誰もいない古い家1
「もーっ!」
叫んで地面に大の字に転がる。
誰にも八つ当たりできないのが尚更イライラする。
「疲れたし、お腹減ったー!もうやだー!」
力いっぱい叫ぶ。
イタズラ成功でご満悦のタマちゃんに帰り道を聞いた所で、本当の事を言うとも限らない。嘘は付いてないけど大事な事を言わないとかでさらに迷わせてくれる事だろう。
地団太踏むように鬼火を全部踏み消すと、夜明けまで座って待つ覚悟を決めた。
村から遠く離れたわけでもないし、明るくなればこれ以上迷う事もないだろう。
さすがに悪いと思ったのか、少しションボリしたタマちゃんがニンジンいる?と声掛けてくる。俺のポッケにまだ入ってたっけ…
本格的に餓えたら食べちゃうかもしれん。
「あのね、じーっと見ないようにすればこういう術には掛からないから……。あと眉毛に唾つけると化かす術が解けるとか……。あの、あの、さっきの道こっちの方だからついてきて?」
無言で座りこんだ俺の機嫌を取ろうと、必死で気を引こうとするタマちゃん。
そっか、眉唾ってそういう意味だっけ。そういう事までわざわざ教えてくれるって事はホントに反省したのかな。
んー。でも、いままでのこの子の言動見てると、大きな害がある悪さはしない気もするんだけど、無自覚に残酷ないたずらする可能性はある。
狐に化かされるって言うと定番の『肥溜めにドボン!』とか『馬糞を饅頭だと思ってムシャムシャ!』とか絶対に避けたい。
よって、ここは動かないのが正解。
「……『わー、一杯喰わされたー!』と言わせて、笑って済ませてくれると思ったんだ……」
見上げる大きな黒い目にみるみる涙が溜まっていく。
むー。泣かせたい訳では。いや、泣きマネ?いやいや人を疑うのは良くない事だ。ヒトじゃなくて狐だけど。
……キツネ。キツネなんだよな。化かすキツネ。そこまで信用していいものか。
「ごめんね。もう純は化かさないから怒らないで」
そんな事を考えているのがわかったのか、タマちゃんはついにポロポロと涙を零し始めた。
いじめたい訳じゃないからなぁ。さすがに泣かれてしまう被害者はこっちのはずなのに罪悪感が。
しかたない、キツネを信じる信じないじゃなくてタマちゃんは信用しよう。
だって根は悪い子じゃないと思うんだ。
「その言葉、約束だからね。嘘ついたらハリセンボン飲ますよ?深海魚のやつ」
そう言って、タマちゃんの手……というか前脚を取ってユビキリゲンマン!と唱えて上下に振る。
前に父親が釣ってきてたのを乾して飾ってあるので、本当にあるんだぞハリセンボン。
「こっちもイライラしてごめんよ。お腹減ってるから心の余裕ないんだ。もう怒ってないから帰ろうか」
そう告げると、短い前脚でぐしぐしと涙を擦り、約束する!と宣言した。
「お腹減ってるの?おわびにごちそうする!」
「いや、帰る方が近いでしょ。」
「ううん。どこからでもすぐ近くだから」
と意味不明な距離感を告げてヒョコヒョコと森の奥に入っていく。
ホントに大丈夫なんだろうね、タマちゃん。
馬糞はごめんこうむるよ?
そうして。
二つ三つの茂みをかき分けたすぐ先にあったのは、藁葺き屋根の古い古い民家。
まるで、というか。完全に昔話に出てくるような古民家だった。
なんでこんな所にこんな家が?
そもそも。「どこからでもすぐ近く」ってどういう事だ?