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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

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第7話:【第2便】特製ソーセージ詰め合わせ_2


 その冷気が肌に触れ、腕の毛が少し逆立つ。嬉しい空気。箱の中の空気が、こんなに嬉しいと思ったことはない。

 内側には、白い霜のようなものがついている。


「……冷蔵冷凍便って、ほんとにちゃんとしてるよね。安心感ある」


 思わず笑う。


 緩衝材をどけると、銀色のパウチが四つ並んでいた。縦に整列した姿が、見事に真っすぐ。まるで誰かが定規で測って詰めたようだった。


 ラベルはそれぞれ色が違う。淡いグリーン、スモーキーブラウン、クリームイエロー、ディープレッド。

 その中央に、黒い活字で味名が印字されている。

 『ハーブ&レモン』『スモーク』『チーズ』『チリペッパー』。中身によって、ラベルが変えられていることに、優しさを感じた。


 私は、両手で一番上のパウチをそっと持ち上げた。金属光沢のフィルムが光を反射して、指先に冷たさが移る。


「うわ、立派……!」


 ひとつ目のパウチは『ハーブ&レモン』。中には三本のソーセージが入っていた。

 淡い灰色に近い肉色で、表面に細かい緑のハーブ片が散っている。長さはおよそ十五センチ、指二本分くらいの太さ。封の隙間から、レモンピールのような明るい香りが漂う。


「爽やかー! これ、朝ご飯にもよさそうだな」


 軽く押すと、皮がしなやかに沈んだ。水分をたっぷり含んでいる感じがする。生肉よりも、もっとしなやかで柔らかいんじゃないだろうか。

 けれど、その弾力の奥に、しっとり感がある。――まるで肌のような。


「高級感ある触り心地……」


 と言いながら、私は無意識に笑っていた。


 ふたつ目は『スモーク』。

 こちらは色が深い。茶褐色で、ところどころ焦げ跡のような黒い模様が走っている。三本のうち一本だけが、少し細く、端が曲がっている。


「形が歪ってことは、手作りなんだ。可愛い」


 パックの内側に凝縮された脂が、白い筋になって固まっている。

 封を少し切ると、濃厚な香りが部屋に広がった。焚き木と甘い脂の混じる香り。その奥に、僅かに鉄っぽい匂いが混ざる。


「スモークって、こういう感じだったっけ?」


 けれどすぐ、鼻を近づけて深呼吸する。


「癖になる香りだね」


 みっつ目の『チーズ』。

 明るい色のパウチだ。中の三本はふっくらしていて、他のより短い。皮がやや厚く、表面に斑点のような黄色い脂が浮かんでいる。


「わあ、これ、噛んだらとろけそう」


 パックを傾けると、底の方に白濁した液体が溜まっている。チーズオイルなのだろう。光を受けて、乳白色にきらめいた。

 一本の先端が微妙に膨らんでおり、まるで指先のように丸くなっている。


「面白い形」


 口に出して言ってから、少し照れた。

 冷蔵庫のライトが反射して、パック全体が金色っぽく輝いて見えた。


 最後のパウチは『チリペッパー』。

 赤みが強く、唐辛子の粒が混じっている。でも、よく見ると粒の形が不揃いだ。細長いものと、丸いものが混じっている。

 パックの隅に貼られた小さなラベルには、手書きの文字。


『限定ブレンドNo.2』


「限定かぁ……なんか特別感ある」


 手のひらで転がすと、中の液体がゆっくり揺れて、三本のソーセージがほんの少しだけ浮かび上がるように動いた。一ミリにミリのレベルだ。パウチはしっかりしている。光の角度で、皮の下に筋が浮き上がる。繊維のようにも、血管のようにも見えた。


「スパイスかな……すごく細かい」


 そう呟きながら、冷蔵庫に並べる。


 冷蔵庫の中は、もう懸賞のパックで半分埋まっている。ラベルがずらりと並んで、統一感が美しい。

 整列した銀色が、ステンレスの壁に反射して、まるで鏡のように私の顔を映した。


「冷蔵庫の中意外と、映えるなぁ」


 スマホで撮ろうと構える。だがレンズ越しに見える銀色の列は、一番右端のパウチだけ、微かに揺れていた。


「……風?」


 扉を閉めると、音が『ぴしっ』と鳴った。密閉された空気が震える音。

 冷蔵庫の灯が消えると同時に、部屋の中にスモークの残り香がほんのり漂う。


 テーブルの上に残った箱の底から、紙の角が覗いている。先月と同じ『今月のご案内』。

 封を切ると、やはり丁寧な文体で調理方法が記されていた。紙の端が、ほんの少し赤茶けている気がする。指で触れると、インクが少し滲んだ。


「……印刷、濃いな」


 苦笑して、紙をマグネットで冷蔵庫に貼った。

 並んだ銀色のパックを見て、私は呟いた。


「四種類が三本……全部で十二本か。ひと月分にちょうどいいかも、大きいし」


 数を確かめながら頷く。

 一食に二本ずつ食べたら、六回分。週に一、二回、楽しみにできるペース。それを思うと、胸がほのかに温かくなった。


「また当たるといいな」


 ふとそんな言葉がこぼれる。だが、すぐに首を振る。


「違う、これは『当たった』じゃなくて『続いてる』んだった」


 自分で言って、可笑しくなる。継続モニター。選ばれた、そう考えると、少し誇らしい。


 テーブルの上の銀紙が、蛍光灯の光を跳ね返す。それがまるで、誰かの瞳のように感じられた。


「お腹空いちゃった、早くご飯食べよ」


 台所の時計は十九時八分。

 冷蔵庫を閉めると、ゴトリと軽い音がした。中のソーセージが少し転がったのかもしれない。音に合わせて、どこかで氷が割れるような『ぴき』という音がする。


「冷気の音、かな」


 そう呟いて、笑って誤魔化した。


 早速、と、シンクに水を張り、ボウルと鍋を並べる。包丁を研いで、ジャガイモと玉ねぎを出した。


「ポテトソテーと、ソーセージ。あ、粒マスタード切らしてた」


 買い置きのディジョンマスタードを代わりに出す。これで十分だろう。


 冷蔵庫のライトが、扉の開閉にあわせて点滅した。パックの銀が、ほんの一瞬、眩しく光る。

 その中で、ハーブ&レモンのパックだけが、なぜか小さく『ぷくっ』と膨らんだ。中に閉じ込められた空気が、呼吸するみたいに動く。


「……新鮮なんだね」


 笑いを堪えながら微笑んで、静かに扉を閉めた。

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