末しに行くかの」

『わはははは、行け! 我が下僕!』

「折るぞ」

 ミシッ!

『ぎゃああ、嘘です。調子に乗ってのしたごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいぃい!!』

「まったく、……む、あそこか――」

 先生の視線を追って僕もそちらを見る。そこには人だったものが立っていた。

『うひゃあ……完全に変形しちゃってますね』

「……」

『ここ突っ込むところですよ?』

「さて、行くぞ」

 先生は空中で、鉄球が消滅する前にそれを足場に飛んだ。まっすぐに敵本体に向かっていく。

 向かってくる僕らに脅威を感じたのか、そいつは小さな鉄球を無数に生産して僕らに放ってくる。

『うわぁ……どういう構造なんだろうあれ……?』

 そいつはシャボン玉のように鉄球を膨らませて生産していた。

「知らん。じゃが、だからこそ研究者が欲しがるんじゃろうて」

 もうあれを鉄球と呼ぶのはやめたほうが良いかも知れない。まったく別の物だろうから。

「ちっ、うっとうしいのう」

キン、キンキン、キンッ

『いた、いたいた、いたいっ、いたいですよっ!?』

「我慢せい」

『我慢って……いたっいたい』

 刀で謎の球体(鉄球)を弾くたびにピリッとした刺激が走る。

(なんで刀に痛覚があるんだろう……不便だなあ)

ガァン

『痛い!』 

 一際大きな鉄球を弾いて、遂に敵の懐に飛び込んだ。

 敵は即座に全ての噴出口を先生に向けた。しかし――

「ふん、遅いわい」

 先生は見向きもせずに振り返り、離れていく。

『先生!? 後ろ! 危ないですよ――って……え?』

 焦る僕の後ろで敵生物が細かく切断されていた。

 先生はあの一瞬で、既に斬り終わっていたのだ。僕は使われたことにすら気づけなかった。

『マジデスカ……?』

「くっくく……なにを呆けておるのじゃ」

 先生が嫌な笑みを向けてきた。自分の実力を自慢したくて堪らないって顔だ。

(そして僕をコケにしたくてたまらないって顔でもあるっ! この性悪チビめ……って待て――)

『先生! 研究材料持って帰るんじゃなかったんですか!? 殺しちゃったら価値が減るんじゃ―』

「ん? 何を言っておるんじゃ……? さっきのは前座じゃろ。本番はこれからじゃ」

『え……? 前座? 本番ってなに?』

「…………まさか、おぬし今のが特A級とか思っておらんじゃろうの?」

『え……は、ははっ、まさかそんなことっ!』

(え、どういうこと……あれ、超強かったじゃん! 特A級じゃないの!?)

「……あれは精々C+ってとこじゃのう。Bにすら届いておらんわい」

『マジでっ!?』

(僕が見てきた中で一番やっかいな敵だったのに!?)

 思わず誤魔化すことも忘れて驚いてしまった。先生は僕の様子に心底呆れたため息をついた。

「はああぁあああぁぁ…………、どうしておぬしと言い、おぬしの馬鹿な妹と言いワシの周りには頭の悪い者しかいないんじゃろうな……」

 相当馬鹿にされてるが、僕の頭は今それ所じゃない。

『あれでC+……じゃあ、特A級ってどんだけ強いの!?』

「そうじゃのう……ワシと同じ位か、それ以上ということじゃな」

『え? 先生そんな強かったんですがががあああ折れるっ! すぃませんでしたぁぁぁ!!』

「まったく……おぬしには見る目が全くないんじゃのう。本来ならワシのことは恐れ戦き崇め奉るもんなんじゃぞ」

『ぷぷっ、その冗談は何がなんでも言いすぎですよ』

 僕は真っ二つ覚悟で先生のギャグに突っ込んだ。が、先生の反応は僕が想像したものとは違った。

「はあ……まあ、そんなやつじゃからこそかの……」

『え……せん、せい?』

 僕は戸惑ってしまった。先生が少し寂しそうに見えた気がした。が、次の瞬間には――

「さて、おぬし。熱で溶かされるのと、真っ二つになるのどちらが良いかの。好きなものを二つ選ばせてやるぞ」

『え……? あの、それ、選択肢の意味……って、なんにしても、大変申し訳ありませんでしたああぁぁ!!』

「ったく、おぬしの謝罪はヘリウムガスより軽いのう……」

 先生はいつもの調子に戻っていた。

(さっきのはいったい……)


ざっ


 そんな僕らの前に、立ち塞がる人物がいた。

『あ、さっきの女の――っ!』

僕は言葉を途中で止めざるを得なかった。それは――

「くっくくく、さすがにここまで強いものなら感じ取れるか……ま、赤点はギリギリ回避じゃの」

 先生はそんな気楽に言うが、僕にそれに返事を返す余裕はなかった。

「あなたは……その刀をどこで」

「さあ……、どこじゃったかのう。もうずいぶんと前のことじゃから忘れてしまったわい」

「…………」


ゾワッ


『……っ!?』

 殺気が更に密度を増した。

『息が……苦しい』

 僕はプレッシャーに押しつぶされそうで、呼吸をするのさえ苦しかった。

「……おぬし、呼吸しておったのか?」

 そこに先生の的確な突込みが入った。

『……そういえばそうだった』

 そういえば僕は刀だった。そう思うとなんか、楽になった。息苦しさは気のせいだった。

(ん……気のせい?)

『――そうかっ! この殺意みたいなオーラも実は気のせいだったというオチかっ!』

「どういう思考回路じゃ」

『言ってみただけですよ――どわぁっ』


シュン――ドォンッ!


「ぬう……っ!」

『先生!』

 気づけば、僕らは先ほどいた場所からはるか遠くに吹き飛ばされていた。

「ぐう……やられた」

 先生が苦痛に顔を歪めたところを僕は初めてみた。

 そして、先生が攻撃を受けるところもまた初めてだ。一瞬で、懐に飛び込んできた女。それに反応した先生は刀を振るった――と、思う。その一連の動きは僕の反応速度を軽く凌駕するものだった。それだけ速い斬撃だったのだ。にも関わらず、今こうして先生がダメージを受けているということは……

(先生の攻撃をかわした……のか)

 僕はずいぶん遠くにいる女を、信じられない思いで見つめる。僕の中で無敵だったはずの先生を、あの女はいとも簡単に崩した。

 

ブルッ


 僕は刀にも関わらず、身体を震わせてしまった。

 ――女から感じる、途方もないプレッシャー

 ――先生が言っていた本番という意味がやっとわかった。

(―――こいつが、特A級――)

 それを自覚すると、僕の体は更に震えが強くなった。

(くそっ……震えるなっ! 止まれよ! 情けない!)

「くっくくく……」

ぐったりとしていた先生が力なく笑い出した。

『先生、大丈夫ですか!?』

「大丈夫じゃ。――大丈夫じゃから、そんな小鹿みたく震えるでない」

『なっ――違います! これは震えることによって更なる切れ味を生み出そうという僕の作戦であって、断じて小鹿違う!』

(くそっ、けが人に心配されるなんて、本当に情けない……)

くっくくと、力なく笑う先生。

「それにしても、あの小娘……強い。強すぎる。――ワシじゃ勝てんわい」

『――っ!?』

 僕は声も出ないくらい驚いた。

(先生が……負ける?)

 それは僕には思いもしないことだった。たとえ今苦戦してるとしても、実は今は手を抜いてるだけで、本気を出せばあの女すら軽く捻ってしまえる。そんな風に考えていた。


だが、それは僕の勝手な妄想でしかなかった――先生は無敵じゃなかった


「その刀は、危険なものです」

 いつの間にか、女は僕たちのそばに立っていた。

「それを私に渡してください」

 そういうと女は手を差し出した。先生はそれを一瞥するだけで動こうとしない。

「渡してください」

 女はもう一度言う。

 パンッ

 先生は女の手を払った。

「――嫌じゃ、と言ったら?」

「残念ですが――」

 女は先生の腕を掴んだ。そして――

「――死んでもらいます」

 ブンッ

「―――おぉぅ」

『なあぁっ!?』

 僕たちは空高く放り投げられた。身動きがとれず、完全に無防備な状態にされた。

『てか、この高さから落ちただけでも死ねるってか折れる――!?』

「くっくくく……、向こうさんはそれすら待ってはくれないみたいじゃぞ」

 ドドドドドド

 地上では女を中心に物凄い殺意が渦巻いていた。落ちてきたところを襲う気満々だった。

『うわっ! ジョ○ョみたいな効果音だしてる! まさかあの女、スタ○ド使いだったのか!?』

「余裕じゃのう、おぬし……やつはワシらを殺そうとしておるのじゃぞ?」

『だからテンパッてんでしょ!? どうしましょせんせー!』

「くっくく、やっぱおぬしは馬鹿じゃのう」

『こんな時になんだこのやろう!』

 テンパッて敬意すら忘れて叫ぶ。

「馬鹿すぎて、色々笑わせてもらったわい」

『だから、なんだって――』


「ありがとう」


『え……?』

 僕は自分の耳を疑った。なにか、唐突に凄いこと言われたような―

「なんじゃ、聞き逃したのか? それは残念じゃったな」

『え……あの、急にどうしたんです―?』

「ワシの感謝の言葉は100年に一度しか聞けないことで有名なのじゃぞ」

『それは……もっと人に感謝しても良いでしょうが』

 それだともう、ありがとうと言えない「呪い」だろう。

「くっくくく、感謝なんぞしても相手を喜ばすだけじゃろうが」

『いや、それのなにが悪い……』

(とことん性根の捻じ曲がった野朗だ……)


「……さて、それじゃあ、お別れじゃ」

『え……』


 ――お別れ? 唐突すぎて何を言われたか理解できなかった。


「楽しかったぞ」

 そういって先生は僕を振りかぶった。

 ――まるで僕をどこかに投げ飛ばそうとするかのように

(まさか……)

 先生の先ほどからの変な言動は――

(ドsで人格破綻者な先生なりの精一杯の別れの言葉だったのか?)

 女に勝てないと言った先生。それは負けを覚悟したとも考えられる。

 その負けを覚悟した上で、先生は僕を逃がそうとしてくれている?

(――やめろよ!)

 そこまで考えて、僕のなかで怒りが膨れ上がった。

(そんなこと望んでない! ……僕は、僕は一緒に――)


「だからの――」


『そんな、先生! 駄目だ!――』

(僕も戦いたいんだ! ……先生と一緒に!――)

僕は力の限り先生の名前を呼ぶ。だが、先生は止まらなかった――


「だから――」

『先生っ!』


「安心して―――」


ビウゥウウウウュン!


『――――え?』

「――死んで来い」

その時の先生の顔を、僕は一生忘れないだろう。僕を見下し、蔑み、せせら笑うその顔を――

『……だ、騙したなあああああああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!?!?』

僕は風を切り一直線に飛んでいく。


――女目掛けて


 女の目が驚愕に開かれたのが見えた。その次の瞬間には――


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン


 僕は女の胸を串刺しにして、地面に突き刺さり、大爆発を起こした。


『ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああ』


 爆発の衝撃で、僕は無茶苦茶なダメージを負った。


『……ぐはっ、……がはっ、ごはっ……死ぬ……』

 気づけば僕は人の姿に戻っていた。ダメージを受けすぎて刀の状態を保てなくなったのだ。僕は隕石が落ちたみたいなクレーターの真ん中に倒れていた。まっ裸で。

「はっはっはー、ざまーみろじゃ。跡形もなく消し飛んだぞ!」

 クソ野朗の笑い声が聞こえた。殺したい。でも、体が動かない。

「死ねっ! お前は死ね! シネシネシネー!」

 仕方なく口で、言葉での攻撃を試みる。しかし――

「お、ゴミがしゃべったかと思ったらクズか。言い直してみたが、対して変わらんかったわい」

「このおおおおおっ! 殺す殺すころすーころす!!」

 あまりの怒りに頭が働かず単調な罵倒しか出てこなかった。

「くっくくく、やはり生きておったか」

 バッサバッサと、羽を羽ばたかせながら降りてくる先生。

 ガキン!

「おっと、あぶない。狂犬じゃのう」

「がうっガウッ」

「どうどう、落ち着け落ち着け」

「ぐるるるる」

「仕方ないのう……特別ボーナスをやる」

「ぐ……ぐる?」

「倍じゃ。今回の報酬はおぬしの月の給料の倍を出すぞ」

「はっ……まじか」

「お、やっと人の言葉を話せるまで落ち着いたか」

「2倍……なら許そう」

「……ワシが言うのもなんじゃが、おぬしは本当に安いのう」

「金のありがたみを分かってると言って欲しい」

「ま、扱いやすくてワシとしては助かるがの――」

 そう言うと先生は辺りを見渡す。それにつられて僕も改めて首を回して辺りを見回す。

「……大惨事じゃないですかこれ」

 僕を中心に直径200Mはありそうなクレーターが出来ていた。学校なんか吹き飛んで、跡形もなかった。

「いや、のう……」

 先生はポリポリと頬をかき、歯切れ悪く言う。

「まさか、ワシも……こんなことになるとは思わんかったのじゃ……」

「思わんかったのじゃって……そんな言い訳が通じるレベルとお思いですか?」

「……てへぺろ」

 ガブッ

「にゅゎっ! いたいぞっ!?」

 足に噛み付いた僕をブンブンと振り払う先生。

「いててて……肉がいくらか削げたぞ」

「むぐ……ごちそうさまです」

「……まあ、今のはワシが悪かったから怒るに怒れんのう」

「まずっ、ぺっ」

「それは怒るぞ!」

 ガンッ

 とゲンコツをくらい、地面に少しめり込んだ。痛い。

「……もしかしたら村の方にも被害が出ているかもしれないですよ。……だとしたら、その損害の賠償は先生持ちですね」

「む……うぅ……、仕方ない。今回は命があっただけでも儲けたと思うことにするかのう」

「あ、そういえば……あの女は……」

「消し飛んだかのう、跡形もないわい」

 確かに、どこにもいない。僕が最後にあの女を見たのは、僕が胸に突き刺さったところまで。その後の爆発で、消し飛んでしまったのだろうか。

「……そういえばなんで爆発したんですか?」

 ずっと疑問だったことを聞いてみた。先生がなにかしたってのが僕の予想なんだけど――

「ん? さあ?」

「先生の仕業じゃなかったんですか」

 何事にも動じない心の強さは尊敬に値するけど。その返事はあまりに軽すぎる気がする。

(もっと気にしろよ……。それとも知ってて何か隠してるのか?)

 だとすれば、聞き出すことはできないか。結局、理由はわからないままだが……

「……まあ、いいか。それよりも――」

 僕は改めて自分の状況を確認する。絶賛、猥褻物陳列中だ。

「僕の……服、どうなったか知りません?」

「この状況で無事ならそれはもはや勇者の服じゃ。どちらにしてもクズなおぬしには着せられん服じゃな――」

 先生はそう言うとわざわざその辺の木まで葉っぱを取りに行き、僕に投げた。

「おぬしにはこの原住民の服がお似合いじゃろうて」

「……殺したい」

 だから先生と一緒は嫌なんだ。会話するたびに心が磨り減ってしまう。

(ストレスで禿げたら絶対先生のせいだ絶対!)

 ゴソゴソッ

「――ん? なんだ?」

うつぶせになっていた僕のお腹の下で何かが動いた。ずりずりと僕は横にずれてみると、そこから

「きゅう……」

「……なんだこいつ?」

 小さい熊のような生き物がでてきた。すこし可愛い。

「なにやっとるんじゃ、帰るぞ――む、なにかあったのか?」

 帰ろうと歩を進めていた先生が振り返った。僕はとっさにそいつを埋めなおす。先生に見つかってしまうと色々まずいのだ。

「いえ、なにもありません」

 言って僕は、ふと思った。なにもないことに。

「……そうだ、なにも無い。……なにも無いんです! これでどうやって帰れと!?」

「……はっ」

 先生は鼻で笑った。僕のある一点を見つめながら――

「おぬしには隠すほど立派な――」

「――や、やめろっ、言うな、やめてくれぇ!」

 僕は全力で耳を塞いだ。その姿は全裸なことも合間って、ずいぶんと惨めに見えたことだろう。

(だが、それがなんだ! 呪いの言葉を食らうのに比べればなんでもない!)

 先生はそんな僕を見て、大きなため息を付いた。

「……はああ……。わかった。……調達してきてやるわい」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

(先生がこんな優しさを見せるなんて……なにか裏があるんじゃないか……?)

 と、疑って――すぐに思い直した。

(人の善意を疑うなんて恥ずかしいことだ。きっと先生にだって人並みの優しさが――)

「――ワシのこの働きに対する報酬はおぬし給料の2倍分じゃ」

「…………え、あの、ちょっ」

「では行ってくる――」

「だめえええええぇっ! 待って、自分で行く、自分で行くからああああぁぁぁぁぁぁぁああっ!」

 先生は無慈悲にも飛び去ってしまった。僕のボーナスを連れて――

  

 少しして、先生が戻ってきた。僕は結局ダメージでその場をしばらく動けなかった(体より心のダメージが大きかった)。その間にどこからか服を調達してきた先生。僕のへこみようを嬉々として写メで取りまくったのち、服を渡してくれた。ドぎついピンクのスウェットの上下。それだけだった。下着も、靴も、靴下も無い。足りないものだらけだった。

「―くっくく、舎弟のわがままを聞いてやるなんて、ワシも丸くなったのう」

「…………」

 だが先生は何も疑問に思ってないようで、これで十分すぎるほどだと思ってるようだった。

「……はあ」

僕は色々と諦めるために大きく溜息をつき、幾分か動くようになった体でいそいそと服を着始めた。先生は既に帰路に就いており、遠く先を進んでいる。

 だから僕は急いで追いかける。途中で忘れ物に気づき取りに戻ったりもしたがすぐに追いついた。


「――さて、次こそ当たりを引くぞ。大物を釣り上げて大儲けじゃ」

「……まだやるんですか?」

「当たり前じゃ。今回の失敗も取り返さなくちゃならんからの」

「駄目なギャンブラーみたいな台詞……」

「くっくく、人生はギャンブルじゃ。勝負せんでどうして勝てる」

「危険を犯して大物じゃなくても、先生なら楽に小物で稼げるじゃないですか」

「たわけ、人生はギャンブルと言ったじゃろう」

「はあ……その心は?」

「楽しめなけりゃ勝ちは無しじゃ」

「オヤジギャグかよ……」

 あんまりうまくもない。

「くっくくく、おぬしにもしっかり働いてもらうからの。忘れず遺書は書いて置けよ」

「……どこで人生選択を間違えたかな……」


 ――僕の人生、もっと普通ではなかったか。面倒と問題を嫌う生き方をしてきたはずじゃないか。


「なんじゃ? 今の人生に不満があるのか?」


 ――生憎、僕の先生はスリルとリスクが大好きだ。


「……いえ」


 ――そんな人と一緒にいて、問題に巻き込まれない訳が無い。面倒ごとが起きない訳が無い。


「もちろん不満もありますけど……」


 ――もちろん、最初は嫌だった。嫌で嫌で仕方なかった。夜、枕を濡らしたのも一度ではない。


 だが――


「――とても楽しい人生ですよ」


 ――人間は慣れる生き物である。

 どこで聞いた言葉か忘れたけど、それはまさに的を射ていると実感できた。

 人間が世界の大規模な変化にも適応できたように、僕も先生に適応した。

 実際、僕は食わず嫌いだったのではないかと思うくらい、――今はトラブルが楽しい。


 だが、それは僕が先生のようにスリルやリスクが好きになった訳では断じてない。

 今でも、面倒や問題は大嫌いだ。

 できれば一生、なにも起きずに、平坦な人生であれ――と、思っている。

 そんな僕がどうして楽しめているかと言うと、それはもう先生のおかげと言う他ない。

 

 強くて、カッコよくて、自由で、楽しそうで――ヒーローみたい。

 それが、僕の先生に対するイメージ。


 普通な僕としては、そんな生き方に憧れを抱かずには、いられないだろう。


「くっくく、さすがはワシの下僕。なら、しっかり着いて来るんじゃぞ。――遅れたら罰金じゃ」

「―――はい」


 ――言われなくとも。 


 面倒、問題に巻き込まれるのは……大変だ。毎度毎度嫌になる。

 だが、それも終わってしまえば話のネタ。笑って話せるようになるものだ。

 ……もちろん思い出したくないことも多々ある訳だが。

 だがそれも今の僕を形作るモノとなってると思うと、無ければ良かったとは一概には言えない。

 

 ――人生は出会い一つで如何様にも変われるもので、変わってしまうものだ。

 ――これからも僕は幾つもの出会いを重ねて、変わっていき、変えていってしまうのだろう。

 

 だから、僕はこのヒーローとの出会いを大切にしたい。

 願わくば、いつまでも――


「――む、少し遅れたの。ほれ、罰金10万円じゃ」

「シビアすぎ! そしてぼったくりだっ!」


 ――出会いは、人生を変える。


 ――果たしてこの時の新たな出会いは、僕をどのように変えてしまうのだろう。


 ――それは、今の僕にはわかるはずもないことだった。






         僕のポケットで、小さな熊が寝苦しそうに「うぅ」と漏らした。

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