お嬢の護衛
「お詫びの品だ。疑って悪かった」
久しぶりに登校すると王子がいた。その手の中には紫色が丸ごと瓶に入っている。俺は唾を飲み込むが、ぷいっとそっぽを向く。
「カゲレナはご機嫌斜めだね」
(お嬢を疑ったやつが今更何のようだ)
アイアンがエドワードに囁くと、「そうだよね」と長いまつ毛を伏せた。
「もういいのよ、カゲレナ」
「その件なんだけど、今日は城に招待しにきたんだ。セレナ嬢の護衛をつけようと思ってね」
(俺がいるんだから、余計なことすんな!)
カゲレナの言葉をアイアンは王子に訳さない。
飄々とした王子にセレナは手を引かれ、悔しがる他の令嬢達に少し溜飲が下がった。
デモンストレーションで騎士たちが華麗な剣技を披露し、観客が沸いている最中。足元の影の世界では、アイアンの重苦しい溜息が響きます。
『…カゲレナよ、見ろ。あの入隊候補生の影を。透けている。あんな薄い影では、主の背後に潜む刺客の「殺気」一つ遮れん…論外だ』
『おいおい、あいつら人間の中じゃトップクラスだぜ? 動きだって速いしよ』
『…速いだけだ。影が主に追いつけていない。あれでは、剣を振った瞬間に足元がお留守になる…真の守護とは、主が瞬きをする間に、影が世界を三周して安全を確認していることだ…お前、あのような「薄汚れた灰色のシミ」に、セレナ嬢の背中を預けられるか?』
(……いや、絶対無理だな。あんな頼りねー影に任せたら、三秒でお嬢が風邪引く)
『…ふむ。ようやく影としての「自覚」が出てきたようだな…カゲレナ、お前の主人は公爵令嬢だ。格を合わせろ…あのような「影の薄い連中」が主の近くを通るだけで、お前の爪で影を刈り取ってしまえ』
物騒なこと言っているアイアンと意気投合し、喋っていた
時、候補生の一人が色気づいて放った大技「聖光斬」が、制御を失い暴走。鋭い光の刃が、観覧席にいた少年を目掛けて飛んでいく。 アイアンが予言した通り、候補生の影は薄すぎて、自らの技の反動すら制御できていなかった。
「危ないっ!」 咄嗟に飛び出したレオンハルト。彼は少年を突き飛ばして守るが、自身の左腕に「聖光」を真っ向から受け、肉が焼き切れる重傷を負う。 観衆が悲鳴を上げ、精鋭部隊の医師が駆け寄るが、「聖属性の腐食」を前に手が出せない。『レオごめん、俺守れなかった…俺に力があれば!』泣き喚くレオンハルトのギザギザの影は、小さくなっている。
『…カゲレナ。あやつ(レオンハルト)の影だけは、先ほどから一歩も引いておらぬ…薄いが、硬い。助ける価値はあるぞ』
カゲレナはアイアンの言葉に背中を押され、セレナの意識と同調する。 「レオン様、動かないで!」 セレナが手をかざすと、足元から黒い泥のような影の蔦が噴き出し、レオンハルトの焼けた腕を物理的に「編み直して」いく。
白い光を黒い闇が飲み込み、欠損した皮膚を影の糸が縫合する。
「な、何だその魔法は!?」「気味が悪いわ」
一瞬で完治した腕を見て、会場は騒然としていた。エドワード王子がゆっくりと歩み寄る。
「……候補生たちは全員失格だ。レオンハルト。君の影は、セレナ嬢の影に『認められた』ようだな」
レオンハルトは驚きながらも、自分の腕に一瞬浮かんだ黒い紋様(カゲレナの痕跡)を見つめ、静かに跪く。
レオンハルトの影はといえば、「アニキ!」と尻尾を振るようになった。




