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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

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第19話:【第4便】大人気串焼き五種_4


 皿の上に湯気がゆらめいていた。脂の照りが光をまとい、まるでそこだけが温かい世界になっているようだった。


「さて、どれから食べようかな」


 小さな晩餐の始まりだ。

 グラスのレモンサワーを手に取り、ひと口すすって喉を潤す。炭酸の泡が舌の上で弾けて、脂の香りと混じり合う。迎え入れる準備は万端だ。


 一番手は皮串。

 串を持ち上げてよく見ると、表面がほんのり冷めて、脂がうっすら白く戻っていた。


「もう一回温めてもいいけど……」


 別にいいか、と、そのまま口に運ぶ。

 歯が当たる瞬間、ぷち、と弾けた。焼けた皮の膜の下から、熱の名残を持つ脂が滲み出る。塩がそれをまとめて、舌の上で淡い甘みを作る。


「うん、完璧」


 噛むたび、パリ、ぷに、パリ、ぷに、と小気味よい音が口の中に響く。

 そこにレモンサワーを合わせると、脂の余韻が一瞬で消えて、代わりに柑橘の酸が鼻に抜けた。


「お店より美味しいかも」


 素直にそう思えた。


 次は皮の皮。箸で持つと、軽い。見た目どおり、重さがない。


「……これ、やっぱり紙みたい」


 冗談のように呟いて、味噌の香りを確かめる。焦げた味噌の甘さが鼻をくすぐる。

 ひと口。ぱりっ。音が部屋に響いた。

 驚くほど薄いのに、噛むと一瞬で甘辛い味が広がる。口の中の水分を少し奪う感じが、むしろ心地よい。

 レモンサワーを飲むと、味噌の焦げがふっと溶けて、残るのは、僅かな苦みと甘み。


「これ、好きかも」


 頬が緩む。


 三番目は肉串。

 見た目からして、今夜の主役。箸を入れると、タレの膜が軽く張りつく。


「ちょっと照りすぎ?」


 くんくんと匂いを嗅ぎながら口へ。

 噛んだ瞬間、甘辛い醤油の香りが一気に広がる。焦げの苦みと、脂の甘みが交互に押し寄せる。噛むごとに肉がほぐれて、中の旨味が舌をくすぐる。


「うわ、これは……」


 目を閉じた。思わず唸ってしまうほどの濃さ。熱はもうないのに、味だけは生きている。まるでまだ中身が脈打っているような温度だ。


「すごいな、これ」


 溜息まじりの笑みがこぼれる。


 ひと息ついて、キッチンの窓の外を見る。夜風が少し吹いて、換気のために開けた窓のカーテンが僅かに揺れた。風に乗って、焼き網の残り香が流れてくる。

 炭、塩、脂、煙。

 その全部が、自分の部屋の匂いに変わっていく。


「……ハツ、いこっか」


 次に手を伸ばす。串の先を持ち上げた瞬間、表面がふるふると揺れた。


「柔らかそう」


 噛んだ瞬間、弾力とともに小さな温かさが広がる。表面は軽く焦げていて、内側はまだ湿っている。歯が入るたびに、ぎゅっと押し返すような抵抗があるが、その後はすっと受け入れてくれる。


「おお、これ、噛みごたえある」


 舌の奥で脂が広がる。ほんのり甘くて、少しだけ鉄っぽい。

 鼻の奥に、懐かしい記憶が浮かぶ。並んで焼き鳥を食べた夜。笑い声、グラスの音。


「……匂いは……覚えてるんだけどな」


 首を傾げる。はっきりとは思い出せない。でもその記憶の中にも、こういう匂いは確かにあった。


 最後はレバー串にした。


「トリはこれだね」


 箸を伸ばす。レバーの艶はまだ失われていない。指先にうっすら照明が反射する。

 一口。

 ふわ、と溶ける。外は軽く焦げていて、中はねっとり、まるで生チョコみたいな食感に思えた。


「ん……濃い」


 口の中が一瞬で満たされる。甘みと苦み、鉄の香り。それが全部一度に広がって、舌の上でとろけていく。


「すごい……全然臭みがないじゃん」


 レモンサワーを飲むと、酸味がまるでブランデーのように広がった。

 夜が濃くなる。時計の針が静かに八時半を指す。


「おかわり、焼こうかな」


 そう呟いて、立ち上がる。残りの串をグリルに並べ、三巡目を始めた。

 パチ、パチ、パチ。

 煙が立ちのぼり、再びキッチンがお祭りの夜のような匂いに包まれる。

 皿の上の焼き目が、さっきより濃い。


 二本目のハツを食べながら、ふと思う。


「これ、ほんとに当選品でいいのかな」


 冗談めかして言ったつもりだが、どこか胸の奥で何かがざわつく。

 急に、噛むたびに感じる跳ね返りが、やけに強くなった気がした。……まるで、食べられることを拒んでいるみたい。


「火、ちょっと強かったかも」


 そう言ってなかったことにする。


 テーブルの端にレモンのくし切り。それを指でぎゅっと絞る。酸が空気を割って、脂の香りを変える。

 皮串にひと絞り、肉串にもうひと絞り。すべてが少し明るくなったように見えた。


「完璧」


 小さく呟いて、グラスを持つ。氷がカランと鳴る音が、遠くの記憶を揺らす。

 彼の声が、一瞬だけ浮かんだ。

『――ほら、脂の色を見るんだよ』


 その声がいつのものだったか思い出せないまま、私は最後の一口を飲み込んだ。


 晩餐の終わった部屋は静かだった。換気扇を止めると、煙の名残がゆっくりと漂い、カーテンの向こうへ消えていった。

 皿の上には、食べ終えた串が十五本。残りはもう半分も残っていない。


「一応明日も食べられるね」


 笑って、グラスの氷を指先で転がす。

 私は満足気に椅子にもたれ「今日も当たりだったなぁ」と呟いた。


 その声が消えるころ、換気扇の奥で、ひと際はっきりした『とくん』という音が響いた。

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