偽聖女のデトックス:中身まで美味しくいただきました
「今からお時間あるかしら?」
翌朝、どうやらセレナが泊まってる部屋を嗅ぎつけたようだ。ノック音で、応対したのはレオンだ。
「ない」
そう言って扉を閉めようとすると、サクラは隙間に靴先を捩じ込んだ。
「なぜ…レオンハルト様が…もしかして既に毒牙に!?」
サクラの問いに代わりに答えたのはサクラの暴挙を止めようと駆け寄ってきたアルトリウスだ。
「彼は昨夜自分の部屋に戻っています。そして、セレナ様は18時に王と謁見があります」
「それまでの間、私の力を見せてあげる」
「それより、今日の盾は新人のようですが?」
アルトリウスが新しい顔を見る。皆、生誕な顔立ちで今はまだニコニコと愛想よくしている。
(前のはもう魔力の搾りかすもでないだろうから新調したんだろうよ)
王宮広場で待っていたのは怪我をした民衆達だ。
王宮広場の中心に行くとサクラは思いもよらないことを口にした。
「聞いてみんな! この女は、魔女よ! 私の聖なる瞳には、彼女の足元に蠢くドロドロの化け物が見えるわ!」
サクラが華奢な指でセレナを指差すと、広場に集まった民衆の間に、さざ波のような動揺が広がった。 セレナの美しさに感嘆していたはずの者たちが、サクラの放つ「救済の光」に当てられ、急速にその瞳から理性を失っていく。
「魔女…?あれは公爵令嬢だろう…?」 「聖女様が仰るなら間違いない! 焼き払え! 魔女を焼き払え!」
(…チッ、これだから人間様は。隣にいるサクラの影が『下水道のネズミ』みてぇな形してるのも見えねぇのかよ)
カゲレナが影の底で毒づく。 サクラは勝ち誇ったように、新調した「盾」の騎士たちに目配せした。
「さあ、私の騎士たち。この哀れな迷い子を……光の檻で救ってあげて?」
サクラは自分の盾にウインクをする。
『還元!剛腕が付与されました』
「「「「仰せのままに、我らが希望」」」」
新しく揃えられた4人の騎士たちが、一斉に抜剣した。 彼らの動きは機械のように正確で、……どこか「重み」がある、新米騎士にしては…だが。アルトリウスが眉を顰める。
「……アルトリウス様、気づかれましたか?彼らは操られているのかもしれない。あれは、サクラに魂の芯まで吸い尽くされた『喋る肉塊』だ」
レオンハルトが剣の柄を握りしめる。 その足元では、ペッパーが(アニキ、あいつらマジで不味そうっス。中身がスカスカで、腐った綿菓子みたいな匂いがするっスよ…!)と激しく警告を発していた。
「聖なる牢獄、展開!!」
サクラが叫ぶと同時に、4人の騎士が剣を天に捧げる。それを起点として、天を突くような白銀の光柱が立ち上がった。 それは美しい魔法に見えたが、カゲレナにとっては、ただの「不純物を焼き殺すだけの暴力」に過ぎない。
光の壁がセレナを包囲し、その逃げ場を奪う。 あまりの光量に、セレナの視界が白む。
「……あ、あつい……カゲレナ、苦しいわ」
「……耐えろ。お嬢、絶対に目を閉じるな。この光は、俺たちの『存在』を否定して消し去るためのゴミだ。……だがよ、お嬢。光が強ければ強いほど、その裏側に落ちる『影』は、深く、鋭くなるもんだぜ?」
カゲレナが影の厚みを限界まで増し、セレナの足元に強固な「闇の避難所」を構築する。 だが、サクラはそれを「魔女が苦しんでいる」と解釈し、醜く口角を吊り上げた。
「あはは! 見て! 影が消えかかってるわ! さあ、みんなで祈りましょう! この汚らわしい闇が消えてなくなるように!」
民衆の声が、呪詛となって光の檻に注ぎ込まれる。レオンが剣戟を放つが頑強な光の檻はびくともしない。
「……クソっ! セレナ様!!」
光の檻が収縮し、セレナの白い肌に光の刃が届こうとしたその時。
カゲレナの「怒り」が、冷たい殺意となって爆ぜた。
(…おい。今、俺のことを『汚らわしい』っつったか? …懐中電灯の分際で、偉そうに語ってんじゃねぇぞ、アマ!!)
影の底から、聞いたこともないような獣の咆哮が響き渡った。
『主…少し離れた方がいい』
慌てて止めようとサクラに言い募っていたエドワードは、アイアンの声に従った。
「汚らわしいのは、お前のその、へどが出るほど甘ったるい魔力の方だ…!」
カゲレナが叫ぶ。
広場の温度が、一気に氷点下まで叩き落とされた。
「な、何よこれ…!? 私の光が、煤けて…!?」
サクラが目を見開く。 白銀に輝いていたはずの「聖なる牢獄」の地面に、ドロリとした漆黒のタールのような闇が染み出し、光の柱を内側から「腐食」させ始めたのだ。
(……おい、ペッパー! びびってんじゃねぇぞ! 鼻を利かせろ!)
『ア、アニキ! 任せてっス!……見えた! この光の檻の結び目……あそこ、サクラの盾(騎士)の心臓に直結してるっスよ!』
(上出来だ。そこを叩き切れば、この檻はただのガラス細工だ……!)
(アニキが出るまでもねぇ!雑魚は俺が!!)
カゲレナが叫ぶと同時に、レオンハルトの足元でペッパーの影が爆発的に膨れ上がった。
「影の穿孔ッ!!」
レオンハルトが踏み込む。彼の足元から伸びたギザギザの影が、ドリル状に回転しながら光の壁の「一点」——新米騎士の足元へ殺到した。 パリンッ! と、物理的にあり得ないはずの「光の割れる音」があちこちから響き渡る。
「ぎゃああああ!?」
サクラの「盾」の一人が、魔力を逆流させて吹き飛ぶ。 支柱を失った光の檻に、決定的な「穴」が開いた。
「カゲレナ……! !」
光の檻の裂け目から、溢れ出したのは純粋な闇。 それは濁った泥ではなく、月光を吸い込んで煌めく「夜の結晶」のようだった。
「【影装・獣化】——深化!!」
光の中から現れたのは、もはや守られるだけの令嬢ではなかった。 漆黒の魔力を纏い、その四肢には鋭い影の爪。瞳は紫紺から、王者の風格を漂わせる白銀へと変色している。 伝説の神獣【月光狼】の姿を借りたセレナが、地面を蹴った。
「ひ、ひいぃっ!? 来ないで、この化け物! 斬れ、早くこいつを斬り殺して!!」
サクラが叫ぶが、残った3人の盾は、セレナから放たれる圧倒的な「捕食者」の威圧感に腰を抜かし、剣を握ることさえできない。
(…へっ、遅いんだよ、アマ。お前がその薄汚ねぇ光を振り回すたびに、俺の『ご馳走』が増えていくんだ…さあ、仕上げだ。お前のそのメッキ、全部俺がデトックスしてやるよ)
セレナ(月光狼)が、サクラの鼻先で止まる。 鋭い爪がサクラの頬をかすめ、彼女が隠し持っていた「魅了の魔導具」を粉々に砕き散らした。
「……これが、あなたの言っていた『救済』の味かしら? サクラ」
「…聖獣様? あの銀色の輝き…なんて神々しいんだ…」 「さっきの光の檻より、ずっと温かい気がする…俺たちは、何を信じ込まされていたんだ?」
民衆のざわめきが、サクラへの「不信」という名の影を広場に落としていく。 サクラが頼りにしていた『魅了の魔導具』が砕け散ったことで、人々の瞳に理性が戻り始めていた。
「嘘よ……嘘嘘嘘! 私が聖女よ! 私は選ばれたのよ! この出来損ないの令嬢に負けるはずが――」
サクラが狂乱し、懐から無理やり「魔力の結晶」を取り出そうとした時、セレナ(月光狼)がその喉元へ静かに爪を突き立てた。血がぷつりと噴き上がる。
「……動かないで。これ以上、醜いところを晒さないでちょうだい」
セレナの声は、低く、美しく、そして絶対的な拒絶を孕んでいた。 その背後で、カゲレナがニチャア……と不敵な笑みを漏らす。
(……おい。もう『メッキ』は全部剥がれたな? さあ、中身を出しな。お前の中に巣食ってる、その腐ったドブネズミをよぉ!!)
カゲレナの影が、サクラの足元から這い上がり、彼女の体を物理的に拘束する。 サクラの背中から、どろりとした赤黒い、不気味な触手が蠢きだした。寄生型精霊の本性が、恐怖によって引きずり出されたのだ。
「馥郁としたいい香りだ。最高のご馳走じゃねぇか」
カゲレナの「口」が、闇の深淵から巨大な顎となって姿を現す。
『――アニキ! こいつの『核』、左肩のあたりに隠してるっス! ピリピリくるっスよ!』
ペッパーの「ギザギザの嗅覚」が、逃げ場を探す寄生精霊の急所を的確に射抜く。
「……食べちゃって、カゲレナ」
セレナが許しを与えた瞬間。 カゲレナがサクラの体を透過し、その「中身」だけを豪快に食らい尽くした。
「あ、ぎっ……あああああ!!!」
サクラが叫ぶが、それは彼女自身の声ではなく、内側にいた怪物の断末魔だった。 カゲレナが咀嚼するたびに、奪われていた魔力が清流となってセレナとカゲレナへと還流していく。
【種族:影の大精霊(亜生体 →成体への変異中)】 【称号:偽聖女を喰らう者】
お嬢の新スキル
【反転・影の洗礼】(パッシブ)を獲得。
セレナが魔法を使う際、影(俺)の魔力を通すことで、光の魔法に「影の物理破壊力」や「毒への特攻」が付与される。




