第10話『スカートの中の勇気』
朝の教室は、いつもよりざわついていた。
理由は――玲奈。
いや、本当の名前は 春翔。
けれどこの学校では、ほとんどの生徒が彼を「玲奈」と呼んでいる。
昨日の放課後、廊下で下着が見えてしまったことから始まった騒ぎは、今や完全にいじめへと変わっていた。
春翔は、机に座りながらスカートの裾をぎゅっと握る。
「……はぁ……」
胸の奥が、重い。
最近、胸が少しずつ膨らんできている。
それを隠すために付けた下着。
だけど――それが、みんなに見られてしまった。
すると、後ろの席からクスクス笑いが聞こえる。
「ねぇ見た?昨日」
「男子なのにブラつけてるんだって」
「キモくない?」
春翔の手が震える。
聞こえないふりをしていても、全部耳に入ってくる。
そのとき――
「ちょっと」
低い声が響いた。
振り向くと、そこには**美咲**が立っていた。
春翔に下着を買いに付き合ってくれた、唯一の友達。
「今の、聞こえてるんだけど」
美咲は、いじめていた男子たちを睨む。
「本人の前で言うことじゃないでしょ」
男子たちは一瞬黙る。
だが一人が笑いながら言った。
「だってさ、美咲。
こいつ男だぞ?それでブラとか普通じゃないだろ」
教室の空気が、少しだけ凍る。
そのときだった。
春翔はゆっくり立ち上がった。
手は震えている。
足も少し怖い。
でも――逃げたくなかった。
「……僕は」
声が震える。
それでも、言葉を続けた。
「僕は、スカートが好きです」
教室が静まり返る。
「女の子の服を着ると、落ち着くんです」
男子たちは呆れた顔をする。
「変だって思われるのは、わかってます」
春翔はスカートの裾を握る。
「でも……」
一度深く息を吸う。
「これは、僕の大事なものなんです」
教室の空気が変わる。
笑う者もいれば、黙る者もいる。
そのとき、美咲が言った。
「私は別に変だと思わない」
全員が彼女を見る。
「好きな服着て何が悪いの?」
さらに言葉を続ける。
「男子はズボン、女子はスカートって、誰が決めたの?」
誰も答えない。
「それに」
美咲は春翔の隣に立つ。
「玲奈、すごく似合ってるし」
春翔の目が少し潤む。
そのとき、教室のドアが開いた。
「何してるの?」
担任の先生だった。
ざわついていた教室は一気に静まる。
先生は少し周りを見てから言った。
「ホームルーム始めるよ」
生徒たちは席に戻る。
けれど――
さっきまでの空気とは少し違っていた。
春翔は席に座る。
隣の美咲が小さく言う。
「さっき、すごかったじゃん」
「……怖かった」
「でも言えたでしょ」
春翔は少し笑う。
「うん」
窓の外では、春の風が吹いている。
スカートの裾が、ふわりと揺れた。
そのとき、後ろの席から小さな声がした。
「……あのさ」
振り向くと、女子の一人が言う。
「そのスカート、可愛い」
春翔は驚く。
「え?」
「どこで買ったの?」
教室の空気が少し柔らかくなる。
春翔は照れながら言った。
「……駅前のお店」
「今度教えて」
「うん」
少しだけ、世界が優しくなった気がした。
もちろん、全部が変わったわけじゃない。
まだ笑う人もいる。
まだ理解されないこともある。
でも――
一人じゃない。
それだけで、胸の奥が少し温かくなる。
春翔はスカートを整える。
(大丈夫)
心の中で呟く。
(僕は、僕のままでいい)
チャイムが鳴った。
新しい一日が始まる。
そして――
スカートの中の秘密は、
少しずつ勇気へ変わっていく。




