くねくねしたモノ
タマちゃんは予想通りに半泣きになっているのだが、予想外というか自業自得な事に俺まで怖くなってしまった。
怖い話には強いと思っていたのだけど、自分が祟られてるかもっていうのは反則だろう!
婆ちゃんの家で寝るのはもう怖い。
「タマちゃん、夜中になんか出たら助けてね…」
「おばけ、こわい」
完全に尻尾丸めてる。
畑の隅っこで身を寄せ合っておびえながら、屋敷跡地を視界に入れないようにしている俺達を見て、婆ちゃんは呆れた顔をしている。
もともと昼過ぎには暑くて仕事にならないから家に戻るらしい。仕事で畑に居る場合にはそういう訳にもいかないのかもしれないけど、年金貰ってる婆ちゃんはそんなに広い畑を世話しているわけじゃないから、のんびり働くのだそうだ。
俺から見ると充分広い畑に見えるんだけど。
抜いた草を片づけて家に戻る。タマちゃんはかなり怖かったようで、窓の近くから離れない。
俺は家の中の方が怖いよ。本当にハンモック借りて表で寝ようかな……
何が怖いって、俺は「でるぞ」って言われてここに来てるわけで、父親は何か見てるんだ。
そして、出るとしたら曾爺さんのせいで首を斬られた首なし幽霊なんでしょ。勘弁してよ!
「タマちゃん。あの狐火みたいに俺にも使える術ないの?オバケを追い払う術とか教えてよ」
「見る術ならあるけど……追い払うのはちょっと」
「タマちゃんだってただの普通のキツネじゃないでしょ!なんとかしてよ!」
「子狐にそんな無茶言わないで!」
窓越しにそんなやりとりをしていたら、婆ちゃんに後頭部を叩かれた。
「小学生じゃあるまいし、いつまでオバケなんて怖がってんだい。少しは洗濯物取り込むか晩ご飯の支度か手伝ったらどうなんだい?」
「晩ご飯の支度って、まだ3時前だよ?」
「5時には晩ご飯で、暗くなったら寝るんだよ」
田舎の朝は早い+年寄りの朝は早い=日が昇る前に起きて、日が沈んだら寝る。
昨日は疲れてたからすぐに寝たけど、今日の夜は長そうだ。
窓枠にあごを乗せて、掃除でも手伝うかと思いながら視力が上がりそうな緑の景色を眺めていると、奇妙な物がちらりと視界に入った。
遠くに薄く山が見えて、もう少し近くに緑の濃い山がある。その手前はずーっと畑。右手の方には田んぼがある。
わりとカカシって無いもんだなと思っていたけど、緑の田んぼの中央に小さなコンビニのビニール袋みたいな何かが揺れてる。
じっと目を凝らして見てみると、細いからコンビニ袋に見えたけどもっと大きい。
ふらふら、ゆらゆらと風に揺れているのかと思ったけど、周りの稲穂とは動きが違う。あれは…人間なのか?
身を乗り出して目を細める俺を、タマちゃんが不思議そうに見ると、視線を追って振りかえる。
「純!見ちゃダメ!」
振りかえると同時にタマちゃんは跳ねるように俺の顔に飛びつき、そのまま窓を乗り越えて顔にしがみついたまま俺を抑え込む。
パシッと部屋中に音が響くと同時に婆ちゃんが駆け寄ってくる。
「ばあちゃんさん。純がくねくねを見た!」
「そのまま押さえときなさい!純は動くな!」
息ができなくて苦しいからタマちゃんを引きはがそうとしていたけど、その言葉を聞いておとなしくする。
なんだどうしたんだ?
顔をふさふさのお腹で塞がれたまま何分かが過ぎた。落ち着いてからゆっくり数字を数えていたから2分は経っているのは確か。
「もういいよ。子狐よくやった。純は表を見ない事、そうだね……仏間に手芸で編んでる籠があるから、それの続きを少し編んでなさい」
何が起こったのか聞ける雰囲気じゃない。
言われるままに籠を編む。後ろで婆ちゃんとタマちゃんの話し声がする。
「あんた、この家に入れたんだね?」
「お札あったけど。入るなって言われてると思ったから入らなかったの。足の裏拭かないと汚れちゃうし」
「そうかい、とにかく純を守ってくれた事は確かだ。ありがとう。悪いモノノケだなんて言って悪かったね」
「てれちゃいます」
もじもじしてるのが見なくてもわかるな。
何があったのかはわからないけど、婆ちゃんとタマちゃんが少し仲良くなってくれたなら、よかった。のかな?
しばらくして晩ご飯が出来たと呼ばれて、ようやく手芸から離れられた。
途中まで編んであるから、なんとなくどうすればいいかは分かったけどなかなか綺麗にできなくて、ついつい夢中になってしまった。
晩ご飯は、白米に魚の干物を焼いたものと、なんかカマボコみたいなプルプルしたモノ。なんだろう郷土料理かな?あとは朝と同じ漬物と味噌汁だった。
タマちゃんの前にはご飯と油揚げが置かれていたんだけど、カマボコ風の物を見てブルブル震えてる。どうしたんだろ。
「それ、たべるですか?」
「勿体ないからね」
タマちゃんと婆ちゃんの会話が謎だ。首をかしげていると説明してくれた。
「畑に居たアレをね、見た人がおかしくなる事があるんだ。チラッと見えただけで何だかわからなかったのなら大丈夫だよ。さっさと食べちゃいなさい」
「くねくねしてたやつって、正体はなんだったの?」
「なんだかわからないよ。物の怪ってのはそういうものさ。」
この漬物旨いな、少し貰って帰ったら父親喜ぶかな。
「正体わからないけど、もう大丈夫なの?」
「鎌でかりとってやったからね。生きてない物は人に危害を加えられないよ」
「ねぇ、それってオバケとかどう違うの?」
「オバケは居るはず無いだろう。でも物の怪みたいによくわからない『なにか』は確かに居る。そういうものにはちゃんと警戒して対処すればいいの」
コリコリしててわさび醤油とあう。なんだろ、肉っぽくもないけど。
婆ちゃんの中では死んでるモノは「死んでるんだから害は無い物」で、妖怪は「昔からある物で、適切に対処するべき物」なのかな。
俺は、オバケの方が怖いなぁ。
くねくねは、ネット中心にひろまった都市伝説のようで、
古い記録などには見かけない妖怪です。
こういう「○○してはいけない」という禁忌を持つ正体不明のモノって妖怪の醍醐味ですよね。
あと、前回の話でユニークユーザー1000人を越えました。
読んで頂いた皆様ありがとうございます。