4話 騎士シュバルツ
翌日、いつものようにハーブを摘みに行くと、工房の近くで茂みがガサガサと揺れた。彩葉が警戒して覗くと、一人の青年が倒れている。銀の胸当ては引き裂かれ、全身傷だらけ、黒髪は汗で額に張り付き、かすかに開いている瞳の色は青かった。
「大丈夫ですか!」
「…うぅ…君は……?」
彼の声は弱々しかった。彩葉は慌てて工房に運び、植物共感で植物に薬草がどれなのかを尋ね、工房魔法で傷薬に変える。服を脱がせ、傷口に塗ると、彼の呼吸が落ち着く。胸当てのせいか、致命傷的な傷にはならなかったようだ。
「くんくん。魔獣の血の匂いがするぞ」
ルクスが青年の周りをぱたぱた飛びながら鼻をひくひくさせている。
「そうなの? じゃあ、この傷は魔獣にやられたのね」
まだ周辺にいるかもしれないと、彩葉はすぐに魔物避けのハーブを燻し始めた。
「うわあ! なんだよそれ! 鼻が曲がりそうだよ」
「ルクスは工房の扉を閉めて、中に入っていて!」
青年はその夜熱を出した。魔物の毒にやられたのかもしれない。彩葉は意識のない彼に自作のポーションを少しづつ飲ましながら、寝ずの看病をする。窒息しないように、布に含ませて口に運ぶので、かなりの時間がかかった。でも、彼はこの世界で会った初めての人間だ。何とかして助けたいという一心で、一生懸命に世話をした。
青年はシュバルツと名乗り、騎士だという。森で魔獣に襲われ、工房の茂みに迷い込んだらしい。背が高く、誠実そうな顔立ちだが、どこか不器用な雰囲気が漂う。
「ありがとう。君は命の恩人だ」
「何言ってんの。大げさよ。とりあえず傷が癒えるまではここに居てくれてかまわないから」
彩葉は純粋に彼を助けたいという気持ちと、自分が作ったポーションが、毒にどの程度まで効くのかも検証したかった。通常のポーションでは麻痺はすぐに解けないようだ。毒消しを追加するか、ポーション自体のレベルを上げるかが課題だとわかる。
「すまない。動けるようになればすぐに出て行くから」
シュバルツが申し訳なさそうに言うと、ポーションの効能が見たかったとは言えなくなってしまう。それに意識が戻ってからというもの、警戒されているのか、ポーションを自分から飲もうとしなかった。拒否されたのだ。飲まずとも傷口にかけたりして治すことはできたのだが、その分体力の回復が遅いのだ。
「い、いいのよ。強そうな男の人が居た方が心強いし」
「……そうか」
シュバルツは照れ臭そうに口元に手をやり、頭を下げた。耳が真っ赤になっている。初心な反応を見せられ彩葉のほうが戸惑う。
「あの、よかったら、これ私が作ったお茶なの。飲んでみてくれる?」
彩葉は癒しの効能があるハーブティーを差し出した。
シュバルツはひと口飲むと、「こんな穏やかな味、初めてだ」と呟き、彼女をじっと見つめた。青い瞳に真剣さが宿り、彩葉の胸が小さく跳ねた。
「…な、何?」
彼女はごまかすように目を逸らし、頬が熱くなるのを感じた。都会では味わえなかった、まっすぐで純粋な視線。彼女の心に小さな温もりが灯った。
「君は本当に……人間なのか?」
「え? どういうこと?」
「神獣と共にいるのだ。本当は女神ではないのか?」
「神獣って?」
「オレだ! ドラゴンは神獣と呼ばれているんだぞ」
ルクスが顎をあげて胸を張る。どう見てもぬいぐるみにしか見えない。
「ええ! ルクスって神獣なの? どうして言ってくれなかったの?」
「だって、聞かなかったじゃねえか」
「知らなかったのか? 一緒にいる君はてっきり癒しの精霊か、星の女神じゃないかと」
「な、なによ。そんなわけないじゃない。からかわないでよ!」
「だって……美し……いから」
どんどんとシュバルツの声が小さくなっていく。
「ところで、ここら辺はオレの縄張りなんだけど、滅多に魔獣が出ない場所のはずなんだがな」
ルクスが疑わしそうな目で、シュバルツに尋ねる。
「今まではそうだった。でも最近、この先の森に魔獣が出るようになって、俺はそれを追ってこの丘まで来たんだ。何とか仕留めたんだが、ケガを負ってしまってこのざまだ」
「ん~む。確かに最近ちょっとおかしな感じもしてたんだ」
「そうか、神獣から見てもそう感じるのか」
しばらくして、シュバルツの傷も癒え、麻痺も解け、動けるようになる。
「隊に報告に戻らないと」
「まだ傷が塞がったばかりなので無茶しないでね」
「ありがとう。この辺りの森は、最近おかしい。君も気をつけて」
「私は戦うのはごめんだから、工房で静かに暮らすだけよ」と返すが、レオンの真剣な眼差しに心が揺れる。
「この周辺の見回りを強化する。何かあったら、俺が守るよ」彼の言葉は朴訥だが、どこか温かかった。
「ふふ、なんか騎士様っぽいね」
照れ臭さを紛らわすように彩葉がいうと。シュバルツが軽く笑った。
「騎士だからな」
何かを言いたいが、何を言えばいのかわからないまま彼を丘のふもとまで送る。ふいにシュバルツが振り返り、「また来てもいいか?」と尋ねた。
「もちろん! ハーブティー、いつでも淹れるから。飲みにきてね」
去っていく彼の背中を見ながら、なぜか心がときめいた。
その夜、工房の窓から星空を見上げた。シュバルツの剣の鞘に彫られた星の紋様が、頭に浮かぶ。
「あの形。どこかで見たことあるような気がするのよね」
隣で丸くなっていたルクスが、顔をあげると急に外へ飛び出す。
「ルクスどうしたの?」
あわてて彩葉が外に出ると、地面に淡い光の模様が浮かんでいた。星形の紋様――そうだこれって、五芒星だ。
【星の魔法陣だわ】
植物たちがざわざわと騒ぎ出す。彩葉は息を呑むと同時に、光に呼応するように自分の掌が緑に光っていることに気づく。
「これはいったい?」




