出発まで
事の発端は父親かもしれない。
父親に化かされた。
いや、ばあちゃんかもしれない。むしろばあちゃん自体が妖怪みたいなもんだ。
旅行好きな両親は俺が学校にいっている平日でも、平気で夫婦だけで旅行に行くし、それがまたありきたりな観光地じゃなくて面白そうな場所ばかり行って来る。秘湯とか秘境とか。
父親は結婚前には、青春18きっぷを使って鈍行列車で日本横断とかしたらしい。
・・・縦断ではなく横断。千葉スタートの新潟ゴールとか。何が楽しいんだ、いや本人異様に楽しそうに語ってた。
そういうのを聞かされたり見て育った俺、舞原純は「自転車で日本一周」とかをぜひやりたい中学生になってしまったわけなのです。
中学一年生の時にも散々親を説得したのだが、子供の一人旅は危険だと散々反対された。
そこで、一年間…なんだか親の思う壺な気もするけど、成績を10位以内にキープ出来たら、学生の本分を果たす能力ありとして楽しみも満喫していいという交換条件をとりつけた。
家出したり、夏休みにかってに旅行に行ったりしなかったのは、結局真面目だったのかもしれない。
とはいえ一年間の努力が実って、数学以外の国語英語理科社会ですれすれだけど学年10位以内。これでなんとか中学2年生の夏休みに冒険に出る許可を取り付けたのだった。
最初の一人旅の目的地をどこにしようかと迷っている俺に、父親はこう言ったのだ。
「婆ちゃんち覚えてるか?あの山奥の村な……でるぞ?」
結局、安全な身内の所にいかせようと考えているのがバレバレで少しげんなりしたけど。
車でしか行った事のない田舎に自転車で行くっていうのも面白そうだ。
こうしてまんまと乗せられた俺は、新しい折りたたみ自転車と地図にコンパス。山ほどの携帯食糧とドリンクとお菓子に婆ちゃんへのお土産を背負って走りだしたわけです。
さいたま県穴沢村。なぜか地図にも電話帳にも載って無い、関東のアナザーワールドに。