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二人のタマちゃん

「そろそろ二度目の旅行に行ってこようと思うんだ」

「かまわないけど、登校日の後にしなさいね?」


……忘れてた。

カレンダーの、8月の第二水曜日に「登」の字が赤ペンで書いてあるのはその為なのだった。

宿題は一回目の旅行の前にほぼ終わらせてあるせいか、解放感がありすぎた。

毎日机に向かわせる為なのか、担任の出した一日3行の日記を付けろというメンドクサイ宿題も、昨日全部まとめて終わらせてやった。

その捏造日記によれば、今日は父親の兄にあたる親戚のおじさんが来た事になってる。


……父親は一人っ子なんだけどね。

こういう誰も傷つけない悪意の無い嘘を付くのが楽しいと思うようになったのは、タマちゃんと遊び始めてからかな?

いや、タマちゃんのせいにするのも悪いな。うん、何はともあれ、ちょっと楽しい。

なんとなく隣にいたタマちゃんの頭をなでると、びっくりしたのか急に狐モードに戻ってしまった。


登校日で思い出したけど、夏休み明けの中間試験の後には修学旅行もあるんだった。

特に買わなきゃいけない物はないけど、寝巻用のジャージでも買っておこう。

パジャマ持っていくのはなんか恥ずかしい。

リュックとかは婆ちゃんの村に行った時のでいいや。


「行ってきまーす」

「はい、いってらっしゃい。商店街の洋品店よね?車に気をつけて」

「うん、わかってる」


そんなわけで、母親にお金を貰って、狐モードのままのタマちゃんをぶら下げて買い物に出かける。

ふふ、タマちゃんは狐モードだとフワフワのモフモフでかなり可愛い。

いや、人化してても可愛いんだけどさ。なんかテレるので手を繋いだりしにくいんだよね。

だけど最近、真正面から褒めたり撫でたりすると、ひねくれ者のタマちゃんは狐の姿に戻るクセがある事に気がついた。こっちなら俺がテレる事もないから安心して連れ歩けるのだ!


「純、じてんしゃは?」

「またキャーキャー暴れるからダメ。今日は歩いて行きます」


商店街まで徒歩でポテポテ歩く。

本当は自転車で行きたいのだけど、少し長めの坂があるので帰りが大変なんだよね。

それに、下りの坂をスピード出して一気に駆け下りるのにタマちゃんがハマッてしまって、ブレーキを使うと怒るからあえて徒歩。

スピード出しすぎてタマちゃん落とすと危ないし。



坂を下った所にある商店街の、学校の制服や体操着なんかも扱ってるスポーツ洋品店を覗く。

商店街にはスポーツ洋品店が二つあるけど、こっちはジャージとか上履きとかが多くて、もう一個の店はバットやラケットの他に鉄アレイとかプロテインまで売ってる。学校用品とスポーツ・筋トレとで住み分けてるのかな。

そんな事を考えながら店内をうろついていたら、見覚えのあるクラスメートの女子が満面の笑みで30%OFFのリュックとか物色してる所を見つけてしまった。

たしかこいつは信田環(しのだ たまき)とか言ったかな。身体弱いとかで年中休んでるヤツだ。

髪の毛は凄く細いせいか、長い割にはボリュームが少なく見えるのだけど、ポニテ風に頭の後ろで結ってるから、男装しているわけでもないのに若侍みたいな印象がある。

色白で、墨みたいに髪の色が濃いから水墨画みたいな雰囲気なのもあって、日本人の俺がいうのも変なんだけど、なんだか凄く和風。服装はパステルカラーのワンピースなのに和風な印象って、ちょっと凄いと思う。


そういえば、私立でも無い同じ学校に行ってる生徒なんて、家も大して遠くないはずなのにあんまり道でばったり出くわさないよな。学校外で私服であうと何故か気まずいから良いんだけどさ。


この人も名前はタマちゃんなんだなとか思って、つい気軽に声かけてしまった。


「よう、修学旅行の買い物?」

「え…?あの…?」


向こうはこっちの事知らないっぽかった。恥ずかしい。


「ごめん、同じクラスの舞原」

「信田です。こっちこそゴメンね、クラスの顔と名前一致してなくて」


休み多いもんな、うん…

でも休みが明ければ2学期なのに知られてないってのはちょっとショックだ。


「行けるかどうかわからないけれど、準備はしとかなきゃなので。

それに準備してるだけでも楽しいのです。

わー、夜更かししてトランプとかしたりして!先生に見つかって廊下に正座とかするのかなぁ~」


両手を胸の前で合わせてクルクル回ってる。

なんだ、一見おとなしい人なのかと思ったらかなりのドリーマーだな。それも白昼夢の。

とりあえずお店の邪魔だから店内で回るのは止めさせておこうかな。


「舞原くんも買い物ですか?」

「うん。水曜日が登校日なのをすっかり忘れててさ。それを思い出したら休み明けの修学旅行の準備して無いのも思い出した。なんか休みの間に学校行くの忘れそうだよ」

「私も何度か月曜日なのにお休みだと思ってて登校し忘れた事あります」

「いや、『私も』って、俺はないからね、まだ!もしかして信田さん休み多いのって、登校するの忘れてるの?!」

「いえ、たまにです!普段はちゃんと熱出たり入院したりして休んでるんですよ!」


うわー、なんか冗談言ったら本気のボケが返ってきた!

本物って怖い。

白いスエットを買って、そのまま雑談しながら急な坂道を避けて川の土手を歩く。

信田さんは川の向こうに住んでいるらしいから、橋のところでお別れ。


「舞原くんって社会科のテストで一番取ってましたよね?がり勉の人かと思ってたけど、話しやすくてビックリしました。可愛いし」

「がり勉じゃないよ。テスト終わったら忘れちゃってるし…ってなんで可愛い?」

「ぬいぐるみ抱いて歩いてるなんて、そんなイメージなかったので」

「っ!!え、あ?!」


……うわぁ!もしかして狐モードのタマちゃん連れて歩いていると、そう見えるのか!

今まで何度もこのかっこで出歩いてた!母親も止めてくれればいいのにっ!


恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまいそうなので、さっきからずっとぬいぐるみの振りしてたタマちゃんをくすぐって喋らせてやる。


「ひゃあ~」

「わ、喋った」

「この子、タマちゃんっていうんだ。ぬいぐるみじゃないよ、俺ぬいぐるみ抱っこして歩くようなファンシーな私生活じゃないよ!」


必死で弁解。そんなお花畑キャラだなんて思われたら、もう学校に行けない。


「なんだよぅ。純のうわきものー!ものわかりのいいツマを演じてあげてたのに」

「タマちゃんが演じてたのはぬいぐるみで、俺は危うく変な誤解されるとこだったんだ」

「え、なになに?なんで喋るの?」


しゃべるキツネにびっくりする信田さん。うん、それが普通の反応だよな!

婆ちゃんも両親も普通に受け入れてたから、なんか狐は喋るのが普通なのかと思い始めてたよ。


「でも、妖怪なのとか隠しておかなくて良かったの?ぼくしゃべらないほうが都合良かったと思うよ?」

「中学生男子がぬいぐるみ抱っこして歩いてると思われる位なら、妖怪連れて歩いてる方がマシです」

「ねぇねぇ、その子ってキツネなの?妖怪なの?」


確かにしゃべらないでじっとしてれば妖怪って事は内緒にしておけるけど、タマちゃんの事だからイタズラ心もあったと思うんだ。

だって、普通にモフモフの小動物のフリだってできたわけだし。


「ちなみに、いくらフワフワだからって、チャウチャウとかトイプードルとかの真似はヤだからね。大妖怪のまつえいのプライドがあります」

「犬はアウトなのにぬいぐるみはセーフなの?」


俺の眉間の当たりをじーっと見つめたタマちゃんが、まるで心を読んだかのようにピンポイントに犬のフリを否定。


「教えてよ!っていうか、かーまーってよー!!!」


信田さんが拳を振り回して怒鳴ってる。

息切れしたのか、貧血を起こしてうずくまってしまった。



その後、河原のベンチに信田さんを座らせる。ついついほったらかした事を謝ってから、改めてタマちゃんの事を紹介した。

目の前でポンと人化術を披露して驚かれ、狐の妖怪でいろいろあって俺の妻になるんですと紹介してまた驚かれた。

家族と違って良く驚いてくれるのが面白くて、俺も狐火でも披露しようかと思ったのだけど……とんでもない爆弾発言を落としてくれた。


「妻?妻って結婚相手の妻?」

「うん、そう。結婚式はして無いけど、俺から名前尋ねたからそういう事になるみたい」

「そういうキマリなの。純はもうぼくの!」


誇らしげに薄い胸を反らせるタマちゃんだが、次の言葉を聞いて固まる事になる


「……戸籍はどうなるの?」


なにそれ?と俺の方を向いて、クキッと音がしそうな勢いで首をかしげるタマちゃん。


「えっとね。戸籍制度っていうものがあってね。豊臣秀吉の時代だったかな。太閤検地と人掃令いうものが」

「待った待った!そんなテストに出る戸籍の歴史を聞いてるんじゃないと思うよ、舞原くん!」


だよね。

戸籍については、信田さんが説明してくれた。

人が生まれたり結婚したり死んだりするときに、それを国が知って置く為の記録だよ、と。


「それがないと、けっこんできない?」


呆然としたようにタマちゃんがポツリと呟く。あわわ、今にも泣きそうだ。


「そんな事ないよ。さっきも言ったけど戸籍制度が作られたのは秀吉の時代だし。それより前にも結婚してる人はいるんだから、無くても結婚できる。あくまでお役所の制度の事だから」


袖の部分に当たる毛皮でぐしぐしと目を擦るタマちゃんを撫でてあやしていると、うわぁ~らぶらぶぅ~と信田さんが囃したてる。


「ご、ごめんね。私たちからしたら400年以上昔の歴史だけど、キツネの大妖怪なら知らなくても当然かも」

「しつれいなっ!ぼくはまだ10才だよっ!」


年齢の話はタブーかと思いきや、まさかの見た目通りの年齢。信田さんの必死のフォローも不発。タマちゃんはプイッとそっぽ向いてしまった。

タマちゃんが400歳のお婆さんとはさすがに思わないけど、変身できる妖怪なのだから見た目の年齢は当てにならないって思っても仕方ないと思うんだけど。ねぇ?


「……お婆ちゃんは物知りだったらしいけど、おかあさんは人里に出てないから知らなかったのかも。そういう事は教えて貰ってないから。だから教えてくれてありがと。プイってしちゃってゴメンね?」

「あ、うん。こっちこそ御免なさい。私、考えた事ついつい口から出ちゃうから。妖怪って戸籍どうなってるのかなーって思っちゃって」


プイっとしたそうそうにすぐに思い直して、謝っただけじゃなくてお礼まで言える。

タマちゃんのそういう所ってほわほわしているっていう、なんていうか。なごむなぁ。

最初は名前聞いただけでいきなり結婚している事になっちゃったと思ったけど、ずっと一緒にいられるならホントにそれもいいかも。最近そんな風に思ってしまう。


そのまま、少し優しい目つきでタマちゃんを撫でてたら、信田さんが反対側に寄って来て撫で始めた。



このあと、信田さんとタマちゃんはすっかり仲良しになってしまった。

信田さんの着られなくなった服を貰ったり(また服が増えた!)ガールズトークしたりするらしい。

タマちゃんはうちに来てからずっと俺と一緒に行動していたから、同性の友だちができたのは良い事なんだけど。


ちょっと、取られたみたいで。うん。

どう書こうか迷っていたのですが、感想いただいて舞い上がって一気に書いてしまいました。

書きそびれている伏線は少しずつ書いていけばいいや、と。


のんびりペースですがこれからも純君とタマちゃんをよろしくお願いします。

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