誰もいない古い家2
タマちゃんがスタスタと入っていくので、後を付いて入る。
風雨に晒されて色が褪せているにも関わらず、反り返ったりはしていない木製の壁。
靴は一足も無いのに、綺麗に掃き清められ箒の刷毛目が残る土間。
人の気配は一切ないが、キチンと手入れがされている事がわかる清潔な家だった。
「純、おわびだから。食べてって?」
「ここタマちゃんちなの?」
余りにも堂々と上がり込むので付いてきてしまったが、怪しさこの上ない。
夏だから表にいたって寒くは無かったけど、この家の中は部屋の真ん中にある囲炉裏に火が焚かれており、ほっとするような暖かさだ。
囲炉裏の上の高い天井からぶら下がる鉤には鉄の鍋が掛かっており、中でクツクツといい音を立てて何かが煮えている。
タマちゃんは平然と囲炉裏端に座り込み、足を投げ出すという動物らしからぬ座り方をすると、違うよーと返す。
でもここは上がり込んでご飯食べていいんだよ、と。
「それに、もし欲しい物があったら持ってってもいいんだよ」
薄い座布団の上に正座し、周囲を観察する。
10畳以上ある部屋の壁には、時代劇でしか見た事が無いような傘と蓑が掛かっているし、ふすまを開けてみれば奥には小部屋があり、着物や大小の刀が飾ってある。
「ねぇタマちゃん」
「ん?」
クリクリした大きな黒い目を誇らしげに輝かせているタマちゃんに
「ここ、『マヨイガ』でしょ」
鍋の中の匂いを嗅いでいたタマちゃんの動きが止まる。
「なんという、ねたばれ」
「道に迷った旅人が辿りついて、食器とかを持ち帰ったりして、そのお椀で量ったお米は減らないとか。家が栄えたとか。で、もう一度行こうとしてもたどり着けない。そういう伝説のある家だよね?」
「そうだよ。だからえんりょなくどうぞ」
あとでびっくりさせたかったのに知ってたのかーと悔しがるタマちゃんだが、そう言われて素直に貰っていくわけにもいかない。
だいたい、そういう物語に出てきて欲をかくと碌な事にならないじゃないか。
「タマちゃん。聞いちゃったらなおさら貰うわけには行かないよ。舌切り雀とか花咲か爺さんとかの昔話だと、欲深な人は痛い目にあうんだから。」
「純、よくふかさん?」
「いや、そんな事は無いと思うけど」
「ならいいじゃない?」
くきっと身体半分を横に折って難しい事を言ってくれるタマちゃん。
確かに自分が強欲じゃないのなら、不思議な品物を貰った所で悪用しなければいいのだし。
正直、奥にあった刀とかとてもかっこいい。くれるというなら欲しいけど。
チラチラ見ているのがわかったのか、タマちゃんも奥の部屋を振り返る。
それはそうと尻尾でハテナマークを作ってるのは芸が細かいというか、器用だな。
「かたなとか持っていけば、つよくなれて、名のあるけんごーになる。
ミノとカサは天狗のかくれみので、きると姿が見えなくなる
お金とか、食べ物が減らなくなる入れ物もある。どれもべんりだよ?」
その言葉を聞いて、どうするか決まった。
「タマちゃん。喉乾いたからお水一杯貰えるかな?」
はいはーいと嬉しそうに、部屋の隅の水瓶から竹筒に水を汲んでくれる。
それを一杯飲み干して、自分に言い聞かせるためにも、しっかりと宣言する。
「お水を頂いたので、他の物は要りません。」
ガーン!というショックを表情で表すタマちゃんに、理由を続ける。
「俺は、欲しい物は貯金したりして買うまでをワクワクしながら待つのも楽しいと思うんだけど、そんなに便利な物を貰っちゃったら色々使いたくなったりするかもしれないし、欲深い人になっちゃうかもしれないよ。それが怖いから、せっかくだけど不思議なものは貰わないで置くね。」
ことさらに、ゆっくり言い聞かせる。
内心はお金の減らなくなる入れ物と聞いてかなり動揺した。
あれも買えるこれも買える……うわぁ、誘惑って怖い。
タマちゃんは黒豆みたいな目をクワッと見開いてる。そんなに驚くほどの事かな?
「そんなにイロイロ欲しがってるのに要らないなんて。すごい」
心でも読めんのか?!
「読めるよ?しゅうちゅうすれば」
凄いな!でも、かっこいい事言っておいて悩んでるのもバレてるのか、恥ずかしい……
無言で落ち込む俺の肩をポンポンと叩きながら、そんなにかっこいい事でもなかったし、ゆうわくにすごい弱いのもすごかったよ?と出来たばかりの傷口に塩を刷り込んできた。
「でもね。ゆうわくにまけないのも、欲しいものは自分で手に入れるって思えるのも、とってもえらいです。」
もっと頭を下げてと言うので、言われるままに頭を下げると、精一杯に背伸びして頭を撫でてくれた。
座ったまま頭をうんと下げているから、土下座しているような姿勢なわけで、返って屈辱な気がしなくも無いのだけど。
まぁ。誉められると少し嬉しい。
それに、一番欲しいのは珍しい体験そのものなんだ。でるぞと言われて婆ちゃんの村に来たわけだし、狐に化かされ鬼火に迷ってマヨイガに辿りつくなんてのは、父親だって経験して無いだろう。