第21話『入らないドレス』
文化祭まで、あと八日。
放課後の家庭科室には、ミシンの軽やかな音が響いていた。
テーブルの上には、白とピンクのフリルがたっぷりついたドレスが広げられている。
家庭科部の部長が満足そうに言った。
「よし、完成!」
その言葉に、周りにいた女子たちが一斉に声を上げた。
「きゃー!」 「可愛い!」
美咲も目を輝かせてドレスを持ち上げる。
「玲奈の女装コンテスト用ドレス!」
玲奈は少し緊張しながら、そのドレスを見つめた。
胸元にはレースと小さなリボン。
スカートは何枚もの生地が重なっていて、ふんわり広がるデザインになっている。
まるでお姫様みたいだった。
「玲奈、早く着てみて!」
美咲が背中を押す。
「う、うん……」
玲奈はドレスを抱えて、家庭科室の奥にある簡易更衣スペースへ向かった。
カーテンを閉め、制服のシャツのボタンを外していく。
(こんな可愛い服……)
(私が着ていいのかな)
少しドキドキしながら、ドレスに腕を通す。
スカートがふわっと広がった。
「……わあ」
思わず鏡を見る。
確かに可愛い。
けれど――
ファスナーを上げようとした時だった。
「……あれ?」
背中のファスナーが途中で止まった。
玲奈はもう一度引き上げる。
ぐいっ。
……止まる。
「え?」
もう一度やる。
ぐいっ。
やっぱり閉まらない。
玲奈は慌てた。
(どうして……?)
ドレスの胸元がきつい。
明らかに胸の部分だけが合っていない。
カーテンの外から美咲の声がした。
「玲奈ー?」
「どう?」
玲奈は困った声で答える。
「み、美咲……」
「ちょっと来て……」
カーテンが開き、美咲と家庭科部の部長が入ってきた。
そして玲奈の姿を見た瞬間――
「あ」
「なるほど」
二人は同時に理解した。
ドレスはちゃんと着れている。
でも胸元のファスナーだけが閉まっていない。
美咲が玲奈の胸を見て言った。
「玲奈……」
「胸、大きくなってない?」
玲奈は一瞬で顔が真っ赤になった。
「さ、最近ちょっと……」
家庭科部の部長がメジャーを取り出した。
「ちょっと測らせて」
「えっ!?」
玲奈は恥ずかしそうに腕を上げる。
数秒後。
部長は少し驚いた顔をした。
「前に測ったサイズより大きくなってる」
美咲も目を丸くする。
「え、マジ?」
玲奈は俯いた。
「最近……なんか膨らんできて……」
「自分でもよく分からなくて……」
美咲は少し考えてから笑った。
「成長期かな」
「ええ!?」
家庭科部の部長も笑う。
「大丈夫大丈夫」
「胸の部分少し直せば着れるよ」
玲奈はホッとした。
「よ、よかった……」
その時だった。
ガラッ。
家庭科室のドアが開いた。
「先生ー、文化祭の道具……」
入ってきたのは翔太だった。
翔太は歩きながら言葉を止めた。
目の前に――
ドレス姿の玲奈。
しかも胸元のファスナーが閉まっていない。
翔太の動きが止まった。
「……」
玲奈は慌ててカーテンを引き寄せる。
「み、見ないで!」
翔太は慌てて後ろを向いた。
「わ、悪い!」
でも一瞬だけ見えてしまった。
翔太は頭をかきながら言う。
「……その」
「普通に似合ってた」
玲奈は顔を真っ赤にする。
美咲がニヤニヤしながら言った。
「でしょ?」
「玲奈、優勝候補だから」
翔太は少し照れたように言った。
「……本番」
「楽しみにしてる」
そう言って箱を持って家庭科室を出ていった。
ドアが閉まる。
家庭科室の中は一瞬静まり返り――
次の瞬間。
「きゃーーー!!」
女子たちが騒ぎ出した。
「翔太、玲奈可愛いって言った!」 「絶対意識してる!」
美咲は玲奈の肩をポンと叩いた。
「玲奈」
「うん?」
「文化祭、絶対優勝しよう」
玲奈はまだ顔を赤くしながら、小さく笑った。
「……うん」
文化祭まで――
あと八日。
玲奈のドレスは、
胸元を少しだけ作り直すことになった。




