第9話:【第2便】特製ソーセージ詰め合わせ_4
皿の上で、まだ湯気が立っていた。
私はしばらくそれを眺めてから、いちばん手前のハーブ&レモンにナイフを入れる。皮が少しだけ抵抗して、ぶちんと音を立てた。切り口からは蒸気が上がる。
「いい匂い」
期待どおりの香りに、思わず笑みが溢れる。レモンの香りがはっきりしていて、その後ろからハーブの青い匂いが追いかけてくる。
フォークで持ち上げると、表面がやわらかくて、少しだけ光っていた。
満を持して、ひと口食べる。
歯を入れた瞬間に優しい弾力があって、噛み切るとすぐに脂が解けた。
味はあっさり。レモンの酸味が少し残り、舌の横を撫でていく。その後で、肉の甘さがじんわり広がった。
「これ、毎朝でも食べられそう」
独り言を言いながら、ポテトをひとつ口に入れる。バターの香りが加わって、酸味が丸くなる。優しい味、という言葉が自然と浮かんだ。
次はスモーク。
艶のある茶色い皮にナイフを入れると、低くしゅうと音がした。切り口から脂が見えて、薄い琥珀色に光っている。
「やば、涎出ちゃう」
香りは強い。木を燻したような匂いと、少し焦げた甘い脂の匂い。噛むと、ハーブよりもずっと密度があって、脂の粒がしっかり詰まっている。
塩味がはっきりしていて、噛むたびに胡椒のような刺激がふっと顔を出す。
紫玉ねぎのピクルスを添えて食べると、香りが落ち着いて、喉を通るときに少し熱を感じた。
「うん、こっちはちょっと、大人の味だな」
口直しのため、水をひと口飲む。冷たいグラスが指に触れる。その瞬間、遠くで小さく音がしたような気がして、私は首を傾げた。
「……気のせいか。……ん? 何かちょっとこりこりするな? 脂?」
そう言いながら、またフォークを取る。
チーズのソーセージは、焼き目の浅い面が光を反射している。ナイフを入れると、皮がふにっと沈み、切り口から白い脂がにじみ出た。
「わ、チーズ出てきた!」
声に出して笑う。
その脂をポテトに少しつけて食べる。噛むと、ふんわり柔らかくて、味がマイルドだ。塩気は弱く、かわりにミルクっぽい甘みが広がった。
皮のパリッとしたところがアクセントになって、食感が楽しい。
「いやぁ、優勝だね、これは」
冗談のように呟いて、ベビーリーフを添える。葉のしゃきっとした歯ざわりが、チーズの濃さをちょうどよく受け止めてくれる。
ただ食べているだけなのに、心まで落ち着く感じがした。
……ふと、油の焼ける音が頭に浮かんだ。あの夜のキッチンの音。
――『中心まで、ちゃんと火を通して』
何のときだったか、思い出せそうで思い出せない。
最後はチリペッパー。赤い粒が表面に散っていて、見た目からして少し刺激的。
ナイフを入れると、他のより軽い音でさくっと割れた。
「あっ、これは辛そう……」
ドキドキしながらフォークで刺して、口に運ぶ。最初は香ばしい。次の瞬間、舌の先がぴりっと熱くなる。
でも、不思議と痛くはない。脂が膜みたいに舌を覆って、辛さを和らげてくれる。思っていたほど、辛味は強くなく感じた。
「うん、ちょうどいい辛さ」
マスタードをほんの少しつけてみる。辛味の方向が変わって、鼻に抜ける香りが強くなった。
塩を少し振ると、味が引き締まって、奥にあった甘さが出てくる。
「なんか元気出るな、これ」
自然に笑ってしまう。美味しい、嬉しい。手のひらが少し熱かった。
四本を一通り食べ終えると、皿の上の並びがさっきと少し違って見えた。気のせいかもしれない。
もう一口ずつ、順番を変えて食べてみる。
ハーブ&レモンは時間が経つと少し甘くなり、香りが落ち着く。
スモークは玉ねぎの酸が染みて、柔らかい香ばしさになる。
チーズは温度が下がると少し重くなるけど、ポテトと合わさるとその重さがちょうどいい。
チリは辛さが弱まり、代わりに胡椒っぽい香りが強くなる。
「面白いなぁ、全部違う。食べ比べできるの、最高!」
喜びの声がぽつりと漏れた。
それからは、そのまま静かに食べ続ける。水を飲むたびに、グラスがコトと鳴る。遠くで、また何かが動いた気がした。けれど、部屋は静かだ。
残りが少なくなってきたころ、私はレモンのくしを手に取った。指で軽く絞ると、果汁が透明な糸になって垂れた。
ハーブ&レモンは酸味が鮮やかに戻り、スモークは香りが丸くなった。チーズは塩が立ち、チリは辛さが一瞬遠のいて、また戻ってくる。
「レモン、すごいな。全部引き立つ。あって良かったかも、流石だね」
指先についた酸の香りを嗅いで、くすっと笑う。
最後に残ったのはスモーク。
理由はないけれど、今夜はこれで終わらせたかった。ひと口噛むたびに、燻した香りが口の中に広がる。
「ごちそうさまでした! はー、大満足」
両手を合わせると、指先にまだ熱が残っていた。テーブルの木目が、ほんの少し滲んで見える。満腹でも、心が落ち着いていた。
フォークとナイフを揃えて、私は深く息をついた。
食後の香りがまだ部屋に残っている。レモン、木、バター、唐辛子。どれも少しずつ重なって、夜の空気の中に溶けていった。
「……うん、ほんとに満点」
ぽつりと声に出す。
テーブルの端には、折りたたんだアンケート用紙が置かれている。それに目をやりながら、私はグラスの水を飲み干した。
空になった皿をシンクに運ぶ。蛇口をひねると、水の音が柔らかく響いた。その音が、静かな夜の中にゆっくりと沈んでいった。




