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 * 三 * 王国の絡操技師

 ――まさかこういうことになるとは……。

「――いやぁ、セト皇太子様が心の広い方で助かった」

 捕えられたはずのエンシが、今、何故かあたしの生活する屋敷内にいる。

「あなた、一体何のつもり?」

「その説明の前に、お前、足見せろ。皇太子様との約束だからな」

 言われて、あたしはしぶしぶ寝台に横たわる。エンシはあたしの寝巻きの裾を躊躇なく持ち上げ、治療と言う名の修理を開始する。

 一度ルークスによって捕えられ、セトのところまで連行されたエンシだったが、いろいろな理由が重なって解放されたのだった。その理由の一つが、あたしの足である。

「――ずっと隠していたのに、こんなところで明かさなくてもいいじゃない」

 あたしの足は義足だ。ロゼット帝国との戦争で建物の崩壊に巻き込まれ、太腿の中程から先の機能を失った。しかし、そこに駆けつけたエンシが人形の足に付け替えてくれたので、不自由はない。アスター王国の絡操人形技術は人に似せて作るだけでなく、義手義足などの医療技術にも明るい。先の戦争で失った手足を、あたしのように人形の手足で代用している人も多いのだ。

「結婚すればすぐに知られることだろうよ。夜を共にすることもあるだろうしな」

 ――よ、夜を共に……。

 うっかり想像して、あたしは全身を赤く染める。

「ったく、そのくらいわかってるだろ? 子どもじゃあるまいし」

「う、うるさいわね。この罪人が……」

 蹴り飛ばしてやりたいところだが、あいにく足は修理中のため動かせない。あたしはむすっとしたままおとなしくする。

 セトは捕えて突き出したエンシに対し条件を出した。というのも、あたしが足に異変を感じて気にしながら歩いていたのをエンシが見抜いたからだ。あたしの足がエンシの作品であると知ったセトは、早急に修理をするよう命じ、さらに不測の事態に備えて結婚式当日まで面倒を見るようにと告げた。つまり、エンシの滞在を許可したのである。

『ここでエンシさんを殺したりでもしたら、君にますます恨まれてしまう。それに、アスター王国の中でも優秀と言われている絡操技師の技術を失うのも僕個人としては忍びない。本国に送り返すのが筋なのかもしれませんが、その様子ですと黙って国を出てきたのでしょう。適当な書類を僕が用意しますので、せっかくですから式までゆっくりしていってください』

 セトの言葉を思い出す。彼が一体何を考えてこんな条件でエンシを屋敷に入れたのか理解できない。それ以上に、あたしのいる屋敷での寝食を許可する、その神経が最も謎に満ちている。

「大したことなさそうで良かった。ばねが少し伸びちまって、他の部品に当たっているのが原因だったみたいだな。限界超えて走ったりしたんだろ? 阿呆者が」

 さすがは国から任されるほどの絡操技師だ。少し見ただけで、壊れた原因をぴたりと当ててくる。

 ――全力疾走することになったのは、エンシが侵入したせいなんだけど……。

 エンシは宮殿から借りてきた工具を箱の中にしまい立ち上がった。

「ちょっと歩いてみろ」

 少し離れたところに立ったエンシが手招きをする。足の具合を確かめるのだろう。あたしは言いたい台詞を飲み込み、寝台を下りて彼の方に歩いてみる。違和感はきれいさっぱり消えて、それどころか以前よりも軽くなったようにさえ思えた。

「ほんと、あなたの腕は大したものね」

 あたしはエンシの前で立ち止まり、背の高い彼を見上げる。珍しく彼の顔には自慢げな色がなく、どこか思いつめたような気配があった。何かいつもと様子が違う――そう感じたとき、抱きしめられた。力強く、ぎゅうっと。

「エンシ?!」

 予測していない事態にあたしの胸は早鐘をつくように高鳴る。これまで何度も二人きりになったことはあったが、こんなことは初めてだ。拒むこともできず、ただただあたしは立ち尽くす。

「――お前、国に帰る気はないか?」

 耳元でそっと囁かれる言葉。自信過剰とばかりに堂々とした物言いをする彼にしては珍しく、わずかに声が震えている。

「あなた、何を言って――」

「アスターに帰りたいなら俺は協力を惜しまない。お前にそっくりな人形を用意したんだ。町に置いてある。人質なら俺が代わってやる。帝国側としてもその方が利益があるはずだ」

 予想外の発言に、あたしはエンシの腕を解いて向き合う。

「なによ、それ。あたし、そんなこと頼んだ覚えないわよ!? 大体、あなたにはあなたの夢があるでしょ? やりたいことがあるんでしょ? 何が帝国に残る、よ。エンシはこんなところにいちゃいけないわ!」

 ――絶対に、認められるもんですかっ!

 彼には夢がある。絡操人形技術をより使いやすいものにし、傀儡師と言う特別な訓練をした人間だけが使用できるのではなく、一般の人々がもっと自由に使えるように普及させるという夢が。あたしはエンシを応援しているのだ。彼のその夢を奪ってまで国に戻る気はさらさらない。

「――それ、本気で言っているのか?」

 落ち着いた、どこかひんやりとした声。

「そうに決まっているでしょ。あたしは覚悟を決めた上でここにいるの。今さらあたしに口出ししないでよ!」

「いい加減に気付け、阿呆。俺はお前の近くにいるために絡操技師になったんだぞっ!」

「……えっ?」

 突然すぎる告白に、あたしの思考は停止する。その台詞の意図がわからない。

「――セト皇太子の婚約者が相次いで亡くなっていると聞いて俺はここにきた。お前が嫁に行ってしまうのを止めることは、さすがに平民の出の俺にできることじゃない。だがな、お前の身に危険が迫っていると聞いてただ黙ってじっとしてはいられなかった」

 この国に入ってからも耳にした噂――それはセトの婚約者が相次いで死亡しているとの話だ。どんな原因で亡くなったのかは伝わっていないようだが、侵略した相手の国から妃に選ばれてロゼット帝国に入った娘のその全員が命を落としているのは事実だ。

「お前がいなくなるくらいなら、俺の夢なんてどうでもいい。国がどうとか関係ない。そう思ったからお前を迎えに来たんだ。――だのに、夢があるのだから帰れだと? ふざけたこと言うんじゃねぇっ!」

 彼が本気で言っているのは痛いほどよくわかる。あたしを守るために国を抜けて駆けつけてくれたことは嬉しかったし、人形のことしか頭にないと思っていたエンシがこうしてあたしと向き合ってくれることもとても嬉しい。

 ――その台詞、もっと早く聞きたかったよ。でも、あたしは……。

 エンシの顔が滲む。頬に熱い液体がこぼれ落ちる。

「……お願い、エンシ。あたしを想うなら、協力して……」

 あたしはエンシの胸に、涙でぐしゃぐしゃになった顔を押し付けたのだった。



 式の前日、あたしは宮殿に呼ばれた。ロゼットに来てからはずっと別館の屋敷でのみ生活をしていたので何事かと警戒したが、屋敷を訪ねる余裕のないセトが式の前に話がしたいと設けたものらしかった。

「――こうして会うのは久し振りですね。あれからお構いできず、申し訳ありません」

 温かい湯気が立つ昼食が食卓に並べられる。食事中でもなければ休みを取れなかったらしい。たくさんの客を招いて会食もできるだろう広い食堂には、あたしとセト、給仕人しかいなかった。料理を運ぶ彼らは、仕事が終われば退室するのだろう。

「あなた、あたしに謝ってばかりですわね」

 ほとんどの料理が並べられたところで詫びるセトに、思ったままの台詞を言う。彼は会うたびにあたしに謝る。それは彼の癖なのだろうか。

「君に対して何もできていませんからね。婚約者ともなれば、この宮殿で休んでいただけるはずなのに、父が許さなかったもので」

 ――また皇帝陛下か……。

「いえ、お気になさらず。――最近、陛下をお見かけにならないとの噂を耳に挟んだのですが、お体の具合、よろしくないのですか?」

 その情報は屋敷から宮殿に案内してくれた使いの者から聞いたことだ。

「式に備えて休まれているだけですよ。おかげで主役である僕の仕事が増えているのですが」

 あたしの問いに答えて、セトはやんわりと苦笑する。

「それは大変でしたね」

「いずれは僕がしなくてはならないことです。文句は言えませんよ」

 部屋から給仕人がいなくなる。ついに二人きり。あたしは黙ってセトをじっと見つめた。

「――警戒されているようですね。以前屋敷でお茶をしたときは笑顔でいらしたのに」

 あたしは出された料理に手をつけず、セトの様子をただ窺う。彼は優しそうな笑顔をしばらく続けていたが、ふっと、彼の父親がするような冷たい表情を浮かべた。

「……てっきりこれまでの婚約者たちと同じように僕を殺しにやってくるのだと思っていたんですがねぇ。エンシさんはそのために送り込まれてきたのだと疑っていたのですよ。その直後から、君の人形が僕の周りをうろつくようになっていましたし」

 エンシに頼んで絡操人形をいくつか用意してもらい、宮殿に放っていた。それはセトを監視するためもあったが、皇帝陛下やほかの人間の動きを知っておく目的があった。つまり、簡単に殺されないための予防線だ。

「あたしはあなたを殺すつもりはありません。また、あたし自身もおとなしく殺されるつもりはありませんわ」

 彼の雰囲気に飲まれまいとあたしは集中する。この場に呼んだのには何か思惑があるはずだ。それを察して優位に立たねばならない。

「僕を利用するために、ですか? 君は人形を操る傀儡師でいらっしゃいますものね」

 笑えない冗談である。あたしは表情を変えないように注意し、沈黙を続ける。

「僕を殺しに来るようなら、返り討ちにしてやろうと考えていたんですよ。婚約者の名を騙って侵入してきた刺客の方々と同じように」

 言って、彼はここで微笑んだ。

「しかし、残念です。君の得意な絡操人形操作で我が軍を掌握し襲ってくることを期待していたので。――それはそうと、なぜ君は国が焼かれたとき、すぐにその能力を使わなかったのです?」

「使わなかったのではなく、使えなかったのですよ、セト様。この人形の足が、絡操技術で稼動する回路への介入を可能にさせたのですから」

 アスター王国が作り上げた最高の技術が、今のあたしを文字通り支えている。だから、あたしはアスターのために動くことをためらわない。

「なるほど。それなら納得です。――気になっていたことも解決しましたし、長話もこの辺で終わりにしましょうか」

 セトはおもむろに食卓から刃物を取って自分の首筋に当てた。あたしは瞬時に立ち上がり、叫ぶ。

「なんのつもりですか!? セト様!」

「君の話でよくわかりました。君が必要としているのは僕ではなく、僕の肩書きだ。ならば好きなようにするといい。僕は君の人形になるつもりはありません」

 切なげな笑顔。何もかもを諦めたような色がそこにあった。

 あたしは何と言って説得すべきか思考を巡らせるが、全く予期していなかっただけに何も浮かばない。

「僕はずっと父の人形でしかなかった。でも仕方がないと思っていました。父にはこの国を大きくしようという思いがある。国を拡げ、様々な技術を吸収し発展させることこそが、国民のためになると。その目的の前なら、僕はただのお飾りでしかないということでしょう」

 言って、セトは目を細めた。

「ただ愛されたかっただけなんですけどね……。父からの愛情は望めなくても、婚約者からならそれは望めるのではないかと期待してしまったのが間違いだったのですかね……」

 ――愛されたかった、か……。

 その台詞で、あたしは彼の不可解な行動の理由にようやく思い当たった。選択さえ間違えなければ、きっと死なせずに済む。

 ――でも、あたしが敵ではないことをわかってもらえるかしら? ううん。こんな機会をわざわざ作ってくれるくらいですもの。きっと理解してもらえるわ。

 あたしは閉ざしていた口から台詞を紡ぐ。

「セト様……あなたがどれほどあたしのことを想って下さったのかわかりました。その気持ちにお応え出来ず、本当に申し訳ありません」

 あたしの操る人形に気付きながら放置していたこと、皇帝陛下の不調、結婚式前日の突然の呼び出し、セトの告白――それらがすべて繋がり、一つの解を導き出す。

 ――こんなふうに試すだなんて、意地の悪い人だわ……。

 あたしは続ける。言葉を慎重に選びながら。

「陛下からの糸を断ち切る覚悟を決めたにも関わらず、あたしが同様のことをしようとしていると知って恐れるのは当然のことですわ」

「!」

 セトの目が見開かれた。顔色が変わる。

「あたしはあなた様が動けるように婚約者としてここに参上したつもりです。自分で動き出そうとしたあなたを止めようとは思いませんわ。ご自分の目で結末を見届ける覚悟があるのでしたら、そのような愚かな真似はおやめくださいませ!」

「……さすがは僕の婚約者に選ばれただけはありますね、メローネさん。――そうおっしゃるのでしたら、一つ願いを聞いてくれませんか? 君にしか頼めないことなのです」

 食卓に刃物を戻すと、セトは不敵に笑んだのだった。


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