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 俺は今、「ファミリア・マート」というコンビニエンスストアにいる。いや、正確には店の駐車場だ。時刻、現在午後11時すぎ。

 このコンビニがある地区が、周辺の住人に「ガラの悪い」場所だと思われていることは知っている。事実、ここからあまり離れていない所には不良が集まる崩壊寸前の学校も有るし、その学生らによるひったくりや痴漢もなどの被害も多い。俺のいる「ファミリア・マート」も例外ではなく、半年間で5回も強盗に入られていることが証明していた。しかも、そのうちの四回は同じ犯人らしいなのだ。 そして、俺は犯人逮捕の為に張り込みを任されていた。勤務は夕暮れ六時ごろから深夜まで及ぶ。それまでの間、コンビニの夜間従業員として制服を着て働いていたのだが、ようやくレジ打ちの仕事とも別れを告げる事が出来そうだ。

 なぜなら、強盗犯人は目の前にいる。そして間もなく、全ての事実を自白することだろう。


 一人の若者が抵抗を試みようと拳を振り上げた。が、相手の動きの方が速かった。ストライプを協調とした制服を身に纏った男は、顔面へのパンチをひょいと首を振って避けた瞬間、右拳が若者の腹部をとらえていた。若者はそのまま崩れ落ちた。

 「ファミリア・マート」の白熱灯の光は煌煌と駐車場を照らしてた。その光を背に、俺は腕を組み、その喧嘩の様子を見ていた。

「なおさん、もう止めてください。このままじゃあの人死んじゃうし、お店の信用まで……」

 制服の男が若者に蹴りを入れた時だろうか、今まで後ろに隠れていた店長(多分俺より年が低い)が外見同様に弱々しい声で俺に言った。言いたいことは良くわかる。男が容赦を知らない人物だということはよく知っていた。このまま行くと若者は尋問する前に意識を失うだろう。そして、一時的なコンビニの店員だとしても、もし誰かがこの光景を見ていたら、今後は一般人どころか不良の客までこの店には寄り付かないだろう。どちらにしても、この件の責任者は俺だから、毎度のこととはいえ上司に怒られるのはウンザリだ。

「わかりました。じゃあ一発なぐって止めてみます」

 そういって喧嘩場へ歩みを進めた俺を、店長は安堵と不安の混じった表情で見送った。それが何を意味するかは分からないが、彼はきっと、俺がやりすぎの後輩に向って暴力を持って仲裁するのだろうと思っているに違いない。

 だが、それは間違いだ。店長の期待は俺が芋虫のように横向きに転がっている若者の方をけり飛ばしたことで裏切られた。数日の夜勤でストレスも溜まっているんだ。俺もこの位しても良いだろう。

「けんさん、『取り調べ』忘れてない?」

 行動とは裏腹に、俺の口からは冷静な声が出た。呼ばれた男は、我に返ったように俺の方を向き、額の大量の汗を制服の袖で拭った。

 仰向けになった若者は、ううっと苦しそうに声を上げる。どうやら意識はあるらしい。痛みから来る若者の表情と呻き声を確認して、けんさんの顔は再び凶暴なものとなった。その場にしゃがみ込み、若者の頭髪を鷲掴み無理矢理上体を起こす。その顔は涙と鼻血で汚れていた。ひい、と情けない声をあげた若者に、けんさんはイラッと来たらしい。容赦なく掴んだ髪から離した手を首根に変えると、ドスの聞いた声を使う。

「よお、お前が強盗犯か? 随分俺らをまたしてくれたなあ、おい」

 のどの奥で詰まって、声が出ないらしい。若者は口をぱくぱくさせている。目尻には新しい涙まで滲んでいるようだ。

 ようやくのことで言った言葉は、

「し……」

「ん?」

「死んじゃう……」

 けんさんは若者を突き飛ばした。これ以上凄むのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに。けんさんの尋問は続く。

「殺しはしねえよ。俺はさっさと仕事終わらせて眠りてえだけだ」

 とても昼間に仕事をさぼって、太陽の下で眠りこける奴の台詞とは思えない。それを知らない若者は、なんでも話しますと言うように激しく頭を上下に振った。けんさんは眉根を寄せて距離を詰める。

「お前が強盗に入ったんだな」

 有無を言わさぬ問いつめに、ただただ首を立てに振る若者。

「何回入ったか言ってみろ」

 なにもしゃべらない若者にしびれを切らしたらしい。しかし、当然若者の脳は、混乱から正常に機能していない。

「………7回……」

 彼は解答を間違った。それどころか他の店にも3回強盗を仕掛けたことを認めた。けんさんの頭突きが彼の眉間を捉えた。鈍い音がした。若者は涙ながらに、けんさんの背後にいた俺に助けを求めた。俺のことをけんさんの同職者と知ってか知らずか……。俺はため息まじりに右手の指を四本立てた。

「4回です……!」

 若者の顔は苦痛に歪んだ。本当の解答にけんさんは気を幾分良くしたらしい。

「よーしじゃあ、お前らの仲間の名前を全部吐け」

 かまをかけたのだろう。しかし、計四回の防犯カメラの映像は若者一人しか映っていなかったため、期待はあまりしなかった。ところが、若者は息を飲み、身体を硬直させたのだ。目には焦りと恐怖の色が映っていた。けんさんの口角がニヤリと上がる。彼はかまにかかったのだ。

 しかし、「………」と無言を通して再び首を振った。共犯者がいるということは確実なのに、だ。

「素直に白状した方がいいとおもうよ?」

 今度はけんさんが手を挙げる前に、俺が口を挟む事にした。しかし、

「いねーよ!」

 俺相手になると、俄然声を張り上げる若者。しかし、俺がゆっくり腕組みを解いてみせると、ガチガチに身を強ばらせているのが離れていても分かる。面白いなぁ、と俺は思っている。悪事を自覚しているくせに、なんて無様なんだ。

 この若者を見ていると,自分がすごく豪胆な人間に思えて来る。もちろん、これまでに会った犯罪者達も例外ではない。もとより、俺はけんさんのようにいたぶるつもりは無かった。けんさんが相手を怖がらすから、俺はいつもなだめ役に回るのだ。

 そうして、俺はいつもの優しげな声をかけた。

「なあ、俺はお前の為を思って言ってるんだよ。いまここで辛い目をするのと、全部吐き出して楽になるのと。お前、どっちがいい?」

「い、い、」

 必要もないだろうに、若者は絶叫した。

「いねーよっ!」

 俺は、深い溜め息をつく。結局は、同じ答えの繰り返しだ。俺の出番はここまでだ。

「うるせえよ」

 途端、けんさんの拳が飛んだ。若者の後頭部に。再び、若者は大人しくなり、「ファミリア・マート」の駐車場には静寂が訪れた。

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