第6話:【第2便】特製ソーセージ詰め合わせ_1
朝、カーテンの隙間から明るい光が差していた。
スマホを見て、金曜日だと確認する。――第二金曜。先月の案内紙の文面が頭に浮かんだ。
『毎月第二金曜日にクールにて便で発送いたします』
「そっか、今日か」
声に出しただけで、少し背筋が伸びた。
洗濯機を回してベランダに出る。取り込まなければ。向かいのベランダでおばさんが洗濯物を干していて「おはよう」と声をかけ合う。空は薄い雲。朝早いからか、風も涼しくちょうどいい朝だ。
トーストを焼きながら、テーブルの上のメモを見る。『第二金曜:到着予定』と、自分で書いた走り書き。前回回答したアンケートの控えも、まだ片付けずに置いてある。そのうち一年分集まるはずだ。
通勤電車は、ドア上のニュースに『週末の天気』と流れて、車内が少しざわついていた。斜め前の高校生が「やっと金曜!」と小声で言ってハイタッチしている。気持ちはよくわかる。
「金曜だし、今日は定時で上がろ」
小さく呟き、懸賞アカウントの通知を流し見する。一度当たったら、もっとやりたくなる。当たるなら何度だって嬉しい。
会社に着くと、総務のカレンダーにも赤ペンで「第二金」と書かれていた。午前中は請求書の整理。紙が湿気を含んで、表面がポコポコとしていた。
十時のコーヒーを取りに給湯室へ行くと、後輩がこちらを見つけて笑った。
「お疲れ様です! 今日って例のモニターの日ですよね?」
「覚えてたの?」
「先月話しましたから。『第二金曜に来るんだって』って。何が来るか予想しました?」
「うーん……またお肉とか、かな」
「わ! 私もそれ思ってました。先月ハンバーグなら、今月もお肉なんじゃないかなー、って。楽しみ!」
「楽しみにしてるのは私!」
二人で笑う。
お昼休み、屋上でお弁当を広げると、風が気持ち良かった。ギリギリ、まだ外で食べられる。別部署の先輩が隣に座り「最近元気そうだね」と言った。
「そう見えます?」
「うん。顔色いいし、ご飯しっかり食べてる人の顔」
「自炊を真面目に始めて。だからかもしれません」
「おっ、いいじゃん」
先輩が笑う。自分でも、そうだと思う。先月のハンバーグ以来、食事が少し楽しくなった。
午後、経理ソフトの画面を見ながら、ふとスマホのバイブが震えた。見慣れない番号からのSMSが一件未読になっている。
『お届け予定:本日18:00〜21:00(冷蔵)』
リンクは付いていない。差出人名に『モニター便』とだけある。
「へぇ……時間指定してくれてるんだ」
声に出したら、隣の席の先輩が「宅配?」と聞いてきた。
「はい、モニターのやつなんですけど。今日の夜美味しいものが届くんです」
「いいね、週末に間に合うの最高」
「ですよね。今日、絶対定時で帰ります!」
「行っといで」
次に確認すると、時刻は18:03だった。デスクトップをシャットダウンして「お先に失礼します」を言う。
「第2金曜の女ー!」と同僚がふざけて手を振る。「やめてよ」と、笑ってエレベーターに乗った。
エントランスの自動ドアが開いた瞬間、外の空気が少し湿っているのがわかった。梅雨を過ぎた匂い。商店街から、焼き物の香りが薄く漂ってくる。香ばしい脂の匂い。思わず足がそちらを向きかけるけど、寄り道はしない。
マンションに着くと、管理人さんが郵便物を仕分けていた。
「おかえり。今日はクール、来る日でしょ?」
「覚えてくれてたんですね」
「先月、置配の確認したからね。そのとき置く前に一応、今日は呼び鈴押してくれって伝えといたよ。生ものだし」
「助かります」
言ってすぐ、入口の自動ドアが開いて、黒い保冷バッグを提げた配達員が入ってきた。
「あ! モニターのクール便です! お間違いありませんか?」
「はい」
受け取りサインをして、受領書を一枚。配達員が保冷バッグから白い箱を取り出す。先月と同じ、表面が少し光沢のある箱。
「毎月、第二金曜……でしたよね」
「……はい、そのように承ってます」
配達員は淡々としているけど、箱の扱いは丁寧だった。両手で水平を保つみたいに渡される。
「ありがとうございます」
受け取った瞬間、箱の底から冷気が指へ上がってきた。重さは見た目より軽い。でも、中で何かがしっかり詰まっている感じがする。
エレベーターで階上へ。到着してから家の鍵を回し、玄関を開ける。室内の空気が少し涼しい。エアコンの設定は二十七度。箱をテーブルへ。手を洗いながら、心の中で献立を組み立てる。
「ソーセージなら、粒マスタードとポテト。ステーキならマッシュかな。燻製でも嬉しい。ローストビーフとか。あ、あと葉っぱのサラダ添えないと。ビール……は買ってないから炭酸でいいか」
タオルで手を拭いて戻ると、箱の表面に細かい水滴が広がっていた。紙の繊維が少しだけ浮いて、指でなぞるとサラサラした感触になる。スマホで時間を見る。18:57。夕食にはちょうどいいタイミングだろう。カッターは……いつもの引き出し。まだ、焦らない。
「今日は中身、何だろう」
そう言ったとき、玄関のほうで小さく『コト』と音がした。ポストか、傘立てか。耳を澄ませても、すぐ静かになった。
「気のせい」
開封は、もう少しだけ我慢だ。付箋に『お礼:アンケート送付済』と書き足して、テーブルの端に貼る。送り主に礼儀正しくしよう、という気持ちが自然に湧く。先月、美味しかったから。
「さ、開けよ」
箱の上面にカッターを滑らせる。テープが静かに裂けて、冷たい空気がふわっと出てきた。




