恐るべき罠
帰りが遅い父親になかなか会えないまま数日が過ぎる。
その間に色々試してみて、俺とタマちゃんの二人とも、お寺も神社も教会も一切問題が無い事が確認できた。
いや、問題が無いどころか、神社仏閣巡りがすっかり楽しくなってしまった。
「今度、出雲大社とかいってみようか?」
「とうしょうぐーとかも行ってみたいかも?」
夏休みはまだ半分近く残っているし、自転車旅行をもう一回やってみたい。でも、遠くだと旅費が辛いからなんとか近場で良い場所を見つけたい。
図書館でも行って資料探ししようかな。
「純、タマちゃん。オヤツ買ってきたから食べなさい~」
そんな事を考えていたら、母親から声が掛かった。
最近、母親が毎日のように甘い物のおやつを買ってくる。
以前は気が向いた時に作る手作り菓子と、たまにお客様が手土産で持ってきた物以外にはあんまりオヤツを食べるっていう習慣は無かったんだけど。
タマちゃんがあんまりにも美味しそうに食べるのが楽しくて、ついついおやつを買ってきてしまうらしい。
タマちゃんを連れてリビングに行くと、近所のケーキ屋で買って来たらしいシュークリームが出ている。
人化状態でも背の低いタマちゃんは、椅子の上にクッションを置いてその上に正座する。
「純、紅茶入れてくれる?」
「ぼくも純の入れたこうちゃが飲みたいなぁ!」
母親とタマちゃんが共謀して俺にお茶を入れさせようとしている。
少し前に紅茶のゴールデンルールという物を知り、茶葉の量を量ったり蒸らして飲む事を試して以来、お茶入れ担当になりつつあるみたいだ。
自分ではティーバッグをヒョコヒョコやって入れる紅茶と、どう味が違うのかよく判らないのだけど、俺が入れると美味しいと言われると悪い気はしない。
便利に使われている気がしないでもないけど、さっそくお湯を沸かしに行く。
しかし、タマちゃんは「美味しい」って口にするだけで、自分は一歩も動かずにおやつとお茶をゲットしてるんだな。変身できる事よりそっちのが凄いよ。
……いや、上手く人を動かすってのも騙す技術なのか?
あんまり考えると怖くなりそうなので止めとこう。お湯も沸いたし。
紅茶をいれたポットと、3人分のカップを持ってリビングに戻ると、母親の奇妙に楽しそうな視線を感じる。
そしてタマちゃんは「自然過ぎるほど自然に」テレビに夢中になっている。
お茶が来るまでシュークリームに手を付けずに待っていた二人なのだ。無言なのがそもそも不自然だ。
何か企まれてる。
テーブルの上を見ると、お皿に乗せたシュークリームがそれぞれの席に置かれており、母親の側にはさっきまでシュークリームの入っていたケーキの箱を畳んだ厚紙と台布巾が、タマちゃんの手元にはテレビのリモコンとストローがある。
ストロー……?
これか!
不自然なストローをこっそり観察すると、端っこにカスタードクリームが付いているのがわかった。
なるほど。
シュークリーム+ストロー+無言のタマちゃん+楽しそうな母親。
おそらく、空いている席に置かれている俺のシュークリームには既に中身が無いのだろう。
母親の視線は、そのリアクションを期待しているのを隠し切れていない為の物なのだ。
で、タマちゃんは口の中にまだクリームがあり、それを隠しつつポーカーフェイスを貫く為にテレビに夢中になっている振りをしている……
そう読み切った俺は、さっそく反撃に出る。
何度も何度も騙されるばかりの俺じゃない。
紅茶を注ぎながら、二人に声をかける。
「俺のシュークリーム、少し小さくない?」
「そんな事無いわよ」
「めのさっかくです」
即座に言い返してきた事で、シュークリームへの細工を確信する。
「タマちゃん、俺のとそっちの。じゃんけんで選ばない?」
「いいよ」
不敵にニヤリと笑うタマちゃん。
食器の片付けやお風呂掃除など、今までは俺の仕事だったものだが、タマちゃんが来て以来は二人で交代とされている。これを俺達はじゃんけんで決めている。
このじゃんけん勝負で、タマちゃんはかなり高い勝率を叩きだしているのだ。
意地汚いわねぇと笑う母親も、興味津津と言った様子で見ている。
「じゃ、行くよ。最初はグー…」
握った手を前に突き出すタマちゃん。
それを見て俺は勝利を確信した。
タマちゃんは、普段からじゃんけんの時にチョキが多い。だが、「最初はグー」にすると必ずチョキになるのだ。
この数日、わざとチョキであいこにしたりパーを出して負けたりして来ていたのは、こう言う時の為だったのだ。今こそ使いどころだろう。確実に勝たせて貰う。
「「じゃんけん!ポン!」」
二人の声が完全に重なり、俺はそのままグーを出す。
そしてタマちゃんは予想通りにチョキを出していた。
「よっしゃあぁぁ!」
出したグーをそのままガッツポーズにして叫ぶ。
ホントこの子ったら子供ねぇと母親が溜息などついているが、この勝利はただシュークリームを手に入れただけの物ではない。
今後のタマちゃんとのじゃんけんでも「勝ちたい時に勝てる」という事が確認できた喜びなのだ。これに気付かれない様に、しばらくは続けて負けておいてあげるか。
勝率が高ければ、重要な勝負には負けている事に気付くのも遅れるだろう。
ぽよぽよした眉毛をハの字にしたタマちゃんは、ハサミにした指先で悔しそうに俺のグーを切ろうとしながら
「うわー。大きい方取られちゃったなぁ」
などと呟いている。
悪いが、大きい方じゃ無くてクリームの入っている方だって事には気付いているんだ。
意気揚々とお皿を交換すると、シュークリームにかぶりついた。
その瞬間。
押し寄せる違和感。
母親の先ほどと変わらない興味津津の視線と、隠そうともしないタマちゃんのニヤリ。
そして勝利宣言。
「ね?うまくいったでしょ、ママさん」
「ホントね、凄いわぁ」
なんで?
どうしてタマちゃんの前にあった方なのに中身が無い?
「ぼくは悪くないからね。自分の分を、イタダキマスする前に中身だけ食べちゃっただけだから」
「交換しようって言ったのは純ですものね?」
顔を見合わせて笑い、ハイタッチする二人。
つまりは、わざとクリームを付けたストローを置いたのも、母親の視線も。下手したら紅茶を入れさせる所から全てブラフ・・・っ
呆然とする俺に、タマちゃんが「小さいほうの」シュークリームを二つに割って差し出し、とどめをさしに来た。
「純、はんぶんあげるよ、純のだまされた顔たんのうしてお腹いっぱいだから!」
タマちゃんはちゃんと約束を守っています。
タマちゃんは純を騙していないのですから……




