天気なのに雨が降る
結局その夜は、金縛りにあう事もなく、奇妙な足音に悩まされることも無くぐっすり眠れた。
とは言っても、この家で寝るのが怖い事には変わりない。
「出るぞ」と言われて面白がってこの村に来たのに、怖い話聞いて逃げ帰るのはしゃくだけどさ。
これ以上この家にいるともっと怖い話を聞かされそうだし。
2泊したからそろそろ帰ろう。
うん、決めた。
朝ごはんを食べながら婆ちゃんにそれを伝えると、漬物用意するから持って帰りなさいって言ってくれた。やった!
乗ってきた自転車は折り畳めるヤツなので、帰りは駅まで行ってそこから電車の予定。駅弁は何食べようかな。
立つ鳥後を濁さずと教えられているので、キチンと掃除をしていこう。箒を借りて畳の目に沿って掃く。
部屋の隅に盛り塩の様に灰が積もってる。なんだこれ。
ああ、昨日の件でタマちゃんが部屋に入った時にお札が燃えたからか。貼ってあったお札なくなってるし。
……灰。そういえば貰ったお守り袋から少し零れたっけ。
あの時はタマちゃん近寄って無いから、キツネ除けのお札が燃えたはずは無いんだけどな。お札を燃やした灰とかにも魔よけの効果があって、最初からそれが入ってるのかな。
「婆ちゃん!燃えたお札の灰って箒で掃いていいの?」
「掃いて、固く絞った雑巾で拭きなさい」
しまった。やる事が増えた。
掃除を終えて、お守り袋を付けたリュックの一番下に婆ちゃんの漬物を入れたタッパーをしまい、その上に洗って貰った着替え類を詰めて、真ん中に守り刀を置く。
その上に婆ちゃんは飴とかチョコとかをドサドサ入れてくれた。嬉しいけど爺ちゃんの形見の短刀の上にそんな事していいんだろうか。
さらにそのお菓子の上にタマちゃんが竹筒を置いた。マヨイガのか……持って来ちゃったんだね。まぁいい、入れておこう。
使ってた布団は干し、食器を洗い、タマちゃんをビニール袋に詰めてハンドルに掛ける。準備おっけー!
「またいつでもおいで。次来る時はお盆にすると、爺ちゃんにも会えるからね」
怖いってば!
何時までも手を振っててくれる婆ちゃんに、振り返って大きく手を振ると走りだした。天気も良いし、絶好のサイクリング日和。
タマちゃんはコンビニ袋に入って揺られているのに飽きたのか、袋から出ると自転車のフレームにつま先立ちになり、ハンドルの中央にしっかりつかまったまま乗っている。
んむむ、タマちゃんはどうしよう。連れて帰っちゃって良いのか。
「ねぇ、タマちゃんはどうする?会った所までおくろうか?」
と本人に聞いてみた。
「んー、純のおうちは遠いの?通っても良いんだけど。一緒に暮らしちゃダメ?」
ずいぶん気に入ってくれてるらしい。
とは言え、この子まだ子狐だよなぁ。
「お母さんとか家族は一緒じゃないの?」
「お母さんはね、お祖母ちゃんみたいにりっぱになれって。国をかたむけられるくらいになりなさいって言われたから、家を出てしゅぎょう中なんだよ」
妖怪の世界も大変なんだな。こんな小さいうちから巣を出て修行とかするんだ。
しかし、国を傾けるってどんだけ力持ちなんだよタマ祖母ちゃん。
「なら、さ。うちの子になる?」
そう聞いてみると、タマちゃんは体をひねって俺の顔を見上げ、ぱぁーっと輝くように笑った。
そしてとめてとめてとハンドルを叩いて自転車を止めるよう指示すると、ぴょこんと飛び降りてふかぶかと頭を下げてこう言った。
「ふつつかなきつねですが、よろしくおねがいします」
あはは。それじゃお嫁にくるみたいだよ。
と思ったが、天気なのに急に雨が降って来たのでその言葉を飲み込み、早く乗ってと急かした。
けれどキラキラした雨の中でタマちゃんはその場でくるりと回ると、ポンッというシャンパンのコルクを抜いた時の様な音を立てて姿を変えた。
そこに立っていたのは、もふもふしたぬいぐるみっぽいキツネではなく。
日差しが透けると赤茶色に見えるつやつやしたショートカットの髪の毛、グレーの無地Tシャツの上にパーカーを羽織り、短いズボンからは細い日焼けした脚。後ろの部分をちょこんと結んだ髪の毛が被ったキャスケット帽から尻尾のように飛び出した……10才くらいの女の子だった。
「……なんでそんな姿に?」
「女の子だったんだ、とか言わなかった所はひょーかしましょう」
指を立てて偉そうに胸を張る。
確かに。俺、タマちゃんの事小さい男の子みたいに扱ってたからなぁ。メスだったの?とか言わなくて良かった。
しかし突っ込み入れるなら年齢だよ。話し方からもっと人間年齢で言えば小さい子かと思ってた。
「人里に行く時はちゃんと人の姿にならないとね。」
にまにまと笑う悪戯を企んでそうな表情は、姿を変えても間違いなくタマちゃんらしいと言える表情だった。
天気雨って別の呼び方しますよね…っていう話でした。
「キツネに化かされてる1~4」は短く刻みすぎていると感じたので、一つに纏めさせて頂きました。