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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

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第16話:【第4便】大人気串焼き五種_1


 待ちに待った、九月の第二金曜の夜。

 帰り道の風はもう少しで春になりそうな匂いがしていた。

 街路樹の間を抜けるたびに、一週間分の疲れがほんの少しずつ解けていく。


「今週も終わった……」


 誰に言うでもなく呟いて、バッグの持ち手を持ち替える。

 仕事はそこそこ忙しく、人間関係もそこそこ波風が立たない。何なら、楽しめているほうだと思う。

 それでもこの第二金曜日だけは、どんなに平凡な日常にもご褒美の香りがある。


 通りの角に、いつものコンビニ。

 自動ドアが開くと、ひんやりした空気と一緒に、フライドチキンとおでんの混ざった匂いが鼻をくすぐった。


「うわ、今日めっちゃお腹空いてるや。……おでん、もう出始めたんだね」


 おでんのケースを横目に、冷蔵コーナーへ向かう。


 缶チューハイの棚には、季節限定のラベルが並んでいた。巨峰、ピンクグレープフルーツ、そして新作の蜂蜜レモン。

 私は少し迷って、結局一番シンプルなレモンサワーを手に取った。


「これが一番、何にでも合うんだよね」


 缶の冷たさが手に気持ちよかった。


 レジで会計を済ませると、袋をぶら下げて外に出た。夜風が頬を撫でる。歩きながら缶を軽く揺らすと、中の炭酸がしゅわっと小さく鳴った。


 信号待ちの横で、屋台の明かりが目に入った。白い湯気と、炭の匂い。塩を振る音、ジュウ、と油が弾ける音。

 それだけでお腹が鳴りそうになる。


「いいなぁ……」


 小さく呟いて歩き出す。

 屋台のおじさんが「一本どう?」と声をかけてくれたけれど、笑って首を振った。

 今日は帰って、毎月の楽しみに興じなければならない。


 駅前の広場には、花屋の出張ワゴンが出ていて、ダリアやリンドウ、ネリネが並んでいる。色とりどりの花の香りが、まだ暑いものの秋の気配を連れてきた。


「先月とはまた違うんだ。お店が違うからかな? 部屋に飾ろうかな」


 そう言いながら、一番小さなブーケを手に取る。

 淡いピンクとクリーム色。レモンサワーの黄色ともよく合っている気がした。


 家のマンションまでは、駅から徒歩十分。

 帰り道の途中、ふとポケットの中でスマートフォンが震えた。


『お届け予定:本日18:00〜21:00(冷蔵)』


 その文字を見た瞬間、足が止まった。


「……良かった、連絡きた。待ってました、だよ」


 口元が緩む。

 一ヶ月前の、濃厚ブラウンシチューの余韻が頭をよぎる。あの夜の満足感と温かさが、まだ記憶に残っている。

 今度はどんなものが届くのだろう。楽しみで仕方がない。


 マンションのロビーに着くと、管理人がテレビを見ていた。

 「こんばんは」と挨拶をすると「また当たったの?」と笑われた。多分、顔に思い切り出ていたのだろう。自覚はある。


「いやいや、定期便的なあてですよ。あ、もしかして、もう届いてました?」

「あぁ。何か荷物持ってた人がいたな。配達員じゃないか?」

「ありがとうございます。見てみますね」


 そう言ってエレベーターに乗る。上昇する感覚と一緒に、胸の奥の期待も少しずつ膨らんでいった。


 八階に着くと、廊下の突き当たりに、白い段ボール箱がぽつんと置かれていた。私の家だ。

 見覚えのある文字列が見えた瞬間、思わず息をのむ。


『食材定期モニターキャンペーン事務局』

『第四便 大人気串焼き五種』


「え、串焼き……? ほんとに?」


 声が漏れた。串焼きといえば、だいたい牛かなと思っている。タンの可能性もあるし、焼き鳥の可能性だってある。

 とにかく、飲みたい気分だったし、屋台が良いなと思っていた。串焼きはピッタリ過ぎる。


 膝を折って、段ボールに手を伸ばした。表面はひんやりして、指先に微かな湿気が伝わってくる。でも、底のあたりはほんのり温かい気がした。


「相変わらず、温度管理すごいなぁ」


 感心しながら箱を抱き上げる。

 胸のあたりまで持ち上げた瞬間、何かが中で小さく動いたような気がしたが、きっと気のせいだ。中身は串焼き。生き物じゃない。


 鍵を回して部屋に入る。照明をつけた瞬間、外の夜が一気に切り離される。カーペットの柔らかさ、スリッパの感触、そして鼻をかすめた柔軟剤の匂い。


「あー……帰ってきた。ただいまぁ」


 声に出すと、それだけで今日という日が終わった気がした。


 バッグをソファに置き、冷蔵庫からグラスを取り出す。レモンサワーの缶を開けると、ぷしゅっという音が部屋に広がった。


「これだよ、これ」


 ぐびっと一口。

 酸味が舌を撫でて、身体の疲れが飛んでく。

 窓の外では、遠くの道路をタクシーがゆっくり走っていた。街の灯りがぼんやり揺れて、炭酸の泡と同じリズムで瞬くように見えた。


 机の上に箱を置く。封を開ける前から、何となく油のような香りがしている。

 それが串焼きの匂いなのか、それとも自分の期待が作り出した、幻なのかはわからない。でも、もう勢いは止まらなかった。


「……さて、開けよっか」


 爪がテープを引っかく音。その下で、串焼きが私が開封するのを『今か今か』と待っている気がした。そんなわけないと思いつつも、期待に心臓が高鳴る。

 レモンサワーをもう一口飲んで、息を整えた。


 今夜は、串焼きのお店が家に来たみたいだ。そう思うと、胸の奥が温かくなった。


「あー、今日も当たりだといいな」


 小さく笑って、段ボールの蓋をゆっくり持ち上げた。

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