人化術と変化術
雨もすぐに止んで、何事もなく駅に着いた後、自宅まで半日ほどの小旅行気分を楽しもう。
二人分の電車代は無かったので、キツネモードになって鞄に入って貰おうと思ったけど、ちゃんとお金は持ってると言うのでそのまま乗った。
まぁ、自動券売機にお札が認識されなくて、窓口で買ってたあたりはちょっと…いや、だいぶアヤシイのだけど。
焼き肉弁当とイカ飯を半分こしながら食べてる時に、窓の外にカカシが見えたのでちょっと聞いてみる。
「ねえ、タマちゃん。最初に会った時にカカシになってたよね?あれって何にでも変身できるの?」
「カカシで良ければ」
なぜか鼻先にご飯粒を付けたタマちゃんが箸を咥えながら答える。お行儀悪いと叱るべきか。
「カカシにしかなれないの?」
「人間は人化術だからこの姿だけ。変化術はいろいろ変身できるけど、あんまり細かいところまでうまくいかないよ」
「あ、違う術なんだ?」
「ぜんぜんべつ。変化は騙してるだけだから、まゆつばされると解けちゃうし」
ちょっと犬食い気味に弁当箱に顔ごと近付けて焼き肉弁当から顔をあげると、ご飯粒が二つになってる。
これはご飯粒を取ってパクッていうアクションをやって欲しいという前フリなのか。
「カカシなら顔とかのばらんすが変でも気にしないけど。変化で人に化けると『ふくわらい』みたいになる。
……まだ、うまくないから」
「上手いヒトだと、いろんな姿になれたりするんだ?」
「絵を描く時に……」
箸を筆に見立てて空中にぶんぶん振り回し始めた。さすがに手首を抑える。
無意識にやってた事なのか、申し訳なさそうに素でゴメンとつぶやくと、話を続けた。
「絵を描く時にね。『見ないで書く』のが変化なの。じょうずなヒトはそれでもそっくりに変われるけど、かなりれんしゅうひつよう。」
「おー、わかりやすい。じゃ、人化術はどういうもの?」
「こぴぺ」
……わかりやす過ぎる。
焼き肉弁当を俺に押し付けてイカ飯と交換。鼻の上のご飯粒は諦めたのか、自分で取って食べてる。やっぱり取らせようとしてたのか。
「だから、人化術はこまかい顔の調整とかできないよ。」
「その姿だけにしかなれないんだね」
じゃあ、この姿が『タマちゃんの人間としての姿』って事か。
お肉にほとんど手を付けてない代わりに、ご飯は食べ尽くされてる。その上、人参のナムルを全部残されている。これを半分こと呼ぶのだろうか……
仕方なく全部食べた所で、タマちゃんのさらなる暴挙に戦慄する。イカ飯の中身だけ食べてる…!
俺の驚愕の表情には目もくれず、イカをほじりながら人化術講座は続く。
「ぼくはやらないけど、他の姿に人化する方法もあるよ。わるい術だけど」
「悪い術なんてのもあるんだ?」
それはイカ飯への冒涜以上の悪い事なのだろうか。そして俺はイカだけ食べる羽目になるのだろうか。
「人のね。血とか髪の毛とかを貰っておけば、姿をうばえる。猫の妖怪でそういう事ばかり狙うのもいるんだって」
「火車とか、死体を盗んでくとか聞いた事あるよ。それの事かな」
そうそうと答えながらイカ飯の飯抜きイカを押し付けられた。火車は死体を奪い、子狐はご飯を奪う妖怪と言う事か。
「だからね、変化の術で人間に化けたりすると、しっぽやヒゲが出ちゃったり、鼻の周りだけ黒かったりってなったりする。これは化けるヒトみんなそうだから、じっくりかんさつすればちゃんとわかるよ、って聞いてるの?!」
後ろ向いて車内販売が来ないかキョロキョロしてたらタマちゃんにキレられた。
肉と人参とイカしか食べてない……穀物欲しいです。
自宅近くの駅前コンビニでパンでも買えばいいやと、物足りないのは我慢してウトウトと昼寝。
話聞いてなかった事で不貞腐れて横向いてたタマちゃんが、そのまま寝てしまったから。
タマちゃんはきっと、婆ちゃんの家に着いた時みたいに「妻です」とかやる為に、その姿のままでウチにくるつもりなんだろうけど……
母親は高レベルのボケ殺しだから凄いスルーされて困る姿が目に浮かぶ。
狐火の時の仕返しと言う訳ではないけれど、慌てふためく姿を見せて貰うとしよう。
数時間後。
電車を乗り換えて自宅駅前で降り、菓子パンを二つ買って(タマちゃんはまだ食べるらしい)食べながら家までの道を歩く。
「ただいまー」
「お帰りなさい純君。風邪とか引かなかった?」
「こんにちは、純君にキュウコンされました。純君の妻です」
「あら、昔から娘も欲しかったのよ、ちょうど良かった。頂き物のケーキあるから上がって手を洗ってて。純君洗面所案内してあげて?」
そのまま台所に立ち去る母親。
目をクワっと大きく見開いて固まるタマちゃん。振り向いた表情が、全力で「なにあれ」と告げている。
はい、あれは俺の母親です。