鬼火2
父親からもきつく言われている。
婆ちゃんは怒らせるな、と。
やっと休めると思ったのにゴールが遠のいた俺は、足を大げさに引きずりながらタマちゃんを連れて表に出た。
ちょうど沈んでいく夕陽が気分とリンクしてる。
なんでお隣に醤油借りるのがそんなに嫌なのかというと、遠いから。
畑の真ん中にある家なのです。防風林の横を抜けて学校の校庭位の畑を三つ位挟んで、ようやくそこからが「お隣の田んぼ」なのだ。
鳥よけの目玉風船のある田んぼは校庭よりずっと広い。
ダラダラ歩いたせいもあるんだけど、お隣に着いた時には真っ暗になっていた。
「あら、純ちゃんひさしぶり!おばちゃんの事覚えてる?まぁ大きくなっちゃって!」
という、どこの親戚のおばちゃんも言う事を一通り聞いてから醤油を借りたい事を伝える。
なんで何処に行ってもおばちゃん達って同じ事いうんだろ。
……正月にもあったばかりなのに。
この間一緒に買ったばかりなのにと首をかしげながらも、お隣のおばちゃんから未開封の醤油を瓶ごと預かる。
そういえば、俺の昼ごはん用に置いてあったのは焼き飯だったよな……醤油あるんじゃないのか?
帰り道。うわー、完全に真っ暗だ。
道の脇の用水路に落ちたら、この瓶割っちゃうなぁ。
片手で瓶を持つのは危ないので、行きにはタマちゃんに繋がれてた手を放して両手で抱える。
「暗いからタマちゃんも気をつけてね。」
「暗いです?」
ズボンの膝あたりを捕まれたので、タマちゃんも周りが見えないのだろうと声をかけたのだが、意外そうな声が返ってきた。
あー、キツネって夜行性だっけ。夜目が利くのか羨ましい。
「灯り、いる?」
という声と同時に、タマちゃんのしっぽの先に青い火が灯る。
懐中電灯ほど明るいわけじゃないけど、ちゃんと地面が見える。凄い凄い!ケータイの画面より明るいかも。
「あのね、指をくるっと回して、しっぽに力入れてみて?」
しっぽ無いですよ俺には。
人間にはそんな事出来ないんだよって言っても、人間じゃなくていいから一回やってみてっていうので、試しに指をクルリとやってみる。
しっぽの代わりに、おへその少し下、臍下丹田といわれるあたりにグッと力を込めてみる。
「ファイアー!」
……実はかめはめ波もたまに試すんだけど、まだ出た事は無い。だから半分冗談のつもりだったんだ。やってみればタマちゃんも満足するだろうと。
指先にふわっと線香花火ほどの蒼い小さな火がでた。
そのままふわふわとシャボン玉のように風に流れて飛んでいく。
「うわ!すげぇ!やった!出た!」
一気にテンションあがった俺は、そのまま3個4個と出してみる。
タマちゃんは野球のボール大の大きさの火を出してるけど、俺はパチンコ玉くらいだ。でも数でカバーすれば充分明るくできるかも!
ちょっとかっこつけたくなって、自分の周囲に蒼い光球を纏っている感じにしてみる。風に流されるようにフラフラ動くのでちょっと大変。息を吹きかけても消えないので、走りまわって火を一箇所に集める。
「凄いなぁ!やってみればできるもんなんだな!これならかめはめ波も近いのかな?」
「これ狐火。鬼火とか、よその国だとぴくしーれっどとかも呼ばれるんだって。熱くならないから提灯代わりにも使えるよ」
蒼い光を纏って興奮してる俺に対して、タマちゃんは冷静に説明してくれる。
ん?提灯「代わり」にも?
「ねぇタマちゃん。提灯代わりって事は本来は何に使えるのさ。熱くないなら攻撃魔法じゃないだろうし」
ちょっと冷静になって聞き返した俺は、次の言葉を聞いてガックリ来た。今日一日で一番ショックだったかも。
タマちゃんはこう言ったんだ。
「うん。人を迷わせたりする時に良く使う」
自分の出した鬼火追いかけて道に迷ったやつは俺が初めてなんじゃないだろうか。
冷たい水を浴びたようにハッとした俺は、そこが森の中な事に気が付いた。
お醤油をくれたお隣さんの家も、婆ちゃんの家も見えない。
どこかで梟の「ほー」という鳴き声が聞こえた。
タマちゃんは悪くない。純君の自業自得です。
でもタマちゃんマジ鬼畜なので満面の笑みです。