第20話:【第4便】大人気串焼き五種_5
テーブルの上には、串の山。焦げた木の先が黒くなっていて、そこからまだ、ほのかに温かい香りがしていた。
「はー、美味しかったぁ……」
私は両腕を伸ばしながら、大きく息をつく。身体の芯まで満たされて、まぶたの奥がじんわり重い。
炭酸の泡が残っている、二本目のレモンサワーを一口。喉を通った冷たさが、焼けた脂の跡を綺麗に洗い流す。
「いやー、最高だったな」
独り言が捗る。誰もいない部屋なのに、声に出すと、不思議と満足が増える気がした。
キッチンの方を見ると、グリルの中でまだ金網が熱を残していた。時々、ピチッと音がする。脂が最後の抵抗をしているらしい。
「あはは、よく頑張ったね」
笑って水道をひねる。冷たい水が金属に触れると、シューッという音と一緒に湯気が上がる。白い煙がふわっと上にのぼり、台所の灯りを淡く揺らした。
私はタオルで手を拭いて、テーブルに戻る。それから皿の上の串を数えて「十五本かぁ。思ったより食べたなぁ」と呟いた。
冷蔵庫のドアを開けると、残りのパックがきちんと並んでいた。ラベルがこちらを向いている。
「うん、明日また食べよう」
ドアを閉めると、密閉された音が軽く響いた。
テーブルの端には、封筒。例のアンケート用紙だ。私はそれを取り上げて、ソファに腰を下ろす。
「さて……今日も書かないとね」
封を開けると、いつもの紙の匂い。
淡い水色の線が引かれた用紙に、整った文字で質問が並んでいる。
***
Q1.今回の食材の味はいかがでしたか?
Q2.食感や香りについて気づいた点をお聞かせください。
Q3.おすすめの調理法やアレンジがあればご記入ください。
Q4.次回の配送で希望する食材・部位などがありましたらご記入ください。
Q5.ご意見・ご要望・お気づきの点がございましたら、お聞かせください。
***
ペンを持って、私は考える。
「Q1は……『今回も最高でした!』でいいか」
口に出して言いながら書く。気持ち、字が少し大きくなった。
「皮の皮、びっくりした。あんなに薄いのに、味噌の香ばしさがちゃんと残ってて。家で焼いてもお店の味になるのすごい」
ペンを走らせながら、味を思い出して頬が緩む。
「あと、ハツね。めっちゃ美味しかった。弾力すごくて、ほんとに生きてるみたい。……あ、違う違う、比喩比喩。『新鮮でプリプリ』って書いとこ」
書きながら笑う。流石におかしな言い回しは駄目だろう。
次の質問を読み上げる。
「Q2……食感や香りについて気づいた点か。 それもハツかなぁ。あとレバー。あれ、ほんとに臭みなかった。私、レバー苦手だったのに、このセットで克服したかも。中がちょっととろっとしてて、舌の上でとけるのよ。すごいね、職人さん」
書いていると、指先に脂の感触が残っている気がした。……さっき手を洗ったのに。
「……もう一回洗えばいいか」
でも、アンケートを終わらせる方が先だ。
「Q3、おすすめの調理法やアレンジ……んー……。タレの瓶、フタがちょっと開けづらかったくらいかな。あと、パッケージの角でちょっと指切りそうになった」
小さく笑って、付け加える。
「でも、あれくらいしっかりしてた方が安心……と。Q4は次回の希望、ね。そうだなぁ、ステーキとか来たら最高なんだけど」
私はQ5を適当に書き終えて、ペンのキャップを閉めた。
ふと、机の上に目をやると、今書き終えたばかりのアンケート用紙の上に、小さな黒い点が一つ落ちている。インクが跳ねたのかと思って、指でなぞってみると、乾いていた。
「……何だろ」
ペン先を見ても汚れていない。気のせいだと思って、封筒に用紙を入れる。
立ち上がり、カウンターの上に封筒を置く。後でちゃんとしまって、その前にアンケートフォームで回答すればいい。
「はい、完了」
両手を叩いて、深呼吸。
部屋の照明を落とすと、暖かい色の光が少しだけ残った。冷蔵庫のランプが、キッチンの隅をぼんやり照らしている。
私はそのまま洗面所へ向かい、手をもう一度洗った。脂を流して、石鹸の香りを指先に移した。
ふと、鏡を覗く。頬が少し赤い。理由は当然わかっている。
「お酒まわってるな」
笑いながら髪をまとめ、ソファに向かう。
「ほんのちょっとだけ……流石に、このままは寝られないもん」
寝室の電気を常夜灯まで消すと、部屋の中は一気に静かになった。外の風の音と、冷蔵庫の低いモーター音だけが響いている。
まぶたを閉じる前に、私はぽつりと呟く。
「次、何が来るかなぁ」
その声は、冷蔵庫の中で氷の作られる音に吸い込まれていった。
……まぶたが落ちる。
暗闇の奥で、誰かが呼んでいる気がした。それは心地いい声だった。
『――いただきます』
自分の声が、夢の中で響く。
テーブルの上には、またあの串焼き。湯気が立ちのぼり、香りがふわっと鼻をくすぐる。皮の皮がパリパリと音を立て、レバーがとろりと光る。
『今日のも、最高』
夢の中の私は笑っている。
すると、向かい側の席に、誰かが座っている気がした。顔ははっきり見えない。でも、箸の動きや、グラスの触れる音が、確かにそこにある。
『……真ん中まで、ちゃんと焼けてる?』
懐かしい声がする。
私は笑って頷き、ハツの串を持ち上げる。噛んだ瞬間、温かいものが口の中で弾けた。
『うん、すっごく美味しい』
夢の中なのに、味がする。焦げたタレの香ばしさ、塩の粒、脂の甘み。
視界の端で、誰かの指が皿の上の串を取った。白く、細く、どこか懐かしい手。
『ねぇ、また作ってよ』
そう言う声がした。
私は『うん』と返事をして、またひと口、ゆっくりと噛んだ。




