第11話『体育の着替え問題』
昼休みが終わりに近づく頃、教室の黒板には大きくこう書かれていた。
「5時間目 体育 グラウンド集合」
それを見た瞬間、春翔――いや、玲奈は小さく固まった。
「……体育」
机の上で指が止まる。
制服はいつものようにセーラー服とスカート。
だけど体育の時間になれば、当然体操服に着替えなければならない。
問題は――
どこで着替えるのか。
男子更衣室。
女子更衣室。
どちらにも、簡単には入れない。
玲奈は小さくため息をついた。
「どうしよう……」
その様子に気づいたのは、美咲だった。
「玲奈?」
「……うん」
「体育?」
玲奈はこくりと頷く。
「更衣室、だよね」
美咲も少し困った顔をする。
「男子更衣室は……無理だよね」
玲奈は苦笑いする。
「うん……」
スカート姿のまま男子更衣室に入れば、間違いなく騒ぎになる。
だけど――
「女子更衣室も……」
玲奈は言葉を止める。
女子の中にはまだ、玲奈を男子だと思って距離を取る人もいる。
「嫌がる子、いるよね」
美咲は腕を組んだ。
「うーん……」
そのとき、クラスの女子・由奈が声をかけてきた。
「玲奈、体育どうするの?」
「え?」
「更衣室」
玲奈は少し戸惑う。
「……まだ、決めてなくて」
由奈は少し考えてから言った。
「先生に相談した?」
「まだ……」
「したほうがいいよ」
その言葉に、美咲も頷く。
「うん、それが一番いい」
玲奈は少し緊張しながら席を立った。
「……行ってくる」
職員室の前。
ドアの前で玲奈は立ち止まる。
(言えるかな……)
胸がドキドキする。
けれど――
勇気を出してノックした。
「失礼します」
担任の先生が顔を上げた。
「どうした?玲奈」
玲奈は少し迷いながら言った。
「……体育の着替えのことで、相談があって」
数分後。
体育館の裏にある小さな倉庫の前に、先生と玲奈が立っていた。
「ここ、使っていいよ」
「え?」
「体育の備品室。
先生が鍵開けておくから、ここで着替えなさい」
玲奈は目を丸くする。
「いいんですか?」
「もちろん」
先生は優しく笑う。
「みんな同じじゃなくてもいい」
玲奈の胸が少し温かくなる。
「……ありがとうございます」
5時間目。
生徒たちは次々に更衣室へ向かう。
玲奈は体育館裏へ歩く。
すると後ろから声がした。
「玲奈、待って」
振り向くと、美咲が立っていた。
「一緒に行く」
「え?」
「外で待ってる」
玲奈は驚く。
「いいの?」
「当たり前」
美咲は笑った。
「友達でしょ」
玲奈の目が少し潤む。
「……ありがとう」
備品室の中。
小さな部屋で、玲奈は一人スカートを脱ぐ。
制服を丁寧に畳む。
そのとき、胸の下着が見える。
少し前まで、つけるかどうか悩んでいたもの。
だけど今は――
(ちゃんと着けてよかった)
玲奈は体操服に着替える。
けれど胸のラインが少しわかる。
鏡はないけれど、少し気になった。
「……大丈夫かな」
小さくつぶやく。
外から美咲の声が聞こえる。
「玲奈ー?」
「今出る!」
ドアを開けると、美咲が待っていた。
「おそーい」
「ごめん」
美咲は玲奈を見て少し笑う。
「体操服でも可愛いじゃん」
「え!?」
玲奈は顔を赤くする。
「そ、そんなことないよ」
「あるある」
二人でグラウンドへ向かう。
すると男子たちがヒソヒソ話す。
「見ろよ」
「マジで女子みたい」
「でも男だろ?」
玲奈は少し俯く。
だけど――
美咲が隣で言った。
「気にしない」
「……うん」
体育の授業はバレーボールだった。
チームに分かれて練習が始まる。
「ナイス!」
「いいぞー!」
玲奈もボールを打つ。
最初はぎこちなかったけれど、少しずつ慣れてくる。
そのとき――
パシン!
玲奈のサーブが決まった。
「おおー!」
周りから歓声が上がる。
美咲が笑う。
「やるじゃん!」
玲奈は少し照れた。
「……まぐれ」
授業が終わり、夕方。
玲奈はもう一度備品室で着替える。
スカートを履くと、やっぱり落ち着く。
外に出ると、美咲が言った。
「ねぇ玲奈」
「なに?」
「いつかさ」
「うん」
「みんな普通に思う日が来るよ」
玲奈は少し空を見る。
夕焼けが広がっていた。
「……そうだといいな」
「絶対そうなる」
風が吹く。
スカートがふわっと揺れた。
玲奈はその裾を軽く押さえる。
そして小さく笑った。
まだ悩みは多い。
まだ難しいこともある。
でも――
少しずつ前に進んでいる。
そのとき、遠くからクラスメイトの声が聞こえた。
「玲奈ー!帰ろー!」
玲奈は振り向く。
「今行く!」
走り出す。
スカートが夕焼けの中で揺れていた。
新しい自分と一緒に。




