異種婚姻譚のルール
家に帰って来て早々、タマちゃんは母親に大歓迎を受けた。
母親が言うには『娘も欲しいと思ってた』んだそうだ。散々言われてたから知ってるって。
「えっと、この子、タマちゃんって言うんだ」
「タマちゃんうちの子のお嫁さんになってくれるの?」
「うん!」
「それで……婆ちゃんの村に行く途中でキツネに化かされてさ。この子がそのキツネなんだ」
「まあ!タマちゃんキツネなのね!」
「うん!」
「でね。キツネが化けてこの姿なんです。うちで一緒に暮らしていい?」
「もちろん良いわよ。変身だなんてタマちゃん凄いのねぇ。こっちの服も着てみてくれる?」
「うん!」
……物事に動じない人だとは思っていたけど、ここまでとは。
あらぴったりじゃない!とか言って着せ替えして大喜びしてる、らしい。
らしいというのは、ソッチ向けないので後ろ向きに会話しているから。
なんで女の子用の服があるかって言うと、俺が小学生の低学年の時にフリマとかで買って着せ替えさせられた時のが取ってあったらしい。
ホントに女の子が欲しかったんだな。男に生まれてすいませんね!と捻くれずに育ってこれたのは、父親は男に生まれてくれて良かった派だったからだな。
電車の中で奪われたお弁当のご飯分を補充するために、台所で冷凍してあるご飯を解かしてふり掛けで食べていると、タマちゃんがみてみてと叫びながら掛け込んで来た。
デニム地の少し大きめのワンピースを着て、髪の毛も綺麗に梳かして貰ったらしい。俺の前でくるくるっと回って見せる。二周回って止まると、首をクキッと傾けて俺の顔を無言で覗き込む。
あー……えーと。
これはあれだね。漫画の主人公なんかが遭遇するお約束のイベントだけど、俺は漫画の主人公じゃないからさらっとクリアしちゃおう。
「お、似合ってるね、可愛い可愛い!」
「……っ」
どうかな?と言いたげに覗き込んでいた顔がさっと赤く染まり、そのまま後ろ向いてドタドタと走って逃げて行った。
勝った!
……しかし、ホントに顔が赤くなってたけど、「妻です」とか本気なのかな。
確かに会って早々に可愛いって言ったけどさ。あの時はふわふわしたキツネ姿だったんだけどなぁ。
晩ご飯を食べ、母親と一緒にタマちゃんがお風呂から上がったのを確認してから風呂に入り、テレビを見ながらダラダラしていると父親が帰ってきた。
既にお約束になりつつあるタマちゃんの宣言を聞いて、少し驚いていたようだが「そうかそうか」と受け流している。キツネなんだよって教えても「尻尾出てたりしないんだな」とか、普通に受け流してた。この人も動じないなぁ。
父親がご飯を食べ終えて風呂上がりにビールを飲み始める頃には、さすがに子供のタマちゃんはウトウトし始めていたので、客間に敷いた布団に運ぶ。寝ても人化術って解けないんだな。
戻ってくると、父親にちょっと座りなさいと呼ばれた。
「なぁ純。お前、あの子と何か『約束』とかしたか?」
「んー、俺の事は騙したりしないって約束させたよ。ハリセンボン飲ますって言って」
「いや、お前がさせた方じゃ無くって。鶴の恩返しとか浦島太郎はしってるか?」
「しってるけど?」
「ならわかるだろう。昔から日本には、人間と人間以外の物が結婚する話はあった。
そしてその多くには『してはならない』という約束をさせられているんだ。
『機織りをしている間、決して覗くな』とか『玉手箱を開けるな』とか。他にも雪女だと『この事を話すな』なんてのもある」
父親によると、人間以外との結婚話では『約束』を守るかどうかが、ハッピーエンドになるかどうかの切っ掛けになるというのだ。
妖怪と出会い、約束を守り通せば富や名声などの幸せが待っている。だが、約束を破るとそれらは去ってしまうし、最悪の場合殺されてしまうのだ。
と、婆ちゃんに貰った漬物をおつまみにビールを飲みながら語った。
「何か、思い当たる節は無いのか?」
「そんな事言われても、そもそも妻ですって言い張ってるのもタマちゃんが勝手に言ってる事だし。
昔話のお約束っていうなら、マヨイガに連れて行ってもらったけど、この竹筒しか貰わずに出て来たし。
婆ちゃんも最初はタマちゃんを警戒しててお札とか貼ってたんだけど、なんか『見てはいけない妖怪』とかいうのからタマちゃんが守ってくれてから信用してくれてたよ」
「……ほんの数日で随分な大冒険だな。ちょっとあった事全部話しなさい」
「結構長い話になるよ?明日も仕事じゃないの?」
「いいから」
俺もそろそろ眠いのだけど、しかたないからタマちゃんに化かされて散々走りまわった時の事から全てを話した。
狐火を出せた事、マヨイガに色んな物があった事、婆ちゃんに守り刀を貰った事、全部話した。
話し終わった時には日付が変わっていたが、父親は一言も口を挟まずに最後まで聞くと、大きなため息を吐いた。
「あのな、結論から言うとな?お前、多分もう人間じゃないかもしれん」
「……え」
「ただの人間がファイヤーって狐火なんて出せるか。その段階で変だと思えよ」
「いや、かっこよかったから」
「気持ちはわかるが。手から火は出ないだろ、普通」
マリオなら出るよとか言いたかったけど、結構真剣な顔してるからやめておいた。
人間じゃないってどういう事だろ、死んでるとか?まさかだんだん狐になるとか?
「あのな、まだ社会科で習って無いかもしれないが。大昔は、名前を尋ねるというのは結婚の申し込みの意味があったんだよ。で、教えるのはそれを承諾した証だ。万葉集の歌にもそんな求婚を歌った物がある。」
「タマちゃんは、そんな大昔の人じゃないと思うよ?」
「タマっていう名前はお祖母ちゃんから貰ったって言ったんだろ?
日本で有名な狐でタマっていうと、玉藻の前だ。白面金毛九尾の狐の事だよ。そのお孫さんだとしたら、あの子が若くても、タマちゃんの親はかなり古い知識で育ててる可能性はあるだろう」
えーと、つまり俺が先にタマちゃんに求婚したって事になってるのか。
でもなんでそれで人間じゃないのさ。
「お守りを貰った時にピリッとしたって言ったな?そのお守り袋開けてみろ」
言われるままに開けて、ひっくり返してみる。
中身は灰の様な、細かい砂の様な物しか入って無かった。
「タマちゃんが部屋に入ったら、お札は燃えたんだよな?
で、お前が触ったお札も同じように灰になってる。
わかりやすく言えば、お前は『属性が狐』って事なんじゃないか?
母さんだって結婚前は旧姓だったが、俺と結婚して『舞原』という苗字になったように。
お前は狐に求婚して受け入れられた事で、狐妖怪に婿入りしたんだ。
お前がタマちゃんを家に誘った時に降ったという『天気雨』も、別名は『狐の嫁入り』と言って、嫁入りの為の行列をしている時に降る物だって言う言い伝えがある。」
なんてこった。俺、妖怪になっちゃったのか!
「とうさ…父親!俺どうすればいいんだろ!」
「どうしたいんだ?」
コップに水を注いで一気に飲み干し、冷静に考える。
選択肢は二つ。この状況を受け入れるか、受け入れないか。
受け入れない場合は……そうか、婆ちゃんが警戒してたのはこう言う事なのか。そしてその為の守り刀。
受け入れる場合は……あれ、特に困る事って無いな。
「ねぇ、俺って尻尾が生えてきたりするのかな?」
「わからんが、そういうものじゃないと思うぞ」
「何か困る事ってあるのかな?」
こう聞き返して見ると、父親もしばし無言で考える。
「妖怪だとしたら、神社に近寄れないとか、そう言うのがあるかもしれん。」
「吸血鬼になるとかだと、色々困るけど。外見は人間のままで狐属性になるだけなら、特に困らないんじゃない?」
「いや、お前はそれでいいのか?」
「明日にでも、神社言ってみたり油揚げ食べてみたりしてみるよ。不都合が無いなら別にいいかなって。タマちゃん可愛いし。特に好きな女子とか居ないし」
父親はしばらく固まっていたが、冷蔵庫に行ってビールをもう一本取ってくると一気に飲み干して呟いた。
「……お前は大物だよ」
一気に伏線を回収したせいか、少し長くなりました。
そしてようやく妖怪生活が始まるわけです。