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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

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第18話:【第4便】大人気串焼き五種_3


 手始めに、換気扇を回した。低いモーター音が、夜の静けさにゆっくり混じっていく。

 グリルの予熱を入れると、金網が薄く白く曇り、すぐに細かい水滴が弾ける音がした。


「よし、準備完了」


 袖をまくり上げ、エプロンの紐を結ぶ。まるで儀式の前みたいに、動きが自然と慎重になる。美味しく仕上げなければ、食材にも申し訳ない。


 最初に取り出したのは、皮串だ。

 パックを開けた瞬間、脂の甘い匂いがふわりと広がった。皮目の白さは淡雪のように繊細で、指で触れると、軽く押し返すようにぷにっと弾力が返る。


「焼いたらどうなるんだろ」


 軽く塩をふって、グリルの上へ。

 ジュッ、と音が鳴る。脂が落ちて炎に触れ、細い煙が立ち上がった。


 火加減を見ながら、私はトングで串をそっと返した。表面の透明な脂が、焼き目とともに黄金色に変わっていく。


「わ、早い……!」


 弾ける音が一段と強くなる。

 パチ、パチ、パチ。

 まるで小さな拍手のような音。

 煙の中に、焼けた塩の香りと脂の甘い匂いが混じり合い、空気そのものが美味しいと感じられるほどだった。


 焼き上がった皮串を皿に移すと、光沢のある焼き目が斜めに走っている。脂の雫が皿に落ちて、静かに広がっていくその音まで、愛おしく思えた。


 次に皮の皮。改めて見てみると、まるで乾いた花びらのような薄さだ。


「これ、絶対すぐ焼けるじゃん」


 味噌ダレを刷毛で軽く塗って、網の上に置く。

 最初の一秒は何の音もしない。けれど次の瞬間、パリ、と小さな破裂音が鳴った。そして、透明だった脂が、瞬く間に琥珀色へと変わる。


「早い早い早い……!」


 火に当たるたび、薄皮が僅かに波打ち、まるで呼吸するように膨らんで、しぼんでいく。

 味噌が焦げる香りが、部屋の奥まで広がる。甘くて、懐かしい。幼いころ、祭りで食べた焼き味噌団子の匂いに似ている。私は思わず笑った。


「これだけでごはん食べられそう」


 箸で持ち上げると、皮の皮は透けるように薄く、光の中でゆらゆらと踊った。


 次は肉串の番だ。トレーから取り出すと、焦がし醤油ダレの香ばしさが一気に鼻を包む。


「もう、幸せの匂い」


 グリルの上で、ジュワッと音がした。脂が跳ね、タレが焦げて、白い煙がゆっくりと立ち上がる。金網の下で、肉がぷっくりと膨らむ。

 一度目の返しで、焦げの縁がカリッと音を立てた。


「あー! この音、最高!」


 思わず独り言が出る。


 タレをもう一度塗り重ね、焦げと照りが混ざった色を確かめる。箸先でそっと押すと、弾力の奥にじんとした温度が伝わった。


「美味しそう……」


 湯気の向こうで、まるで心臓がゆっくり打っているように見えた。

 とくん、とくん。

 私は気にせず、火加減を下げる。


 そのままハツ串に移る。

 袋を開けた途端、鉄のような香りがわずかに鼻をかすめた。


「こりゃちょっと、野性味あるな」


 笑いながら串を持ち上げる。

 ハツは肉厚で、照明の下でわずかに濡れている。塩と黒胡椒を振って、網の上へ。

 じゅわ、と深い音が響いた。皮とは違う、重く湿った響き。

 表面の水分が蒸発するたび、ハツが小さく跳ねている。トングで持ち上げた瞬間、その弾力がまるで『息をしている』ようだった。


「いい焼き色」


 私はそう呟きながら、もう一度裏返す。表面の脂が光を反射して、鼓動のように瞬いた。


 レバー串は最後。

 パックから出したとき、指先に少しひやっとした粘りが残った。それを拭いながら、慎重に並べる。火が当たると、最初は静か。

 次の瞬間、脂が弾けて高い音を立てた。焦げた香りと甘みが混ざり、周辺の空気が少し重くなる。


「火、強すぎたかな」


 トングで持ち上げると、レバーの表面が少し裂け、中から赤い汁が滲んだ。

 それは血ではなく、旨味の塊。そう自分に言い聞かせて、火を弱める。


 部屋中に漂う香りが、心地よく胸をくすぐる。脂とタレの香り、焦げた塩の粒、そしてレモンサワーの残り香。

 台所の時計が二十時を指すころ、皿の上には湯気を立てる五種の串が揃っていた。

 焼け跡の金網から、まだ小さく音がしている。


 私は換気扇の音を聞きながら、もう一本ずつ、次の串を焼こうかと考えた。


「今のうちに焼いちゃお」


 二巡目は慣れた手つきだった。

 焼き網の上に皮串を乗せると、一巡目とは違う音がした。脂が落ちるたび、火が短く弾ける。まるで鼓動を刻むように。

 パチ、パチ、パチ――

 静かな夜のキッチンが、そのリズムで満たされていく。


「音が、何か……気持ちいいな」


 そう呟きながら、グラスを傾ける。レモンサワーの泡が唇の裏で弾けた。

 鼻先には焦げた味噌の甘さ。遠い記憶の中の夕ご飯の匂いと重なった。


 火加減を弱めて、最後のレバーを返す。肉が一瞬だけ沈み、その後膨らむ。まるで、生きていたものが呼吸を思い出したみたいに。


「うん、完璧な色」


 そう言ってほっと一息吐く。

 皿の上の一巡目と合わせて、串が十本。その光景を見ていると、どこか食卓というより、供物のようにも見えてきた。


「あったかいうちに食べよ」


 火を止め、トングを置いた瞬間、とくんという音が、換気扇の奥で確かにした。水滴が落ちた音かもしれない。私は気にも留めず、冷たい水で手を洗い、指先を軽く振った。

 その動きの中で、まだ煙がゆらゆらと漂っていた。


「……いい匂い」


 その言葉は、煙と一緒に換気扇の中へと消えていった。

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