第15話『女子更衣室に入る日』
その日の朝、玲奈は少し早く学校へ来ていた。
まだ教室にはほとんど人がいない。
窓の外では、校庭の木が春の風に揺れていた。
玲奈は机に座りながら、静かに考えていた。
(今日……話すんだ)
胸の奥が少しだけ緊張している。
昨日の帰り道、美咲と話したことが頭に浮かぶ。
「ねえ玲奈」
「うん?」
「そろそろさ」
「なに?」
「更衣室のこと、ちゃんと相談してみたら?」
今までは体育のとき、備品室で一人で着替えていた。
先生が配慮してくれて用意してくれた場所だった。
でも――
みんなが更衣室へ行く中で、
一人だけ別の場所へ向かうのは、やっぱり少し寂しかった。
(普通に……みんなと同じようにしたい)
玲奈は小さく息を吸った。
そのとき。
「玲奈ー!」
教室のドアが開き、美咲が入ってきた。
「おはよう」
「おはよう」
玲奈は少し笑った。
「早いね」
「今日はね」
美咲は席に座りながら言った。
「先生に相談するんでしょ?」
玲奈はゆっくり頷く。
「うん」
ホームルームが終わったあと。
玲奈と美咲は職員室へ向かった。
ドアの前で玲奈は少し止まる。
「……緊張する」
「大丈夫」
美咲は優しく言う。
「ちゃんと聞いてくれる先生だよ」
ノックをする。
「失礼します」
担任の先生が顔を上げた。
「どうした?二人とも」
玲奈は少し言葉を選びながら話し始めた。
「体育の着替えのことで……相談があって」
数分後。
先生は真剣に話を聞いてくれた。
「なるほど」
腕を組みながら考える。
「今までは備品室を使ってたんだよな」
「はい」
玲奈は頷く。
「でも……」
少しだけ勇気を出して言う。
「できれば、みんなと同じ場所で準備できたらいいなって」
先生は少し考えたあと、ゆっくり言った。
「わかった」
玲奈が顔を上げる。
「ただし」
「はい」
「みんなが安心して使える方法を考えよう」
昼休み。
先生はクラスの女子数人にも話をしてくれた。
最初は少し驚く声もあった。
「えっ?」
「どうするの?」
でも――
由奈が言った。
「別にいいんじゃない?」
別の女子も言う。
「玲奈、普通に女子っぽいし」
そして美咲が言った。
「個室のスペース使えばいいと思う」
女子更衣室には、小さな仕切りのスペースがあった。
先生は頷く。
「それならどうだ?」
玲奈は少し信じられない気持ちだった。
(ほんとに……?)
そして――
5時間目、体育の時間。
女子たちは更衣室へ向かう。
玲奈もその後ろを歩いていた。
心臓が少し速くなる。
更衣室の前で足が止まりそうになる。
そのとき――
「玲奈」
美咲が手を軽く引いた。
「行こ」
玲奈は小さく頷く。
ドアを開ける。
女子更衣室の中は、いつもと同じ雰囲気だった。
みんな普通に準備をしている。
誰かが言った。
「玲奈、その奥のスペース使いなよ」
「うん」
玲奈は少し安心した。
仕切りのあるスペースに入る。
カーテンを閉める。
その瞬間、胸の奥に不思議な気持ちが広がった。
(ここで……着替えるんだ)
今までは一人だった。
でも今日は、みんなと同じ場所にいる。
準備を終えて外に出ると、美咲が待っていた。
「どう?」
「……なんか」
玲奈は少し笑う。
「ドキドキした」
「だろうね」
グラウンドへ向かう途中、由奈が声をかけた。
「玲奈」
「うん?」
「バレー得意だったよね」
「そんなことないよ」
「今日同じチームね」
体育の授業が始まる。
ボールを追いかけながら、玲奈はふと思った。
(少しずつだけど)
昨日までできなかったことが、
今日できるようになっている。
授業が終わり、放課後。
校門へ向かいながら美咲が言った。
「今日さ」
「うん?」
「一歩前進だね」
玲奈は空を見上げた。
夕方の空が広がっている。
「うん」
小さく笑う。
「ありがとう」
「なにが?」
「ずっと一緒にいてくれて」
美咲は少し照れた顔をした。
「今さら」
二人は笑いながら歩く。
春の風が静かに吹いていた。
玲奈は心の中で思う。
(まだ全部が簡単なわけじゃない)
でも――
少しずつ、居場所が増えていく。
その歩みは、確かに前へ進んでいた。




