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 * 二 * 絡操人形は月夜に踊る

 ――どうしてこんなことに……。

 轟く爆音。すぐに視界が土煙に覆われる。焦げ付いた臭いや叫び声が辺りに満ちていた。

 城下町に敵襲が迫ったと聞いて飛び出したまではよかったのだが、まさかここまでひどい有様になっているとは想像していなかった。

 きちんと舗装された石畳は穴を穿ち、格子状に配置されていた建物も至る所で崩れ、ゆく手をふさぐ。町のあちこちに放ったあたしの使役する絡操人形たちは次々と生存者を見つけ出し、避難場所へと誘導を始めていたが、案内した先がいつまでも安全とは言えそうになかった。

 離れた場所に倒れている人影を見つけて、あたしは急いで駆け寄る。しかし、崩れた壁の下敷きとなってすでに息を引き取っていた。

「……怪我をしている方はいらっしゃいませんか!」

 涙をこらえ精一杯声を張り上げるが、爆音や崩落音にかき消されてしまう。この場に人間がいたとしても、その声を聞き取ることができるか定かではない。

 あたしは空を見る。大型の絡操飛行船が飛び交っている。あれが爆弾を町に落としているとわかっているのに、ここからではどうすることもできない。あたしは悔しくて歯を食いしばった。

 ――同じ人間なのに、どうしてこんなひどいことができるの?

「――メローネっ! メローネ何処だっ!」

 遠くから聞こえるエンシの叫ぶ声に、思わず気が緩む。

「エンシっ! あたしならここよ!」

 そのときだった。何かが飛来する音を認識すると同時に、あたしの世界は暗転した――。



 はっと目が覚める。暗闇を月明かりが和らげている寝室。そこはあたしが生まれ育った城の中ではない。敵国の領内に建つ屋敷の中だ。

 ――夢か……。

 戦火が首都に及んだ半年前の秋の出来事。どうして今さらあの日のことを夢に見るのだろうか――そう悩んだところであたしはセトを追い出した日のことを思い出した。意見の相違で喧嘩をしてから三日が経つが、あれから彼とは会っていない。腹立たしく思ってはいたが、今日の夢はそれがわずかでも影響しているように感じられた。

 全身がぐっしょりと濡れている。酷い汗だ。額にへばりつく長い髪を寄せて、上体をそっと起こす。

「まだ朝には早いですよぉ? ご主人様」

 窓際で外を眺めるかのように座って待機していたルークスが声を掛けてくる。

「気分が悪くて眠れないの。――風に当たりたいわ」

 紗幕が閉められていない。窓に映る影に月の形がくっきりと浮かんでいた。

「月が綺麗ね」

「えぇ、綺麗な真ん丸の月ですね」

 とぼけたようなルークスの返事に、あたしは思わずくすっと笑う。

「あれ? 私、変なこと言いました?」

「ここにいるのがルークスで良かったと思っただけよ」

「それは光栄なことです、ご主人様」

 にっこりとルークスは微笑むと、寝台から下りたあたしの側にやってくる。

「お供いたします」

「ありがとう」

 ルークスは本当に良くできた人形だ。薄暗い場所でこんなふうに相手をされると、人間と区別がつかない。改めてエンシの腕の良さを思う。

 ――エンシは何をしてるのかしら……。

 絡操人形の研究に熱心で、あたしに関心を持っていないかのような態度ばかりする彼。だから、時々見せる笑顔や優しさに戸惑わされる。城下町が焼けたとき、飛び出していったあたしを追い駆け、側で護ってくれたのもエンシだった。

「――私じゃ役者不足ですか? それとも、私がいるからお父様を恋しく想うのですか?」

 露台に着いたとき、ルークスがぼそりと呟いた。彼の言うお父様とは、製作者である絡操技師エンシを指している。

「ルークス、あなたはちゃんとやってくれているわ。誇るべきあたしの相棒よ。心配しないで。――悪いのはあたしの方だわ」

 そう答えて、あたしはため息をついた。

 夏の気配を感じさせる暖かな風があたしの黄土色の髪を撫でていく。髪を押さえたあたしは柵に身体を預けて広い庭を眺めた。木々や草花で茂る庭の奥に、月明かりに照らされる宮殿の影が見える。あの宮殿で生活をする日は、果たしてやってくるのだろうか。

「あまりご自分を責めないでくださいませ、ご主人様。それこそ八つ当たりされたほうがましであるというものです。その程度のことであなた様への忠誠をなくす私ではございません」

「ルークス……」

 その台詞を言わせているのはあたしなのか、はたまた誰かが回路に組み込んだ命令なのか。しかしそんなことはどうでもよい。今、まさに聞きたかった台詞に、あたしはルークスを見て微笑む。

 ――しっかりしなくっちゃ。ルークスが励ましてくれるんだもの。

 と、そのときだ。ルークスがあたしを押し倒した。

「――え」

 そして二本の矢が、さっきまであたしが立っていただろう場所を通過して床板に突き立つ。

「狙われています! 私を囮にして屋敷にお戻りください」

 言って立ち上がろうとするルークスの腕を、あたしは慌てて引っ張る。

「私は人形です。あなた様を守るように命じられております」

 おっとりとした普段の彼の口調からは想像できない意志を感じさせる声。それは緊急時に起動する命令が働いている証拠だ。あたしは怖くなって叫ぶ。

「囮にだなんてできないわ! その命令をあたしは却下します!」

 敵ものんびりしているはずはない。次の矢が放たれて、柵に床に突き刺さる。

「状況を考えて下さいませ、ご主人様!」

「あたしはあなたを大切にするとエンシに約束したのよっ! あたしを守るために傷を負わせるわけにはいかないのっ!」

 床を転がるあたしたちを狙うように矢が次々と放たれる。

 ――この角度、敵の姿を視認できないと言うことは、絡操? しかし、どうして?

 柱の陰で身を潜めたまま起き上がる。月明かりがあるとはいえ、夜の闇は視界を曇らせる。それでもこの場所は比較的視界が開けており、身を隠すような陰はあまりない。

 この宮殿の警護には多数の絡操人形が使用されている。外敵の侵入を許さず、万が一入り込まれても撃退できるだけの武装をしてあるのだと、いつかセトが説明していた。

 ――夜間に出歩くのはお勧めできないとは言っていたけど、宮殿の絡操人形軍に侵入者だと思われてしまったのかしら? あたしは客よ?

「――とにかく、一緒に逃げるわよ、ルークス。侵入者がいてあたしを狙っているのなら、屋敷では逃げ場がなくて不利よ。宮殿に行って、助けを求めましょう」

 警報は鳴っていないように思える。この宮殿にもアスター城と同じような警報装置があるのかはわからない。しかし敵襲があれば必ずどこかに連絡が行くはずだ。あたしを誤認して狙っているのか否か、それは宮殿で質せば知れる。

 ――あの喧嘩のせいで神経質になっているだけだと思いたいけど……。

 それだけではない。実はこの国に入ってすぐ、奇妙な噂を耳にしていた。それはあたしが国を離れる前に聞いていた話を裏付けるようなもので、そのことも心がざわめく原因になっていそうだ。

「行くわよ」

 矢の雨が止んですぐに庭に跳び降りる。あたしはルークスを隣に、満月が照らす庭を横切るように全力で駆けた。どこかに身を隠しながら走るのも考えたが、あいにく丁度良い遮蔽物がない。下手に木陰に近付いて襲われても洒落にならないだろう。それゆえの選択であったが、別に命を捨てたつもりはなかった。

 再び矢が降ってくるが、それらはすべてわずか後方に抜ける。決して精度が悪いわけではない。普通の人間には不可能な変速の調整が、あたしを捕えにくくしているのだ。

 ――全速力だとこんなもんか。寝巻きはいつもの服より軽くて走りやすいわね。

「無茶しないでくださいませ、ご主人様! その足は――」

「ここからは慎重にいくわよ」

 庭を通過し、屋敷と宮殿を隔てる林の辺りにやってきた。高い木々が並んでいるが、よく手入れがされているのか見通しは悪くはない。あたしは呼吸を整えながら林を進む。

 ――ん? ちょっと張り切りすぎたかしら?

 足に違和感を覚えて立ち止まると、辺りに潜む絡操人形の気配を探る。

 ルークスと同調することにより行う絡操人形探知。戦闘が行えないように調整されたルークスではあるが、探知は防衛行為とみなして問わないでもらいたいと期待する。この機能の精度はアスター王国でも最高のもので、あたしが最も得意としている操作だ。

 ――遠距離射撃型の絡操人形が宮殿に配置されているのね。……それにしても、外部からの侵入とは思えないわ。これはやっぱりあたしを狙って……?

 セトに裏切られたのではないか、そんな不安が胸に広がっていく。彼はやはり敵国の皇太子なのだ、どうせあたしのことなんて人間だと思っていないのだろう――そう結論付けようとした矢先、明かりが近付いてきた。お日様と同じ金色の髪がちらりと見える。

「……セト様?」

「メローネさん……ですか?」

 声を掛けると、薄手の寝巻き姿で腰に長剣を差したセトがこちらにやってきた。きちんとした格好ではないのは、寝ていたところを飛び出してきたからだろうか。

「良かった。賊が入ったと聞いて、君を迎えに行く途中だったのです。――しかし、どうしてこんな場所に?」

 ――あたしを心配してくれたの?

 思いがけない台詞に少しだけ嬉しい気持ちが湧いたのも束の間、彼に対する不満が一気に爆発した。

「眠れなくて露台に出ていたところを、その迷惑な賊に間違えられて矢を放ってくれたからですよ。あなたのところの優秀な絡操人形が、ね」

 腹立たしさを込めて厭味たっぷりに言ってやると、セトは驚いた顔をした。

「ご無事で何よりです。――宮殿に案内しましょう。屋敷よりは安全でしょうから」

「いえ、お待ちくださいませ。セト様」

 あたしの手を引いて宮殿に向かおうとするセトを慌てて止める。彼の不思議そうな顔が目に入ったが、あたしはすぐさま続けた。

「敷地内に侵入した賊をあたしが捕らえますわ。ここの絡操人形の統制では殺すことはできても捕まえることができませんもの」

「捕らえるつもりなんですか?」

「むやみに命を奪うのは得策ではありませんわ。相手が暗殺者だとしても」

 宮殿内に配置された絡操人形たちには加減をする機能が存在していない。どうも抹殺命令で動いているようだ。ならば、捕らえることは不可能。

 またこの提案は、本当に侵入者がいたのかどうかをあたしが能動的に調べることも意味する。許可が簡単に下りるとは思えないが、黙っているよりは言葉にしてしまった方がいい。

「君はお人好しだ」

「容赦ないのも結構ですけど、あたしは同意できません。そんなあなたのような気持ちが、どこかの国を焼くのです」

 どんな相手であれ、人間は人間だ。できるなら命は奪いたくはない。そういう心がないから、彼らは平気な顔をして火を放つ。しかしそこにいるのは敵ではない。同じ血の通った人間だ。

 あたしは真っ直ぐにセトの瞳を見つめる。彼の目に呆れの色がにじんだ。

「――わかりました。どのように捕らえるつもりかは存じませんが、許可を出しましょう」

「ありがとうございます、セト様。始末書は書かせたりしませんわ」

 セトに微笑むと、あたしはルークスに目配せをする。ルークスはこくりと頷くとあたしの手を取った。

 ルークスを媒体にし、絡操人形の支配権を一時的に奪う命令を感知範囲内に向けて発信する。こんな無茶をしたら大体の人間は制御しきれずに意識が吹き飛ぶらしいが、あたしは元々複数体の操作には慣れていた。

 ――さぁ、あたしの目となり働きなさい。

 手足となるのはルークス一体で充分だ。知覚範囲内の絡操人形を抑えたのは攻撃されては敵わないからであり、本当の侵入者をあぶりだすためでもある。

 あたしは集中のために両目を閉じる。およそこの宮殿の敷地内のすべてに目が行き届いている状態になった。絡操人形のほとんどが宮殿の高い場所に配置されているため、地上を見下ろすようにしか感じられないが、それでも大したものだ。

 ――しかし、本当に侵入者なんているのかしら……。

 セトの言っていたことが嘘なのではないかと思うと不安がちらつく。侵入者がいると言うのは偽りで、真実は不要になったあたしを始末するためではなかろうか――。

 だが、そんな心配は一瞬で蒸発した。影だ。その影はあたしのいた屋敷の近くをうろついている。人間を警備に当てていないと聞いていたので、この人影は奇妙に映る。

 ――こいつが侵入者かっ!

 あたしの気持ちが確信に変わると同時にルークスが跳躍。影に向かって追跡を開始する。

「今のでわかったのですか?」

「えぇ。あなたのおっしゃったとおりだったみたいでほっとしましたわ」

 ルークスが人影に迫る。人影の背後に回った感覚。音は一瞬。

 姿がはっきりと見えるようになった侵入者。彼は気配を感じたらしく振り向いた。どこかで見かけたような闇色のぼさぼさとした髪が揺れる。

「お……お父様?」

 蹴り飛ばす前に軌道修正。月光を受けて、ルークスの束ねられた長い髪が銀色の弧を描く。

「うぉっ!? ルークス?!」

 そこにいたのは、闇色の髪を周囲に同化させて潜んでいたエンシ、その人だった。


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