第8話:【第2便】特製ソーセージ詰め合わせ_3
まずは添え物用の野菜を出す。合わせて飲み物を。冷蔵庫の中の銀色の列が、蛍光灯の光を受けて静かに光っていた。
扉を開けただけで、ハーブの香りとスモークの余韻がふわりと混ざって、軽く鼻をくすぐる。本当に漂っているかはわからない。見た目だけでもそんな気がした。
「どれにしようかな」
そう呟きながら、私は四つのパウチを取り出した。『ハーブ&レモン』『スモーク』『チーズ』『チリペッパー』。
一つずつ並べると、それだけで小さな贅沢のように見える。
「今日は、全部の味を試してみよ」
言葉に出した瞬間、胸の中がぽわんと弾んだ。
まずハーブ&レモンの封を切ると、ひやりとした空気が指に触れた。『ぷしゅっ』と抜ける音と同時に、明るいレモンの香りが広がる。
じっくり見てみる。淡い灰色の肉の中に、緑の粒が細かく浮かんでいる。これがハーブだ。
「優しい匂い……。何か、多分こういうのって、作るの大変だよね?」
思わず独り言が零れる。
私は鍋に水を張り、火をつけた。沸騰する手前の温度。底から泡が上がるのを見計らって、そっとソーセージを落とす。水面がゆらりと揺れて、香りが湯気に混ざる。
ハーブの清涼感のある青さとレモンの酸味、それに混ざる、肉の甘い匂い。
「これだけで、何だか落ち着くね」
鍋のふちから、ぽこぽこと小さな音が溢れた。湯気がゆっくり立ち上り、白く透きとおった空気の中に香りが溶けていく。
次に、スモークのパックを開けた。燻した木と脂の匂いが、キッチンの空気をすぐに満たす。たまらない。
「うわぁ、濃いなぁ……」
息を吸うたびに、胸の奥が熱くなるような香り。少し太めで、端が曲がった形が可愛い。
私は同じ鍋にそっと入れた。表面から脂の膜がゆらゆらと広がり、湯の上に虹色の輪をつくる。
「そういうスープみたい……」
そう言いながら、菜箸で軽く転がす。皮が張って、表面がふくれ、薄く光を帯びた。
湯から引き上げると、香りが柔らかく変わっている。――甘く、少しだけ苦い。思わず目を閉じて吸い込み「これだけで食べてもよさそう」とニヤニヤしてしまう。
茹で上げた二本をペーパーの上に置き、私はフライパンを用意した。
今度はチーズとチリペッパー。封を切ると、チーズの方からはほんのり甘い匂いが立ちのぼる。
淡い色をした短めのソーセージで、皮がつやつやしている。指先でつまむと、まだ冷たく、弾むような重み。
チリペッパーのパックからは、唐辛子の鋭い香りが鼻を刺した。少し赤みがかっていて、粒の混じり方が不均一だ。
「わー、スパイス結構しっかり効いてそう……」
油を落とすと、鉄板が鳴いた。『ジュッ』と一度跳ねて、すぐに穏やかな音に変わる。
チーズを置くと、低く『しゅうしゅう』と囁くような音が響いた。熱の伝わりに沿って、脂がゆっくりと溶け出し、香ばしい匂いが漂ってきた。皮の内側で空気が膨らんで、表面に小さな泡が浮かぶ。
「美味しそう……」
トングで転がすと、焦げ目が少しずつ増えていく。明るいきつね色。バターを焦がす直前の香りに似ていて、思わず笑ってしまう。
フライパンに残った脂の上で、次はチリペッパーを焼く。『パチッ、パチッ』と細かく跳ねる音。香りは強いけれど、どこか甘くて、鼻の奥が熱くなる。油が弾けるたび、薄い赤い粒が光って散る。
「わ、元気……! ……元気? ふふっ」
転がすたび、皮の色が微妙に変わる。片側は赤銅色、もう片側は黄金に近い。その差がキレイで、しばらく見惚れてしまう。
焼きあがった二本を皿に取り、キッチンペーパーで余分な脂を押さえる。これだけで、口当たりが違う気がした。紙がじゅっと音を立て、透明な輪が広がっている。
「熱そう……」
指先が少し火照って、胸のあたりまで暖かい。
私は悩んだ結果、ポテトを角切りにして、同じフライパンに入れた。残った脂がじゅっと鳴り、じゃがいもが『待ってました!』と言わんばかりに旨みを吸い込む。
バターを落とすと、香りが一段柔らかくなった。
「はぁぁ、この匂い、幸せだな」
木べらで転がすと、角がきつね色になっていく。塩を少しだけ指でつまみ、上からぱらりと。ひと粒の白い塩が光って、溶けていった。
小さなボウルでは、薄切りの紫玉ねぎをレモン汁で和えている。酸味が立って、鼻に抜ける香りが心地いい。
「これで口直し、完璧だね」
茹でた二本と、焼いた二本を揃えて皿に置く。
ポテトを山のように盛り、玉ねぎをそっと添える。
冷蔵庫からベビーリーフを出して、水気を拭き取り追加した。
「彩り、やっぱり大事だよね」
緑や紫が入るだけで、全体が一気に食卓らしくなる。
皿をテーブルに運ぶと、木の天板に陶器が触れて、低い音が鳴った。
湯気が立ちのぼり、香りが重なって広がる。ハーブの爽やかさ、スモークの甘さ、チーズのまろやかさ、チリの刺激。それぞれの香りが層になって、鼻の奥にじんわり滲んでいく。
「何か、四人分の個性があるみたい」
思わず笑いながら椅子を引いた。
ナイフとフォークを並べる。
手のひらに、さっきまで触れていた熱がまだ残っていた。
静かな部屋。
遠くで冷蔵庫が、ふっと小さく鳴った。まるで『もう準備できた?』とでも言うように。
「……うん、準備完了」
私は小さく頷いた。香りの中で、ほんの一瞬だけ、誰かの笑い声を聞いた気がした。でも、振り返っても、当然ながら誰もいない。
テーブルの上、四種のソーセージが静かに並んでいた。私はゆっくり息を吸う。そして吐いた。
「いただきます」
高鳴る気持ちを抑え、そう囁いた。




